世捨て人の庵復活 | One of 泡沫書評ブログ

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世の中にいったいいくつの書評ブログがあるのでしょうか。
すでに多くの方が書いているにもかかわらず、なぜ書評を続けるのか。
それは、クダラナイ内容でも、自分の言葉で書くことに意味があると思うからです。

どういう紹介の仕方をしていいかわからないが、当サイトでもたびたび言及している「世捨て人の庵 」が復活した模様。ずいぶん長い間更新が止まっていたので、チェックするのが遅れてしまった。


予想通り株は止めたようだ。わたしも人のことを言えない損失を出しているが、素人がただでさえROIの低い国内株に手を出していいことは何もない。世捨て人氏も当然のように株から足を洗ったようだ。またぞろ2ちゃんねるあたりでずいぶんとたたかれるのだろう。同情することしきりだ。


「世捨て人の庵」は非常に思い出深いサイトだ。初めて読んだのが確か今から10年くらい前ではなかったか。当時はまだ社畜気味なメンタリティが残っていたので、大衆と罵倒されるのがカチンと来るほど青かったが、今はもうほとんどすべての意見に同意である。海外ニート 氏にも通ずるこのアウトサイダーイズムが心地よい。こうした考え方がもう少し市民権を得れば、日本ももう少し住みよくなるだろう。異常なまでの同調圧力と失敗を許さない狭量なエトスが改善されれば、経済が衰退していく中でも、そこそこましな「撤退戦」ができるかもしれない。自殺も減ると思う。


世捨て人氏や海外ニート氏は、日本で言えば「ドロップアウト組」だが、わたしからすれば彼らのメンタリティはホリエモン成毛眞 さんらとあまり変わらないような気がする。もちろん経済的な成功からすると真逆なのだが、それは色んな適性がかみ合わなかっただけで、基本的なエトスは同一に思えてくる。わたしは他人事に思えないので、世捨て人氏が今の時代に生まれていればどう生きるだろうということが気になって仕方がない。彼なら海外ニート氏のように、海外に安息の地を見つけただろうか。世捨て人氏も生産性が高く付加価値の高い産業で働けたかもしれない。


ちょっと唐突だが、グロービス堀義人 氏が大変素晴らしいTweet をしていたので引用してみる。


良い意味での「ダイナミックな調和社会」は、主義主張をぶつけ合いながらも、生み出せると思う。個性を尊重し、違いを認め合い、論理的に意見交換をし、ルールに従い意思決定する。その素地が社会にあれば、異論を歓迎し、建設的に進化することが可能であろう。」


こういう考えって、「世捨て人的」じゃないか? ちょっと違うかw


でも、やはりエネルギッシュな発言をする「空気を読まない大人」たちの主張が、どれも世捨て人的なのがわたしにとって非常に興味深い。ともあれ、世捨て人氏には今後も定期的な更新を期待したいところだ。


2010.5.29追記

残念ながら、世捨て人氏のサイトは4月ごろに閉鎖となりました。関連するエントリをUPしていますので、時間があればこちらもご覧ください。


世捨て人の庵 終了