その男㊾ | neppu.com

その男㊾

49度目の更新。

 

一度の更新に最短で1時間かかるとすると

 

49時間。

 

随分とタイピングし続けたものだ。

 

このホテル生活の2週間の練習時間が49時間でなく、パソコンに向かい続けたのが49時間というのだから、おかしな話だ。

 

オーベストドルフにいた時にはこんな生活になるなど想像できなかった。

 

だが、充実していたようだ、「その男」は。

 

終わってみるとだが、あっという間に2週間たっているのだから。

 

良い時間の過ごし方をした。

 

静かだった生活も、明日からはにぎやかになるんだろうな。

 

落ち着いていた生活も、バタバタな日々になるんだろうな。

 

過去を振り返りながら、最後の一人の時間を楽しみたいようだ。

 

 

 

全てが懐かしかった。

 

ビブを受け取るのも。

 

トランスポンダーをつけるのも。

 

スタートに向かう選手の列も。

 

とんでもない緊張感も。

 

ただ違和感もあった。

 

観客からの声援が聞こえてこないことを。

 

残念ながらこのレースは無観客レースとなってしまったのだ。

 

スタンドの観客で盛り上がるあの雰囲気が大好きな「その男」には残念に思えた。

 

そこに「その男」を応援してくれる誰かがいないのが寂しかった。

 

ここは世界最高峰の舞台。

 

世界選手権。

 

全日本選手権ではない。

 

スタート直後からスピードが全く違う。

 

全日本選手権と同じように、宇田と「その男」は一緒にいた。

 

ただ大きく違うのは、トップ集団ではなく、遥か後方で、もがくように。

 

初戦にして違いを見せつけられた。

 

結果は35位。

 

5分近く遅れた。

 

この結果で、こんなことを言ったら怒られるかもしれないが・・・

 

それでも何か充実感のようなものを感じていた。

 

 

「またこの場所で走ることができた」

 

 

と。

 

やっぱり違うんだ、世界の舞台で走ることは。

 

毎年のように走り、それに慣れてしまっていた時には忘れてしまっていたのかもしれないが。

 

世界を舞台に走ることは特別なことなんだ。

 

34歳にして、改めて思い出した。

 

20代前半の時の気持ちを。

 

 

 

2021年3月3日。

 

15㎞スケーティング。

 

44位。

 

トップから3分26秒。

 

時間が経てば経つほど、雪の条件が悪くなる。

 

つい10数分前まで、同じ場所を滑っていたとは思えないほどだ。

 

朝はアイスバーンでガチガチ。

 

しかし、時間が経ち、日が当たるようになると、一気にコースは緩み春のような雪質に。

 

場所によってはゴールデンウィークで行う残雪合宿の時の雪質のようなところもあった。

 

ポイントが悪い選手は、シード選手の間に挟まれてスタートをすると書いたのを覚えているだろうか?

 

SKI TOUR 2020で「その男」はシード選手の間に挟まれてスタートをしてた。

 

このレース、「その男」のスタート位置はシード選手が全員スタートした後だった。

 

それは、シード選手に挟まれてスタートする選手よりも、さらにポイントが悪い選手がスタートする位置だ。

 

そこまで「その男」のランキングは落ちていたのだ。

 

ランキングが落ちていることは全く気にしなかったが。

 

「その程度」のことは受け入れていた。

 

落ち込む時間がばかばかしい。

 

 

・・・ここにきてよく言うようになってきたな、「その男」よ。

 

 

もう一度言う。

 

忘れたのか、あんなに苦しんで、落ち込んでいた日々を。

 

残念ながら特筆することがないレースとなってしまった。

 

 

「いや、マジきつくね?最後の一周やばくね?」

 

 

レース後、いつものヘラヘラモードになっていた。

 

それは何かを隠すため・・・ではなかった。

 

この時は。

 

純粋に共有したかったようだ、その厳しさを。

 

ヘラヘラモードと言えば聞こえは悪いが、それでも悔しさは感じていたし、反省もしっかりしていたようだ。

 

反省後に、鏡の前と階段をのぼるときにエアースケーティングをすることも継続されていた。

 

 

「HOLUNDのゴール前、横で戦っているところテレビに映ってたよ」

 

 

「その嫁」に連絡をしたときに言われた。

 

馬鹿野郎。

 

あれは戦っていたとは言えない。

 

一瞬で抜き去られたんだから。

 

 

「この初心者が」

 

 

スキーの話をするとき、「その男」が「その嫁」に昔から言っているその言葉を、いつものようにまた言った。

 

 

 

2021年3月5日

 

リレー10㎞x4

 

9位

 

世界選手権で男子リレーが出場するのは、2015年のファールン以来だ。

 

レンティング、「その男」、宇田、宮沢の走順だったはずだ。

 

この世界選手権の走順は

 

 

馬場、宮沢、宇田、「その男」だ。

 

 

リレー前日。

 

「その嫁」にリレーの走順を伝えた。

 

 

「さて問題。アンカーを走る「その男」だが、それは何を意味するでしょうか?」

 

 

聞いてみた。

 

 

あいまいな返答が変えてきた気がして、なんといったかは思い出せない。

 

 

正解は

 

 

「チーム内で一番遅い」

 

 

ということ。

 

事実そうだった。

 

15㎞スケーティングでは、4人出場した日本人の中で4番目。

 

日本チーム内で3番手だった宮沢にも30秒近く負けている。

 

ノルウェーやロシア、ヨーロッパの強豪国といった層が厚く、さらに個々のレベルが高いチームは戦略として色々なオーダーの組み方があるだろう。

 

しかし日本チームの戦力では、速い選手から出していき、何とか集団で粘るというのがセオリーとなる。

 

今シーズン実績のある馬場、宮沢。

 

15㎞スケーティングでチーム二番手に付けた宇田。

 

この三人が「その男」の前を走るのは妥当だ。

 

しかし、天候やコース状況によってそれが変わることがあると追記しておきたい。

 

例えばこのリレーの日のように、雪が降り続けるときなどには・・・・

 

 

朝から雪が降り続けていた。

 

つい数日前までの猛烈に暑い日が嘘かのように。

 

いきなり時間が一カ月くらい戻った感じだ。

 

マススタートとなるリレー。

 

ぶっちぎったロシア以外の選手は大集団だ。

 

馬場もしっかりついていっている。

 

誰も前に出たくないため、集団のペースは非常に遅かった。

 

一人で抜けて、後ろの集団で牽制している姿は、まるでいつかの全日本を見ているかのようだった。

 

さすがに後半ペースの上がった集団だが、やや遅れて馬場が宮沢にタッチ。

 

宮沢のパートは本当にしんどそうだった。

 

集団がばらけており、集団の前の方の選手はロシア目がけて一気にペースを上げた。

 

宮沢は後方の集団から前を狙っていたが、なかなか追いつくことができず集団からも離れてしまった。

 

12位で3走の宇田にタッチ。

 

単独で走ることとなった宇田はかなりしんどそうだった。

 

それでも1チーム抜いて会場に戻ってきた。

 

11位で「その男」にタッチ。

 

タッチ直前の最後の直線。

 

彼の必死の形相が印象的だった。

 

アンカーの「その男」も単独走となった。

 

「その男」の一分ほど前を4人集団が走っている。

 

 

「あそこで走れたらな・・・・」

 

 

そう思いながらスタートした。

 

集団で走るほうが有利なため、やはり差がなかなか縮まらない。

 

コーチからタイム差を聞くと、広がっているわけではなさそうだ。

 

1周目は差が縮まらなかった。

 

2周目になってもタイム差が縮まらない。

 

「その男」は前を目指すしかない。

 

そのため入りからペースは速かったのでなかなかきつかった。

 

 

「前と58秒」

 

 

ん?

 

 

「前と50秒」

 

 

ん?ん?

 

いきなり縮まり始めた。

 

どうやら4人のうち2人が脱落し始めたようだ。

 

こうなると俄然やる気が出る。

 

ラスト一周となる3周目に入るときには、目に見えて距離が縮まっているのが分かった。

 

 

「前と40秒」

 

 

そんなわけがない。

 

絶対にもっと近い。

 

 

「あれ、前の選手めちゃめちゃ遅くね?随分とばててないか?」

 

 

ドンドン近づいて来るのだ。

 

練習とレースくらいスピードが違っていたと思う。

 

チェコを一気に抜き去った。

 

その15秒ほど前にいるのがカナダ。

 

カナダの選手もバテているのが目に見えてわかる。

 

だが、距離は残り2㎞ほど。

 

距離を縮められる上りもわずかとなっていた。

 

「何とかして抜きたい」

 

無理やり体を動かした。

 

差は縮まったが、下りパートに入ってしまった。

 

下りに入る前に加速することをいつも以上に意識した。

 

伸びが違う。

 

案の定、バテているカナダの選手とは下りの勢いが違い、追いつくことができた。

 

下りの勢いで一気に抜いた。

 

必死に最後の上りを進み、そのままゴール。

 

9位だ。

 

過去には6位、8位に入っている。

 

それに比べると劣ってしまう順位だ。

 

しかし、一桁順位に入れたことには一定の評価はできるのではないか?

 

それが最後に自分が抜いてとなると、正直気持ちよさはあったようだ。

 

最終的にはカナダに12秒勝った。

 

だが。

 

もしあと7~8秒遅れて宇田からバトンを受け取ったらカナダを抜くことはできなかったと思う。

 

一人2~3秒遅れるだけでだ。

 

リレーには勢いが大切だ。

 

流れがある。

 

わずかな差が大差となる。

 

一人10秒早くできれば40秒の短縮。

 

しかし流れに、勢いに乗ればそれ以上のタイムを縮めることができると思う。

 

それもリレーの醍醐味だ。

 

リレーが終わり残すは1レースとなった。

 

 

「2021年3月7日」

 

「50㎞クラシカル」

 

いよいよ世界選手権の最終日を迎える。