裁判所にて | 【続】ネコ裁判  「隣のネコも訴えられました。」

裁判所にて

「ところで午後からの予定はどうなってる?」


黒のカッターシャツに、お世辞にも趣味が良いとは言えない柄のネクタイ。

そして不思議な貫禄と威圧感を放つその50過ぎの男は、裁判所内の廊下を歩きながら、

脇の若い女にぶっきら棒に尋ねた。


「午後の予定は、1時に事務所で木下様と次回口頭弁論についての打ち合わせ……。

 3時からは池田建築にて、社長の池田様と和解案の最終協議……。

 そして7時からは御友人の熊井さんと『うな永』にて会食。

 今のトコロ、予定は以上です。」


「おおーっ!!そう言えばウナギ奢ってもらう約束だったな。

 ホラな……この前のゴルフでさ……。」


歩きながら男は、片手でスイングの真似をして見せる。

その様子を、女は呆れ顔で眺め……


「所長ってホントに弁護士ですか?」


真顔で尋ねた。


「ああ……そうだよ。」


男は悪びれる様子も無くそう答えると……


「『刑法第二十三章第百八十五条……賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。』」


と……女の顔を覗き込んだ。


女は無表情で……


「『ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。』……ですか。」


男の言葉に続く。


「よぉく知ってるじゃないっ!!」


男は肘で、軽く女を突付くと……


「良かったら、キミも一緒に来ればいいじゃないかっ!!うな永のウナギは絶品だぞっ!!」


笑いながら女を誘った。

だが女は無表情のまま……


「いえ……今日は先日からお願いしているように、定時で帰らせて頂きます。」


男の誘いを断った。


「そりゃ残念。……いや、キミが残念。」


少し薄くなった頭を一つ掻いた。


「で……なんだったけな?今日のキミの予定……。いやプライベートな事だから、

 別に言わなくてもいいんだけど……聞いてたような聞いてなかったような……。」


男が尋ねると……


「6時半から、うちのニャン次郎の歯石取りを予約してありますから……。」


と女は答え……


「ああそうだった……。そうだった。」


男はもう一つ頭を掻いた。


そして……


「そうそう……うちのモモタローも定期的に歯石取りはしなくちゃいけないんだよなー。

 そうだキミっ!!今日、病院に行ったら……うちの予約をオレのスケジュール考慮しながら

 入れといてくれないか?……いやーうちの女房は、その辺ガサツでさ……。」


男が付け加えるように申し出ると……


「ええ……別に構いません。」


女はまたまた無表情で、短く受け答えた。




裁判所から帰路へと向かう車中……。

男はこれまた趣味が良いとは言えないサングラスを掛けながら……


「ところでヤツは、今日どうしてる?」


助手席の女に話し掛けた。


女は一瞬、宙を仰ぐと……


「今日は区役所の無料相談に出ています。」


少し照れながら答えた。


「ハハッ!!」


男は小さく笑ってヒザを打つと……


「ホント、アイツはジジババとか金にならん仕事が好きだなっ!!」


と吐き捨てた。


女は少し、ムッとしながら……


「そこがあの人の良いトコロでもあるんですっ!!」


と跳ね返す。


男はバツが悪そうに「カッ」と鼻を一つ鳴らすと……


「まぁそう言うなよ……その『良いトコロ』はオレも汲んでるから、うちで雇ってんだし……。」


前を真っ直ぐ見たまま弁明した。


「しっかしオレは、キミじゃなくてヤツが弁護士に……

 しかもあれからたった三度の試験で受かるなんて思っても見なかったなっ!!」


男は実に見事に話題を逸らすと……女は小さく笑いながら……


「あの人……やれば出来るんですよ。」


それにあえて乗っかった。


「でも別に、キミが弁護士を諦める必要は無かったんじゃ……?」


運転しながら、前を見ながら男が尋ねた。

女は小さく首を振りながら……


「ワタシにはあんな風に、親身になって話を聞けるだけの『心』がありませんから……。

 それにあの人、追い詰められないと動きませんからね。」


少しだけ悲しそうに笑った。


「ところでいつ籍入れて結婚すんの?

 いや……コレもプライベートな事だから、答えたくなきゃ………。」


男がまた、話題を変えると……


「独立したら、キチンとしようと思ってます……。でもそれにはまず………。」


女はため息をつきながら答えた。


「だからジジババの金にならねぇ仕事ばっ………イヤゴメン。」


男が言葉を濁すと……


「いや……良いんですよ。だってワタシも時々あの人の『人の良さ』に呆れてハッパ掛けますもんっ!!」


女は笑った。


「知ってます?所長。」

「ん?」

「あの人ね……時々事務所に内緒で仲裁とかしちゃってるんですよ。

 『銭が無くても困ってる人はいてるだろ』なんて生意気な事言ったりして……。」


男は一瞬言葉を探したが……


「ああ……それなら薄々勘付いてるよ……。

 時々、うちの名簿に無い中元やら歳暮がアイツに届いてるからな。」


少し笑いながら答えた。

そして女も苦笑いで返した。


「よしっ!!昼飯は、あそこでハムカツ喰うかっ!?」


「えっ!?でもハムカツって毎日置いてないでしょ?」


「だから今から買って行くんだよっ!!なぁ?ココから一番近いスーパーってどこだ?」




以下次号。




※久しぶりにやまだやだが屋 更新。短編ホラーに挑戦です。

 ケータイからはコチラ https://mobile.so-net.ne.jp/mblblog/list_entry.php?u=yamada-taro


PS。数名の方から「ケータイからやまだやだが屋のリンクが貼ってない」とのご指摘を頂きました。

   「キチンとリンク貼ってるのにおかしいな?」と思い、テストしたところ……

   アメブロ以外へのリンク先は「無効」とされるシステムになってるみたいです。


   「アメブロさん、そういう事はちゃんと告知しようぜ……」


   ちなみに「とンこつっ!」はコチラ https://mobile.so-net.ne.jp/mblblog/list_entry.php?u=tonkotsu

   ケータイの皆様にはお手数ですが……コピペしてアクセスして下さい。