【実録】ネコ裁判---番外編---「証言台は天地無用。」 | 【続】ネコ裁判  「隣のネコも訴えられました。」

【実録】ネコ裁判---番外編---「証言台は天地無用。」

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裁判官    「……被告質問ありますか?」


え?

コレで終わりじゃないの?


被告の質問タイムって???


タロウ     「あります。よろしいですか?」

裁判官    「どうぞ。」


ボクとは関係の無いトコロで話が展開し始めている。


先輩~っ!!

被告からの質問タイムがあるなんて……ボク聞いてませんよっっっ!!!


タロウ     「えーと、では証人さん…。

         あなたがこの係争場所駐車場で見かけたネコはこの該当ネコ一匹ですか?」


心の準備も半分なのに、被告の男はボクに話しかけてきた。


仕方がない。

あった事を素直に答えるしかない……


引田      「通りすがりのネコは見た事がありますが、ほとんどこのネコです。」

タロウ     「では、車の上に乗っていたネコはこの該当ネコだけですか?」

引田      「そうです。このネコだけです。」

タロウ     「わかりました。」


う~ん……この質問の主旨がボクにはよく判らない。


自分のトコロのネコが、先輩の車の上に乗っていた事に変わりはないのだから……

それを聞いてどうするつもりなんだろう。


それでも被告の男の質問は続いた。


タロウ     「証人は、『該当ネコが車に傷を付けた』と証言しましたが、その現場を見ましたか?」

引田      「ネコが飛び降りた後に、そのネコがいた周辺を見ました。そのあたりに傷が付いていたので

         ネコの傷だと思います。」

タロウ     「なるほど。あくまで推測なわけですね?その傷が付く前の車の様子は見ていますか?」

引田      「見ていません。」

タロウ     「と、言うことは……。

         ネコが車の上に乗る前に付いていた傷と言う可能性もあるわけですね?」

引田      「………。」

タロウ     「傷が付いていた箇所の、傷が付く前の写真はありますか?」

引田      「ないです。」

タロウ     「では、傷が付いた後の写真はありますか?」

引田      「ないです。」


割って先輩が助太刀とばかりに発言した。


川畑      「傷の写真は書証で出しているでしょう。」

タロウ     「今、証人に質問しているのです!」


それを感じ悪く叩き潰す被告。

実に感じが悪かった。


先輩はボクでは足らない部分の説明をしようとしただけなのに……。


ボクの方を見直すと……男は続けた。


タロウ     「証人が撮影した傷の写真はないわけですね?」

引田      「はい。ないです。」

タロウ     「では、目撃証言のみですね。それも事後の確認からの推察ですね?」

引田      「そういう事になります。」


この男……外見で判断するべきではなかったのかもしれない。

先輩と同じくらい弁が立つようだ。


それでもボクには理解できない……何度も言うが「自分の飼っているネコ」が先輩の車に乗っているのは

事実であり、変わりようがないだろうに……。


タロウ     「証人、原告は『車全体にネコの傷があり全面塗装の必要がある』と訴状で書いてきましたが

         車の側面にもネコの傷が付くと思いますか?」

引田      「降りるときに付くと思います。」

タロウ     「普通、車くらいの高さなら……。ネコは飛んで降りますよ。

         先程、証人も『ジャンプして逃げる』と証言していますが……。」

引田      「四方八方に逃げますので…。逃げ方も一緒ではないんで……。」

タロウ     「なるほど。ま、いいです。」


それからも彼は延々と自分の飼いネコの逃走経路やら逃走方法を根掘り葉掘りと聞いてきた。

それがどのように裁判の証拠と成りうるのか……


先輩の様子をその質問の度に覗いてみる。

先輩……ドンドンと表情が変わってきている。


ボクに質問していた時の自信満々な表情はどこへやら……

唇はフルフルして……今にもプリリと泣き出しそうだ。


タロウ     「裁判官。思っていた事、全部聞きました。被告の質問は以上です。」

裁判官    「わかりました。では……。」




被告の質問終了宣言で、ボクの「初証言」は終わった。

傍聴席に座りなおし……裁判の成り行き……先輩の応援をする事にする。


先輩が言っていた「二重三重の策」と……先程待合室で一緒になった「おばちゃん」の存在も気になる。



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暫くして先程の「おばちゃん」が証言台に立った。

おおぅ……どうやら先輩の「第二の証人」のようだ。


おばちゃんの自己紹介の後……証言が始まる。


コレもボクの時と一緒でシナリオがあるのか?

先輩は気を取り直したのか……自信満々に復活していた。



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先輩の質疑の後……被告男の質問タイムとなった。

傍聴席から見ていてもおばちゃんの証言は完璧だった。


あのシロクロのネコが車の上に乗っていて……

あの家の中にいる以上「あの男」の飼いネコである事は揺ぎ無いだろう。


どうあの男が反論しようと……「先輩の勝ち」は間違いない。




そう……この一言をあの男から聞くまでは、そう思っていた。


タロウ     「で……。山本さん。実際このネコ『迷いネコ』なんですよ。ネコが勝手にウチに上がって

         ウチの飼いネコのエサを食べているんです。」


え?

え???

えぇ??????


「迷いネコ」ってどういう話???


タロウ     「少なくともウチはそのように思っています。

         原告の川畑さんはどう思っているか知りませんけど。」


いや……ボクは先輩に「あの男の家のネコ」としか聞いていないんですけど???


タロウ     「もう一度確認致します……と言うかわかりやすく説明致しますが…。

         あなたの調査内容ですが…私の話を加味してもらうと

         『迷いネコがここの家の人が居ない隙に上がりこんで……。

         そして勝手にここの家のネコのエサを食べた。』という風には見えませんか?調査結果。」


み…………見えますね………そういう風に……………。


ガラガラと今までの前提条件というか先入観というか……ボクの中で出来上がっていた

「先輩の勝利」への道筋が、激しく音を立てて崩れていく。


被告のネコが車に傷を付けた→その証明=先輩の勝利


だったはず……それが……


迷いネコが車に傷を付けた+迷いネコがエサを食べた→その証明=……………


これじゃ全っっっ然

話にならないじゃないかぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!




男のおばちゃんへの質問が続けば続くほど……彼の言っている事の正しさがジワリジワリと染みて来……

それと同時に先輩の言ってた事・言ってる事が、間違いだらけなのに気付いてきました。


すんませんっっっ!!!

被告の人っっっ!!!


こんなワケの判らん裁判に

引っ張り出してすんませんっっっ!!!




被告尋問……原告尋問……裁判の進行を追う度に……

先輩に代わり、被告の人に対して申し訳ない気持ちで一杯になって来ました。


そして同時に「先輩の勝ち」は揺ぎ無く「無い」事を確信しました。


「弁も立ち、身なりもキチンとしている先輩」VS「自己中心で適当な事しか言わない定食屋」という

第一印象は……


「自己中心で適当な推測しか言わない先輩」VS「弁も立ち理路整然とした定食屋」に

いつの間にか変わっていました。



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無事(?)弁論が全て終わり……帰路に着く車中……勇気を持って先輩に聞いてみました。


引田      「あのネコって……あの被告のネコじゃなんですか?」


と……。

先輩は……


川畑      「ああは言ってるけど『あいつのネコ』に間違いないだろっ!!

         だってエサ食べてるんだからっ!!!!!」


と自信満々。


いやね……だからそれが先輩の「思い込み」ってヤツで……

せっかくなのでもう一つ聞いてみよう。


引田      「あのー先輩……どうして被告が迷いネコだと主張している事を

         ボクに教えてくれなかったんですか?」


すると先輩は……


川畑      「余計な情報があったら、要らない先入観を生むだろ?

         それも相手の『与太話』なら余計に……だからお前には黙っていたんだ。」

引田      「……………。」


あのー。

ボクには先輩の提訴自体が「大きな与太」に思えて仕方が無いんですけど……。


信号で停まったその時でした……


川畑      「それにしてもありがとうっ!!引田っっっ!!」


突然先輩がボクに向かって言いました。


引田      「え?」

川畑      「お前の証言のお陰で、オレの勝利は揺ぎ無くなったぞっ!!

         本っ当にありがとうっっっ!!!!!」


……………。


どこをどう読めば?


川畑      「時給1000円の約束だったから……昼から今までで約5時間か……

         本来なら5000円のトコロだけど……。」


ビシっ!!!


川畑      「前祝だっ!!コレ取っとけっっっ!!!」


出されたお札は「諭吉」でした。


引田      「い……いいんすか?」

川畑      「おうっ!!取っとけっ!!取っとけっ!!!」


内心とは裏腹だが……貰えるモノは貰っておこう。


引田      「ごっちゃんです。」


諭吉を素早く財布にしまった。




信号が青になり……急加速で飛び出すBMW。


ハンドルを握る先輩は、自信に満ち満ちていました。

運転が少し荒々しかったのは……昂ぶった気持ちの表れだったのかもしれません。




                                              作:  山田タロウ

                                              監修: 引田マモル