第二回口頭弁論---その16---論破 | 【続】ネコ裁判  「隣のネコも訴えられました。」

第二回口頭弁論---その16---論破

2006-06-17 14:14:59


立ち上がり……証人席の前まで歩み寄ると……


細川ヨシヒロ 「証人に甲1号証、写真5~8を示します。」


と少し震え声ながらも、堂々と宣言した。


裁判官    「ど……どうぞ……。」


裁判官は、まるで「おっ?」とでも声が出そうな驚きの表情を見せると……

座り直しながら頬杖の姿勢を改めた。


それもそのはず……。

証人へ尋問する前に、該当部分の書証を示すのは、法廷内では「お約束」なのだ。


弁護士は常にこの手順を踏み……該当部分の質疑が済めば、書証を引っ込める。

この繰り返しをしながら尋問していくのだ。


それを全くド素人のヨシヒロさんがやろうとしているのだ。

驚かないはずが無い。


ではなぜヨシヒロさんがこの手順を踏んだか……。

それはひとえに芝田君とカナコちゃんのお陰である。


授業の無い、時間の空いた午前中……。

足繁く裁判所に通い……裁判の進行具合を見学した成果である。


細川ヨシヒロ 「証人は只今……この写真の傷をネコのつけた傷だと判断しましたが……

         その根拠はなんですか?」

谷口      「え……えっと……それはですね……。」


提示された写真を、もう一度マジマジと見つめる谷口君。

右側に立っているヨシヒロさんとは目も合わせずに……正面の裁判官だけを見据えると……


谷口      「過去にボクが取り替えた……コンパチの幌の傷と酷似していたからです。」


先程の話を繰り返した。


細川ヨシヒロ 「わかりました……。」


振り向き、被告席の机の上にある丸秘資料を一瞬チェックすると……


細川ヨシヒロ 「と……言う事は『ネコがつけた傷』に酷似していたと言うだけで……

         『被告所有のネコがつけた傷』だという話とは別ですよね……。」

谷口      「え……いや……それは……。」


苛立った原告席の川畑が、勢い良く右手を上げる……。


川畑      「裁判官っ!!それは先程説明したとおり……甲1号……。」


だがそれも一瞬……


裁判官    「今、被告の反対尋問中です。……原告は黙って。」


一言で封じ込められてしまった。


裁判官    「どうぞ続けて……。」


左手を軽く差し出し……ヨシヒロさんを促す裁判官。

ヨシヒロさんは小さく頷くと……


細川ヨシヒロ 「確かに甲1号証の写真1~4では、被告所有のネコが原告所有の車の上に乗っていたり

         付近をうろつく姿が撮られておりますが……これが即ち、被告ネコが、原告の車に対して

         傷をつけた事にはならないと思いますが……証人、いかがでしょうか?」

谷口      「ええ……ですから……。」


一瞬天井を仰いで……原告席の川畑をチラリと見る。

川畑は今し方、バッサリ斬られた衝撃波の為か……頬が引きつり固まっていた。


「ココは自分が何とかするしかない」


谷口君がそう思ったかどうかは知らないが……


谷口      「原告の車の屋根の傷と……ボクが前に見た『他の車の屋根の傷』が、

         随分ソックリだったと……ココまではよろしいですか?」


ヨシヒロさんに確認を取る。


細川ヨシヒロ 「ええ……。」


声短く、頷くヨシヒロさん。


谷口      「で……写真1~4のネコが、この車に乗っていたら……

         このネコが傷をつけたと『予想』するでしょ。普通は。」


と結んだ。

まるで先程川畑が言わんとした事を慮ったように……。


傍聴席に座っている芝田君の口元が緩む。
そして……


芝田      「この流れだと……次はアレか……。」

カナコ     「そうね……。」


お互いに聞こえるかどうかギリギリの小声で呟きあった。


ヨシヒロさんは、席に戻って手元の「丸秘」をめくると……


細川ヨシヒロ 「え―――。コレは後程、原告さんにもお願いしようと思っておりましたが……

         証人にも加えてお願いします。」


ゴホン……。

咳払いを一つ。


細川ヨシヒロ 「まず『被告所有のネコがつけた傷』……それが単体で確認できる書証。

         勿論、車の幌につけたものではなくて、他の布地で結構です……客観的なサンプルを。

         それと参考資料として同じ条件で……『よそのネコがつけた傷』のモノを……。

         以上2点を揃えた上で、争点の『車の傷』と比較し……明確に被告所有ネコが

         原告所有の車に傷をつけた事を結論づけられる差異を示し……主張して頂きたい。」


と言葉を選びながら朗読した。


川畑      「そっっっ……そんなモノ……。」


キッと睨む裁判官。


その殺気に川畑は反応した。
……制される事を先読みしたのか……グッと口をつぐんだ。


すると川畑の代弁をするかのように……


谷口      「それは無理ですよね……。」


と谷口君が呆れ笑いをしながら返答する。


細川ヨシヒロ 「どうしてですか?」

谷口      「だってそうでしょう……だいたいアナタが所有のネコがつける『傷のサンプル』を……

         どうやってボクが取る事が出来るんですか?」

細川ヨシヒロ 「……………。」

谷口      「それにだいたい、ネコのつけた傷で『差異』が判別できるほど……

         『違い』ってあるものなんですか?」


ニヤリと芝田君。


細川ヨシヒロ 「そうですか……なるほど……証明できないと……。」


目線だけ老眼鏡を通して落とすヨシヒロさん。

読んだか読んでいないか判らないスピードで、こう返答した。


細川ヨシヒロ 「ではアナタはあくまで『車の傷』と『該当ネコが乗っていた』の二つの事実から……

         『推論』で『該当ネコが傷をつけた』と予想したに過ぎないわけですね?」

谷口      「え?」


そして……

細川ヨシヒロ 「物的証拠は一切無いと言うわけですね?」


と追い討ちをかけた。


谷口      「……………。」


谷口      「……………。」


谷口      「……………。」


細川ヨシヒロ 「どうなんですか?」


谷口      「……………。」

谷口      「……………。」

谷口      「……………。」


谷口君から返答は無かった。


席に着いたまま、丸秘の最後の方のページをめくると……


細川ヨシヒロ 「裁判官。」


と呼びかける。


裁判官    「なんですか?」


イスをほんの少しヨシヒロさんの方に傾ける裁判官。

その裁判官の顔をまっすぐ見据えると、ヨシヒロさんは……


細川ヨシヒロ 「原告証人の証言……『車の傷はネコの傷』……。

         これについては異論を挟む術をワタシは知りません。」


と切り出し……そして返す手で……


細川ヨシヒロ 「ですが只今の証言で『車の傷は被告所有のネコの傷』と立証するに至るものは

         何一つありません。

         あくまで甲1号証写真4~8と1~4を推論で結びつけただけに過ぎません。

         とりあえず証人谷口さんに関しては……先程お願いしたモノを提出頂き……

         揺ぎ無い証言をして貰いたいと思うところであります。」


と結んだ。


裁判官    「……………。」

谷口      「……………。」

裁判官    「……………。」

谷口      「……………。」


不思議な空気が裁判所を包み込む。


それもそのはず……。


前回は「ああ……」と「はぁ……」しか言わなかった、無口な定年を過ぎたおっちゃんだった……。

それがたった一ヶ月と少しで、饒舌な紳士に早変わりなのだから。


裁判官と書記官が、一々前回の印象を覚えていたかは疑問だが……

その変わりようは「異常」と言っても過言ではない程だった。


細川ヨシヒロ 「以上です。」


老眼鏡を外して、赤ボールペンを胸ポケットにしまうヨシヒロさん。

そして「フゥ……」と一息つく。



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あっけだった。

なにが?


本来「誘導尋問」と取られてもおかしくないヨシヒロさんの一連の質疑……。

だが、激昂した川畑を押さえ込んだ裁判官の一喝は……「それは誘導尋問!」と異を唱える余裕すら

川畑から奪い去っていたのだ。


果たしてそこまで芝田君とカナコちゃんが仕組んでいたのか……。


それは今日でも「謎」である。




以下次号。