モモ---その2--- | 【続】ネコ裁判  「隣のネコも訴えられました。」

モモ---その2---

2005-07-09 15:16:29

室外機の下の隙間から見上げた瞳は怯えていた。

それは雨に濡れた小さな白いネコだった。


ヨシヒロ    「おいっ!!!」

アヤノ     「はいっ!!」


イライラが怒りに変わったその一言に、アヤノは反射的に返事をしてしまった。


カギを拾い、急いで立ち上がるアヤノ。

玄関を開けて振り返ると……そこに今見た瞳はもう無かった。


ヨシヒロの脱ぎ捨てた喪服を片付け、アヤノも普段着に着替える。


居間に戻るとヨシヒロは、いつものように一升瓶を引っ張り出して既に一杯飲んでいた。


ヨシヒロ    「おいっ!何かないか?」


部屋に入ったアヤノを見ると直ぐ、ヨシヒロはアヤノにそう言った。


アヤノ     「はい……今。」


ヨシヒロの「何か」はマグロの刺身と決まっていた。

それはもう何十年と前から、決める事も無く決まっていたのだ。


冷蔵庫からマグロを引っ張り出し、皿に盛りながら……

アヤノにはさっき見た小ネコの瞳が忘れられなかった。


まだ小さなネコだった。


親からはぐれたのだろうか……。

それとも親離れをした直後だろうか……。


どちらにしても怯えた瞳は、濡れた寒さで震えていたようにも見えた。

そして何かを求めている目だった。


ヨシヒロにいつものようにマグロの刺身を出すと……足は自然と玄関を向いていた。


履き慣れたサンダルを履き……玄関を出る。

そして脇の室外機の下を覗き込む。

……………。

あった。

怯えた小さな瞳は、無言でアヤノを見つめていた。


アヤノ     「あなた……。」


気が付くとアヤノは居間に立っていた。

雨に濡れた白くて小さなネコを抱いて。


ヨシヒロ    「なっ……!!どうしたんだっ!!」


今まで一度もイヌもネコも飼った事の無いヨシヒロは驚いた。

元々「動物は嫌い」と言っていたアヤノが、小ネコを抱いているから尚更だ。


アヤノ     「さっきから外の室外機の下にいたの……。」


そう言うと、タオルを取り出して小ネコを丁寧に拭く。


アヤノ     「濡れたままだときっと死んじゃうわ……。」

ヨシヒロ    「……………。」

アヤノ     「とりあえず、今日一日だけでも置いてあげていい?」


ヨシヒロは無言のままだったが、それはある意味イエスの返答だった。


娘モモコの死から、荒んだヨシヒロ。

だが、嫌いだと言っていた動物を抱くアヤノには、表現し難い意志の強さがあった。


「これだけは譲れない。」


そう言っているようだった。


その意志の強さに抗う程の事でもないと思ったのだろうか……。

ヨシヒロは黙ってその様子を見守った。


小ネコをその場にゆっくりと降ろすアヤノ。


怯えきった小ネコは、その場を動こうともしない。

廻りをキョロキョロ見回すだけだ。


アヤノは台所に戻ると、器にダシ用のニボシと水を入れて戻って来た。


小ネコの前にそっと差し出す。

その優しげな眼差しは、子供を見る母のようだった。


最初は警戒していた小ネコだったがニボシの匂いを2~3度嗅ぐと、目の色を変えて必死で頬張った。

その様子をアヤノは今まで以上に優しく見守り……ヨシヒロも、気が付けば優しく見守っていた。


あっという間に皿の中を空っぽにする小ネコ。

その様を見て、ヨシヒロは自分のつまみのマグロを白ネコの皿の中に入れた。


ヨシヒロ    「うまいぞ。」


さっきと同じように2~3度匂いを嗅ぐ。

そしてニボシ以上に必死でしゃぶりついた。


ヨシヒロ    「お前もマグロが好きか?」


小さな頭を指先で優しく撫でると……


ヨシヒロ    「まだあるぞ。喰うか?」


と子ネコに箸で摘んで新しいマグロを見せ付ける。

ペロリと平らげた子ネコは、そのマグロに魅せられてヨシヒロの膝に乗って更に跳び付こうと伸びをする。


ヨシヒロ    「そうか……欲しいか。」


小さく笑ったヨシヒロ。

そんな小さな笑顔も、アヤノが見るのは本当に久しぶりだった。


アヤノ     「あなた……。」


「この子、飼ってもいい?」


そう言おうと思ったアヤノだったが、今さっき「今日だけ」と言った手前……そう切り出せずに言葉を飲んだ。

ヨシヒロは無言のまま子ネコとマグロと戯れている。

今の一言が聞こえていたのか……聞こえていなかったのか……それすらも分からないくらいに。


子ネコはそれから更に二切れのマグロを貰うと頭を撫でられながら、ヨシヒロの膝の上で眠った。




-------------------




翌朝……。


アヤノが起きると、その横にヨシヒロの姿は無かった。


寝室と居間の間のふすまをそおっと開けると……

小さな器にニボシを入れて小ネコに食べさせているヨシヒロがいた。


ヨシヒロ    「ああ……起きたのか……。」


振り向きもせず、そう短く言い放つと……小ネコの喰いつく様子を嬉しそうに見つめる。


ヨシヒロ    「アヤノ……コイツ……モモコだぞ。」




この白い子ネコが細川家に居つくのに、もう何の理由も要らなくなった。



ちょっと話題がズレますが……「アイドル」

以下次号……「晩酌会議」