ザァザァと、無数の細やかな水滴がシャワーヘッドからから間断なく降りしきる密閉性高めで湿度の高い個室。
そう、ここは高級マンションに相応しいだろう広さと設備を誇る蓮の自宅のバスルームである。





安静にしないといけないんですからっ!なんて座らされたバスチェアーの上には、追い詰められてしまったような心境の男がどこどこと速いビートで鼓動を刻む己の心臓を持て余していた。
こ……こんな時はどうすれば?円周率か?3.141592653589793238462643383279……
優秀な記憶力を此処ぞとばかりに無駄に発揮して、ずらずらぐるぐると頭の中に数字の羅列を巡らせている男。
その健気にも一心不乱な男の労力を無にするように、剥き出しな男の背中の素肌の上をすぅっと撫でる指先の熱。
「なんて……なんて綺麗な僧帽筋と棘下筋に大円筋から広背筋と脊柱起立筋……」
はぅ……と、吐息すら零しながらうっとりと蓮の背中を撫でるキョーコの手。
眼前の壁に嵌め込まれた鏡の無駄に高い曇り止め効果の効いた大きな鏡の性能が憎い。そんなにくっきりはっきりと映し出さないでくれ、なんて蓮は心で嘆く。
バスチェアーに座る蓮の背後、チラッと鏡に覗けてしまうところに、すらりと伸びたむちぷりな脚を折りちょこんと膝をついている恋人。その生肌に張り付こうとする煩悩に素直な己の視線を必死に逸らしながら……
だってそうであろう?蓮の背後で筋肉から脊椎や肩甲骨なんて骨格のバランスの美しさについて滔々と語ってみせているかわいい恋人。カインとセツとして過ごした時に至極あっさりと躱されて男として見てくれてないのかと凹凹にへこんで落ち込んだ憧れの一緒にお風呂なシチュエーションで、蓮は腰に巻いたタオルのみだし、暖かなシャワーの篭る熱で上気したキョーコのなめらかな肌やしんなりと湿り気を含んだ栗色の濡れ髪までがもう蓮のよからぬ欲を煽りまくる、まさに今の蓮にとって目に毒みたいな存在なのだから。
思わずに、ギブスで固定された手首を忘れて腕組みをしようとピクリと蓮の腕が動いたのをきっかけに……はっと、本来の目的を思い出したみたいにキョーコが動き出した。
ボディタオルを片手に、もう片方の手を蓮の前方の壁に備え付けられた棚にあるボディソープのボトルへと手を伸ばしたのだ。
必然、近くなるふたりの距離。
まるで蓮の背後から抱き付くみたいで…………
キョ……キョーコちゃんっ!?あたってる!!あたってるからっ!!
ふにょんと、鍛えられた蓮の広い背中に触れたやわらかな膨らみ。
ほんの一瞬、掠めるようなそんなたわい無い接触にズシッと硬直した蓮を置き去りに、ふふふんとご機嫌な様子のキョーコはかしゅかしゅとボディタオルに泡だてたソープで蓮の背中を擦る。
既に蓮の頭の中からは円周率の数列のカケラもなく吹っ飛んでしまっていて、プツプツと枯れたゴム紐のように脆い理性の紐を辛うじて繋ぎ止めるので精一杯だ。湯当たりのように眩暈さえ起こしそうな状態の蓮。
なのに……あぁ、もうこの娘はっ!?
大切な宝物を磨くように丁寧に蓮の広い背中を洗い終わったキョーコ。少し、ほんの少し躊躇うような気配の後……泡を纏ったままの手を蓮の蓮の胸元へと撫でるように這わせた。
おずおずとだが、確かに自分の肌に触れるキョーコの指。ただそれだけの戯れみたいな刺激なのに、ぞわりと蓮の背中から腰へと震えが来るような熱と欲が走ってしまう。
蓮の鍛えられた胸筋の上を撫でていたキョーコの指さきが、つぅっと……綺麗に割れた腹筋をなぞるようにそのまま下へと向かう。
「っ!?キョーコちゃん……も、もう後は自分で洗うから…」
際どいところへと這わされそうなキョーコの手を左手で捕まえて、蓮は自分でも情けないくらいに上擦った声でキョーコを止めようとするのだけど……
ぎゅうっと、蓮の背中に抱きついてくる愛しい恋人のやわらかな肌と熱。
ウブな恋人らしくない大胆さに驚きに見開いた蓮の目に映った鏡の中、薔薇色に色付いた頬をしたキョーコがうにゅっと恥ずかしげに落としていた視線を上げるのが見えた。
ぷくりと、蓮の欲を誘うようなキョーコの唇が「こぉん」と甘えるように彼の名前を形作って動く。
「わ、私が……全部してあげるから……」
鏡越しに見つめ合うキョーコの潤んだ琥珀色の瞳。
ゴクリと、蓮の喉が空気を飲む。
どうしようもなく蓮の心を捕らえる愛しいその瞳が浮かべている蓮も知らない艶かしい色に……絡めとられたように魅入られ、このまま彼女の言うように全てを任せて溺れてしまいたいと思ってしまう。
するりと蓮の左の手から抜けたキョーコの手が、蓮の腰に巻かれたタオルの結び目へと…………






ゴツンッッ!!
音響のよく響く浴室内にエコーを掛けて、硬い何かを打ちつけたようなその音が響いた。
かなり痛そうな音の発生源であったのは、ザァザァと降り注ぐシャワーを頭から浴びている蓮とそのすぐ前方にあった浴室の壁であった。
だからっ!!本当に危ないから!妄想禁止だから、俺っ!!なんて自分に言い聞かせて、頭を巡っていた不埒な妄想をおデコの痛みと引き換えに強制ストップさせたのだ。
キラキラと、文字通りに水も滴るいい男を体現して金色の髪から水滴を滴らせている蓮。
世に抱かれたい男NO.1の称号を欲しいままにしている筈だが……まぁ、崖っぷちのギリギリの心境であるらしい。




「お風呂の準備をさせていただきますね?」と、そう言って蓮のシャツのボタンをプチプチと外し出した予想外のキョーコの行動に慌てた蓮。
「ちょっ!……キョーコちゃん!?」
彼女の前ではいつも悠然と大人ぶっていたい蓮には珍しくも上擦った声にキョーコはさも当たり前みたいに、社がちゃんと防水シートを買って来てくれたから蓮の右手のギブスを覆うのだと説明してみせる。そして付け加えたのだ。
「コーンは右手を使えないから、背中流しますね?」
………………それって、もしかしてキョーコちゃんも一緒に入るって事ですか?
滅多な事で狼狽えない男、敦賀蓮をかつてない衝撃が襲ったらしい。
それはもう素晴らしく可笑しな勢いで、絶対に右手に負担はかけないように気を付けます、ボディブラシもあるから大丈夫だ、甘やかし過ぎるのは良くない出来る事は自分でしないと鈍るだとかな苦しい言いくるめを重ねに重ね、ひとりで入浴すると訴えた蓮。
何故かしぶしぶと諦めたみたいだったキョーコ。
彼女はぶちぶちと零す。
「……リアル生肌を拝見出来ると思ったのにぃ」
などと……あぁ、もう!この娘は、見せるだけで済むと思っているのか!?
いいようにキョーコに翻弄され切ってしまっている現状に、少しだけ仕返ししてやりたくなった蓮はキョーコの苦手としていた飢えた男の気配で問いを投げた。
「だいたいね……背中を流すって言うけど、キョーコちゃんはどうやってお風呂に入るつもりなの?」
服のまま入って濡れたら風邪引くよ?と……そう揶揄うように言うが、絶滅危惧種な純情乙女である筈なキョーコはケロリと答えたのだ。
「あ、大丈夫ですよ?水着持って来てますから。」
去年に撮ったスポーツドリンクのCMのときの衣装、かわいいって言ったらそのままプレゼントしてもらえちゃったんですよ。なんて、その水着の入手経路を語っていたキョーコ。




あぁ!知っているとも!!
あの時のあのCM撮影で俺がどんな思いを味わって……
そして、どれだけ君に知られないように俺が裏であれこれと手をまわして暗躍に奔走したことか……




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んふーふ。
(*ΦωΦ)



最初の方の蓮くん妄想あたりを読んで色っぽいサービス展開になるのかと
騙された方はいるのだろうか?


もし、ひとりでもいてくれたなら
猫木は嬉しいでっす!!
о(ж>▽<)y ☆
どうせそんな事だろうと思った……だったなら、ごめんなさい。笑


↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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