パチパチと音を鳴らし、当主ひとり座す天守を舐めるように走る火炎。
ぱたぱたと災禍の場に似つかわしくない軽い足音に蓮が振り向けばそこにいるばずのない、愛しい姫。
「どうして！何故、逃げなかったっ！！」
そのあるはずのない光景に蓮は、厳しい眼で睨み付け思わず声を荒げ怒鳴りつけてしまう。キョーコはビクッとひとつ肩を震わせ、でも強い眼差しをした顔を伏せることなく首を左右に振る。
白い指が胸に抱き握りしめついたのは、びいどろ瓶。瓶の中、さしゃりと揺れていたのは、幼い日に蓮が泣くキョーコに与えた淡い色取りの南蛮菓子の星くずだった。
庭園に植えられた庭木、その下で小さく小さく蹲り声を嚙み殺し震えて泣く幼き姫。
蓮がその姫を見つけたのはほんの偶然。
母が唯一持たせたと言う一振りの懐剣を握り『母様がキョーコに下さったの。キョーコが最上の枷となった時に使いなさいって……』そう言って笑う幼き姫……その瞳が語る悲しい決意。
この年端も行かぬ幼な子に実母の手から……家の阻害者となるならば自害しろと渡された懐剣。そして、その意味さえ理解してなお、その懐剣に縋るようにして泣く幼き姫。
「キョーコ、『くず姫』だから………出来損ないのくずだから『最上』に……母さまに芥みたいに捨てられたって………尚様が言ってらしたもの。」
幼い姫は、人質として送られた先の不破の跡取り若君にそう蔑まれていたのだと、ポツリと蓮に語った。
その涙を止めたいと、蓮がキョーコに差し出したもの。
「俺には、芥なんかには見えないよ？君が『くず姫』だと言うのなら、きっとこっち。小さくてかわいい『星くずの姫』。」
つるりと滑らかなびいどろ瓶の中に詰まった色取り取りのこんぺいとう。
少しづつ、花開くように密やかに見せるようになっていく少女の笑顔。蓮の胸をぎゅうと掴むような想い。
やがて、成長し『最上』との縁つづきに望む伝にも祝いさえ贈らぬ最上の家。
それでも、ふたりの寄り添うような蜜月………それはほんの少しの短なものだった。
治乱興亡群雄割拠の戦乱乱世の世。
優れている………ただ、それだけでも叩き取る口火となってしまう世だった。
敦賀の国、不破と最上そして蓮の正室へとの縁談を断たれた松内に囲まれた小国。
その若き当主としての統治能力、その伸び代の豊かさを将来の敵となりうる危険性として捉えられ、敦賀の国は戦火へと飲み込まれた。
如何に、勇猛果敢一騎当千の戦神の如く戦おうとも物量の差と包囲された地の不利。
蓮が当主としてこの城に家臣の言を遮って残っているのは、ただ民を臣をひとりでも多くこの滅び行く国にある惨禍の渦から逃すための囮として。
そんな事はキョーコにも解っていた。
だから、蓮が『最上』へと戻そうと使者を出しキョーコを連れ出そうとしていた事も……そして、それを断って逃げるようこの焔の海の中戻って来たのだった。
キョーコは袂から懐剣を取り出し、それを投げ捨ててみせる。
首を振り駆け寄り、蓮の戦羽織りに縋る。
「……どうしてっ何故！！」
「いいのです………『最上』へ戻ったら、私また屑姫に戻らされてしまう………だから、蓮様………どうか、おそばに」
血を吐くような蓮の声に、そっと笑ってみせて硬い甲冑の胸へと頬を寄せた。
走る紅蓮の炎と渦巻く黒煙。
キョーコと蓮のふたり、びいどろ瓶の中に詰まったこんぺいとうと愛しい記憶……そんな総てを抱いて燃え盛る炎は激動の時代、その歴史の片隅でひっそりと燃え尽きていった。
ずっと……この頭の片隅にある物語のような記憶と胸にある想い、それを不思議に思っていた。
でも、やっとわかった気がする。
久遠はその顔に優しい笑みを浮かべていた。
「キョーコが…馬鹿だからっ！１００点……取れなかったから……」
何処か懐かしい感じのする父の母国。連れられてきた父の故郷で、そう言って自分を責めて泣く女の子と出会った。
「王子様がガラスの靴を持って来てくれるの！ショーちゃんがいれば……………でも、どうしてかな？………ショーちゃんといても………さびしいの。」
ふたつに結わえた黒髪の女の子は、久遠が跳んで見せると花が咲くみたいに笑ってくれた。
今はまだ、この手に力もなくここに残る術もない。
だから……だけど、きっと
「ねぇ、キョーコちゃん。キョーコちゃんが望んでくれるなら絶対に、そのびいどろの靴と星くずを持って迎えに来るから、だから………」
どうか待っていて、俺の星くずの姫。
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↓拍手ボタンの「これはもしや！！」な番号の拍手を叩いてくださった湖都様からのリクエスト
『戦国時代物。前世の記憶のある蓮さま、記憶のないキョコちゃんのお話。』
に、応えてみようとしたらなんだか斜め方向に突っ走しった感じ満載のものにてございます。
戦国時代？びいどろ瓶とこんぺいとうが出てるから安土桃山時代より後？本当、薄っい知識で書いてしまってごめんなさい。
ど、どうでしょう？少しでもお楽しみいただけましたでしょうか？
((((；ﾟДﾟ)))))))
グチ吐きましたけど大丈夫です！好きなよーにしか出来ませんからね！心配とあたたかい言葉をありがとうございました♡
