『彼と彼女は恋人以上の共犯者《後編》』

今度の縛り方は腕だけの縛りとは明らかに違った。先に彼女に言われたからかもしれないが。

「敦賀さん、お洋服脱いでください」

「え?なんで・・・??」

「やはり、あの時の映像に近付けるには肌が見えた方が良いと思うです。それに、身体が見えた方が縛りやすいと…いいますか」

いやいや、最上さん。君はどういう縛りをするつもり?だが、やはりここは彼女の意見を通した方がいいだろ。リビングで片思い中の彼女に面と向かって服を脱ぐのは恥ずかしい。しかも、縛られる為に脱ぐのだ。自分が望んで縛ってもらうこの異常な状況に俺はかなり興奮した。ボクサーパンツだけになり彼女の前に跪いた。

「ありがとございます」

笑顔で言われるとなんだか褒められたようで嬉しかったし、こんな事で相手が喜んでくれるのかと思った。

「では、始めますね」

麻縄を蓮の腕にかけていく。先ほどのように後ろ手に縛られていく。

先ほどと同じなら蓮は今度は動きがわかる。縄を通すとき思わず協力して身動ぎすると彼女が嬉しそうに笑った。緊張感が抜けてお互い息が合てきて、彼女の手つきも明らかに良くなってきてあっという間に後ろ手は縛られた。

「敦賀さん、ありがとうございます!」

「分かるところしか出来ないから、あとは君に任せるね」

「はい!お任せください!!」

胸をトンと叩いて自身満々に言ったキョーコは蓮の顔を見た。

先程までの不安そうな表情とは違いどこか興奮をしている様な顔。まさか、敦賀さんが協力して縛れるなんて想像していなかったから、驚いた。でも、それで私は緊張が取れて何かが吹っ切れたのも事実。

練習の成果が段々現れてきた。綺麗に筋肉が付いた腕は麻縄に縛られて自由が効かない。でも、麻縄が敦賀さんの腕に映えてもう、芸術作品のようだ。

「敦賀さん、次は下を縛りますから・・・足をこっちに向けて下さい」

言われて蓮は足を向けるとキョーコは足首に縄を2,3回回す。。

彼女の手つきが心地いい。傷をつけないように慎重に、まるで壊れ物を扱うかのように慎重に、丁寧に。彼女に任せておけば、なんの心配も無い。根拠のない安堵感。縛られるなら彼女しかいない。頼めないのだ。それに、自由が奪われた自分が頼れるのは目の前で自身を縛り上げている愛おしい少女。
腹の辺りに麻縄が巻かれ、模様が亀の様に見えた。首からも麻縄が掛けられ足元の縄に繋いでいく、全身を縛られていくと前傾姿勢になり息苦しくなって、呼吸が荒くなる。

「ぅっ・・・・はぁ・・・・・」

キョーコの手が一瞬止まる。

彼の声が荒い呼吸が聞こえて、敦賀さんの顔を見たいと思った。でも、今は我慢。敦賀さんは縛られたがっている悦んでくれてる・・・・それが肌から、呼吸から感じるから。自分もかなり・・・嬉しそうな顔をしているに違いない。早く終わらせて、この芸術作品を二人で見たい。
「は・・・・・くっ・・・はぁ・・・」

無言で縛る女と縛られる男。

きっと、こうやってあのDVDの女は縛られてたんだ。こうやって人は歪んでいくんだ。だが、歪んだと同時に・・・・・

「出来ました!」

「う、くっ・・・・・はぁぅ」

「敦賀さん、上向けますかって、無理ですね。これは「あぐら座りと亀甲縛り」の合わせた縛り方です。結構きつい縛り方なんですけど、敦賀さんなら身体は柔らかいし・・・大丈夫だと思って思い切ってやってみました」

「じ、自慢は、後で聞くから・・・・鏡・・・」

リビングに姿見を持って来てくれたが前傾姿勢の為見る事ができない。突然、キョーコが蓮を強く押して抵抗する間もなく横になってしまう。そして、姿見で見た自分の表情・・・・目が潤み、苦痛で眉間に皺が出来ている。羞恥で頬が赤くなり、汗と荒い呼吸が色っぽさを増す。

「私、あの時あの女の人がどうしてあんな顔してたのか分かりました。縛っている人がどんな気持ちでいたのかも」

「う、うん」

ああ、分かった。これは身体や心の歪んだ形じゃない。収まったのだ。外れていたピースが、どこかに置き忘れていたピースがカチリとしっかり嵌った。羞恥も苦しさ以上に感じる・・・この、安堵感。

「あの、女性は・・・・安心したんだ」

「そうですね。だって、こんなに綺麗にピッタリ嵌って・・・、自分自身が敦賀さんを究極の美に進化させるなんて夢みたい・・・・・・」

うっとりと姿見の中の自分を見る最上さん。ダメだよ?そんな嬉しそうな恍惚とした表情は。俺達は戻れなくなってしまうよ?寧ろ、俺はそれを望んでいる。そして、彼女も。悦びが素肌で感覚で繋がる。

ああ、そうか。だから、あの女性はあんなに嬉しそうな顔をしていたのか、嬉しい悦びの感覚は間違いではなかった。

蓮は無意識に唇を舐める。その艶っぽい顔をキョーコは食い入る様に見ていた。この、美しい人は今は私のモノになった感覚。私が歪ませた、この歪んだ感情を全身で受け入れてくれた。それが一番嬉しかった。

2人とも思っていた。鏡越しではなく正面からお互いの表情を見て見たいと。
お互い同じ感覚を共有しているのだから。

キョーコは姿見を移動させ、蓮の前に座る。

「も、がみ、さん」

「・・・・敦賀さん」

2人とも嬉しかった。今まで感じた事のない程の充足感。でも、これはきっといけない事だ。お互いそれは、感じていた。

ここで、この表情を忘れなければ・・・
早く、現実に戻らなければ・・・・・・・・・

もう、戻れない。

***

先に口を開いたのはキョーコだった。

「つ、敦賀さん・・・・そろそろ解きましょう。もう、十分ですよね?」

「あ、ああ・・・そうだね」

キョーコは蓮を起こして、まず足の拘束を解いた。次に上半身、そして腕。

「ふっ・・・はあぁぁ・・・・・・」

あんなに息苦しかったのに急に新鮮な空気が肺一杯入ってくる。空気はとても美味しかった。ドクドクと全身に血が巡っているのが分かる。演技をしていても感じた事がない感覚が全身を支配した。力が抜けて直ぐには動けない。

「お洋服、着ましょうね・・・敦賀さん」

「あ、ああ」

最上さんにされるがまま洋服を着せられた、服を着終わる頃には身体が動くようになった。

「敦賀さん、この後ゆっくり湯船に浸かって下さいね。そうすれば、明日には跡が消えるそうですから」

「ああ・・・、そうする・・よ」

お互い目を合わす事が出来ない。それでも、まだ感覚が繋がっている。

自然に指が触れ合い、唇が重なる。

そして、何事もなかったかのように二人は部屋に戻った。

***

キョーコは部屋に戻りベッドに入って悶絶した。

「ど・・・、どうしよう!!敦賀さんのあんな姿初めて見た!!今までのグラビアより断然綺麗!もう生ける芸術品!!あの、絹肌に麻縄が映えるなんて!!しかも、しかも声が・・・・もう~破廉恥です~!!」

ベッドの上をゴロゴロ枕を抱きしめて真っ赤に頬を染めてブツブツ喋る。
興奮しすぎて今日は、眠れるかどうか分からない。
だけど、明日からはまた日常に戻るのだ。気持ちをリセットして眠らなければ・・・・。

「は~、また・・・いつか出来ないかな?」

なんて思ってはいけないけど、思わずリアル敦賀さん人形10分の1スケールを見た。

***

蓮は部屋に戻ってもまだ頭が痺れているようなだった。

何だったののだろうか・・あの感覚は?縛られていた時とは全く違う、解放される・・・この言葉しっくりくる感覚。ふと、腕に跡が付いているに気が付いた。俺は、その跡を指で・・・なぞる。

最上さんから風呂に直ぐに入ればこの跡は消えると言われたような。
今日は、風呂に入ってそのまま寝よう。
バスルームに入って跡を再度見て思わず呟いた。

「また、やりたいな・・・・・」と。

***

翌朝、キョーコと蓮は普通の生活に戻った。

朝食をキョーコが用意して2人で食べて・・・昨夜の出来事はお互い触れなかった。
だけど、お味噌汁を手渡してくれた時、気が付いた。
彼女の手がいつもより赤くなっていたことに。

「最上さん、手・・・大丈夫?」



「え?あ、あの・・・敦賀さんは・・・その、大丈夫でしたか?」

「俺は大丈夫。跡も残ってないから・・・」

「はぁ~・・・。良かった。敦賀さんの絹肌に跡が・・ついてないかと心配で」

はう・・・と安堵の溜息を吐く彼女の手に昨日の事が現実だと感じた。

きっと、縛る時きつくきつく引っ張ったりしたのだろう。一夜明けて自分の肌に縄の跡が全くなかったから夢かと思った。彼女の手の平で実際に起こった事が嬉しくてすごく嬉しくて。

「最上さん、俺達・・・共犯者みたいだね」

「ふふ・・・そうですね。誰にも秘密ですね」




今までの先輩後輩、恋愛感情、そんなモノ以上の・・・

俺達は秘密の共犯者になった。