「絶対に別れないからね………」
どうして?なんであなたがそんなことを言うんですか?




その日は、2時間物のサスペンスドラマの撮影だった。
端役だけど、役名のちゃんとついた役をもらえたそのドラマはDarkMoon以来の貴島さんとの共演だった。
撮影も無事に終わり、鬱々とした気分のままとぼとぼと裏口を目指して歩いてた時に貴島さんに声をかけられた。


次の仕事までの暇つぶしに付き合ってほしいという貴島さんにちょっと強引に休憩所の椅子に座らされた。ちょっと待っててと言うと彼はそばの自販機でミルクティーを買ってよこした。
「ありがとうございます。」
と礼を言うと貴島さんは、
「いーのいーの、かわいい京子ちゃんをお茶したかっただけだから気にしないの。」
と、自分用に珈琲を買って隣に座った。
この頃貴島さんがコスメマジックもないのに私に繰り返す「かわいい」とか「きれい」という言葉。前にも増してこの手の冗談が多くなった。
「貴島さんはほんとに口がうまくてらっしゃる。」
「ひどいな、京子ちゃん。俺、本気で言ってるのに。」
「またまたご冗談を………」
いつも通りに誤魔化してしまおうとすると、貴島さんが肩に手をまわして顔を覗き込んでくる。
「本当に………きれいになったね。恋でもしてるの?」
「恋ですか………私は、恋なんてしてもきれいになんてなれませんよ。」


だって、この恋を自覚してからの私はちっともきれいじゃない。ねばねばどろどろした汚い気持ちばかりでキラキラしたりしてないもの。


「京子ちゃんはきれいになったよ………でも、危うい感じがする。………辛い恋なの?」
ぼんやりと考え込んでいた私は答えることが出来ない。辛い?辛いのは、私が敦賀さんを傷付けたこと………なのに、敦賀さんからはなれたくないと思ってしまうこと。
「俺は、笑ってる方が京子ちゃんらしくていいと思うけどな。」
貴島さんはそんな事を言ってくれたけど、無理だわ。


「……どう足掻いても、この恋の終りが見えてしまってるんです。」
だって、どう足掻いても懇願しても私が敦賀さんに愛されることなんてないんだから。
「京子ちゃん、辛いだけの恋なら忘れちゃえば?………俺が、忘れさせてあげようか?」
「………この恋を忘れる………ですか。」
それは、無理。
あの人以上に、あの人以外にあんなにも惹きつけられるような人なんている訳ないもの。


そんなことが頭をぐるぐるしていたら、カツカツと近付いてくる足音が聞こえてきた。顔を上げると、笑顔もなく硬い表情をした、側にいたいのに会いたくなかった敦賀さんがいた。
その顔を見て思った。
あぁ、別れが来たと。別れを告げて私を捨ててしまいたかったのに、私が避けて逃げまわっていたせいで余計な手間をかけさせて引き伸ばしてしまったから怒っているのだと………。


「京子ちゃん、ちゃんと向き合ってあげなよ………敦賀くん、寂しいって目をしちゃってるからさ。」
動けなくなってしまった私の耳元で貴島さんがそんな事を言ってきた。
寂しい?敦賀さんが?なんで?


混乱する私の手を取った敦賀さんがらしくない強引さで引き摺るように歩き出す。
その背中が私を拒絶しているように思えて、思わず振り返って貴島さんを見たら「京子ちゃん、駄目だったら逃げておいで。」
と笑って手を振っていた。




そして、そのまま、まるで荷物を運ぶように半ば力尽くで敦賀さんの部屋まで連れてこられた。口もきけない張り詰めた空気の中、ちらりとも私を見ようとはしないで………。
部屋に入った敦賀さんが、いきなり痛いほど強く両手を取って壁に押し付ける。
覚悟していた言葉ではなく、別れを否定するとそのままくちづけてきた。




泣くのは卑怯だと思うのに、堪えることが出来ない涙が零れ落ちた。









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