ねこバナ。 -803ページ目

第十四話 <随筆>大きすぎる獲物

新しい家に住んで1年が過ぎ、仕事も順調...とはいかないが、だんだん波に乗ってきたという頃。何時も帰りは真夜中で、土曜日日曜日も東京に出かけることが多かった。
ゴンこと権之助は、少し開いたベランダの窓から、いつでも自由に出入り出来た(冬の寒い日以外は)。家の周りの畑や、建設会社の資材置き場に出かけていき、たいていの場合、そこを縄張りにしている猫に追い出されてきた。とはいえ家の周辺は死守していたとみえて、駐車場の縁にある茂みを走り回ったり、隣のオバサン宅に上がり込んでは夕食のご相伴に与ったりして、自由な猫らしい生活を謳歌していた。
彼は喧嘩には弱いが、ハンティングは上手だったようである。そこいらの草むらや他所のお宅の庭で、いろいろなものを獲ってきた。ネズミはもとより、トカゲ、ヘビ、スズメ、バッタなどなど。まだ生きている状態で家の中に持ち込み、少々遊んで、中途半端に食べ散らかす。お陰でこちらは、スズメの尾羽だのネズミの頭だのを恐る恐る片付ける羽目になった。彼なりの愉しみでもあるし、普段かまってやれない甲斐性のない飼い主としては、あまり怒る気にもなれず、ただ傍観するしかなかった。

  *   *   *   *   *

夏の暑い日だった。
久し振りの、何もしなくていい休みを、私は部屋で無為に過ごそうと決めた。
朝のうちに窓を開け放ち、風を通して、畳の上に寝転がった。ジージーと蝉の声がやかましく、額に汗も滲んできたが、この日は暑さが心地よく感じて、寝転がったまま散らかっている本を読みながら、
だらだらと数時間を過ごした。

ばたばた。ふぁさふぁさ。どどどん。

妙な音で目が覚めた。
何時の間にか眠っていたらしい。全身にじっとり汗をかいている。のそりと身体を起こし、大きく欠伸をする。と、鼻に何か軽く柔らかいものが、ぴと、と貼り付いた。
何だこれは? ふわふわしている。猫の毛か? いやそれにしては柔らかすぎる。
ぼんやりした頭がはっきりしてきた。部屋の中の風景が突然眼に飛び込んできた。

鳥の羽だ。
鳥の羽毛が。
部屋じゅうに、天井から床に至るまでまんべんなく。
飛び散っていた。浮遊していた。
呆然とするしかなかった。
なんじゃこりゃ。

と、台所の方で大きな音がした。

どたん。ばすん。
ふぁさふぁさ。

台所を覗くと、いた。
権之助が。
得意満面で。

ハトを。
ハトの首根っこをがっしりと咥えて。
どうだと言わんばかりに、こちらに向かってくる。

ハトは抵抗し、羽根をばたつかせる。すると羽毛がそこらじゅうに飛び散る。
思わず、

「こらっ! そんなもん持ってくんな!!」

と怒鳴った。
思わず権之助はハトを放した。
ばたばたばた。ハトは必死に逃げようとする。権之助は追いかける。
私は権之助とハトの間に割って入り、ハトを後ろから追い立てるようにした。ハトは少々ふらふらしていたものの、開け放たれたベランダの窓から脱出に成功し、飛び去っていった。

あとには、羽毛だらけの部屋と、
呆然とした権之助と、
汗で全身に羽毛が貼り付いた私が残された。

  *   *   *   *   *

結局、その日の掃除は真夜中までかかった。
その後、身体中に着いた羽毛を取るために風呂に入り、疲労困憊で就寝した。翌日の仕事が大層辛かったのは言うまでもない。
権之助はというと、ハトを逃したあと、闇雲にそこらを走り回り、外に飛び出してしばらく帰って来なかった。
夜遅くに帰ってきてからも、えらくフマンそうだったが、餌を食べ終えると、お気に入りの籐椅子でさっさと寝てしまった。

それ以来、そんな大物を彼が持って来ることはなかった。
ただし、その後何度か、彼が獲物の切れ端(ネズミの頭とかトカゲのしっぽとか)を、私の寝ている時に限って、枕元にわざわざ持ってくることがあった。
あれは何かの嫌がらせか? と訝ったものだが、せっかく獲ってきた獲物を逃がしてしまった私を、「相当狩りが下手な可哀想な奴」と思ったのかも知れない。
ネズミやトカゲを喰わない私としては、大きなお世話なのだが。

年を取って、獲物を追う体力がなくなり、猫じゃらしにも反応しなくなった時、もう少しハンティングを楽しませてやるべきだったろうかと、少々後悔したものだ。
もっとも、彼のほんとうの気持ちは、判るはずもないのだけれど。

おしまい






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