第二百四十九話 カゲネコ 其四 | ねこバナ。

第二百四十九話 カゲネコ 其四

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ヤタガラス は あらし の なかを つきぬけて
シェルター へと もどった

ハッチ が しまり あかり が つく
おれは ひとり ヤタガラス から おりたった

みなれない やつが いる

「識別番号A-BF001、任務御苦労。直ちにデータの解析を行う。ついて来い」

おれに そんな ことを いう

「おれ むつかしい こと わからない」
「ならば黙ってついて来ればいいのだ」
「サユリ は どうした」
「なに?」
「サユリ は どこへ いったんだ」

やつは おれから め を そらした

「ナグモ技官は収監中だ。軍規に違反した疑いがある」
「サユリ じゃ なきゃ おれを なおせない」

おれの はら からは
ち が ながれて いる

「はやく サユリの ところへ つれていけ」
「その必要はない。つべこべ言わずさっさと来るんだ」
「いやだ」

ばちばちばちばち

おれの からだを あかい ひかりが つつむ
くろい け が さかだつ

「こいつ、逆らうか」
「サユリ は どこだ」
「構わん、銃撃しろ。そして電子頭脳を取り出せ」

やつら じゅう を かまえた

「おまえ は てき だ」

おれの からだを なにかが かけぬけた

  *   *   *   *   *

「...つっ、うううう」

目が覚めた。
あたしは椅子に、座らされている。
両手が動かない。足も。拘束されているようだ。
後頭部がずきずきと痛む。

「やっと気が付いたか、ナグモ技官」

垂れ下がった髪の間から、少佐の顔が見えた。
相変わらず不健康そうな面構えだ。

「...何なの、これは」
「知れたこと。貴様を尋問する。今回の作戦が成功に至らなかったのは、貴様が機密情報に不正にアクセスし、かつ敵国に情報を漏洩したことが原因だ」
「そんなこと...でっちあげてどうするの...」
「失敗には原因がある。そして責任を取る者がいなくてはな」
「あ、あんたたちの失敗を、なんであたしが被らなきゃいけないの」
「貴様が用済みだからだ」

少佐はスタンガンを構える。拷問用のごついやつだ。
ばちばちと、青い火花が散る。

「自供のビデオを撮るだけだ。そうすれば楽になれるさ」
「くっ」

奴等、何も判っていない。

「こんな、こんな呑気なことをしていてもいいの。すぐ核ミサイルが」
「ああ、確かにF地点の敵基地から、ミサイルが先程発射されたようだ。しかしそれは、このシェルターに向けてではない。敵の首都に向けてだ」
「なっ」
「生物兵器の知能など、この程度さ。全くイヌの浅知恵だな。ミサイルを撃つ方向を間違えるとは」

こいつは救いがたい低脳だ。あたしは唾を吐いた。

「...それが何を意味するか、あんた、判ってるの」
「なに?」
「そのミサイルを撃ったのが、まさか自国の生物兵器だとは、敵さんは思ってくれないでしょうね」
「...」
「キャンベラ合意に反したのは、あたしたち、ということになるわ。全世界から報復が来るわよ。何十倍、何百倍もの核ミサイルという姿でね」
「...くっ、ま、まさか」
「してやられたのよ、あたしたちは。もう助からないわ。誰も」

少佐の顔は、土気色に澱んだ。

「くっそおおお、至急参謀長に連絡、ミサイル防衛システムを作動させろ! ええい何をしている、さっさと行かんか」

冷笑。そう、あたしは冷笑していた。
あたしたちは滅びる。
重ねて来た愚かな業によって。
あたしは神様なんか信じないけれど。
報いってのは、やはり、あるのだと思った。

「少佐! 大変です」

通信士の甲高い声が響く。

「核ミサイルより大変なことがあるというのか貴様」
「生物兵器のネコが、警備兵を薙ぎ倒して、こ、こちらに向かっています」
「なにぃ」

「...ククル」

人感センサーを頼りに、あたしを探しているのか。

「全く、警備兵は何をしている! たかだかネコ一匹に」
「し、しかし、敵の軍事基地を壊滅させるほどの能力を持ったネコですよ。とても....」
「えええええい、頼りにならん奴等め! おい、必要なデータをバックアップしたら避難だ。一〇四地区に移動するぞ」

あたふたと少佐たちは慌てふためき、何処かへ消えてしまった。
そして。

「ケイコク ケイコク ボウギョ システム サドウ ミサイル コウゲキ ニ ソナエヨ」

自動警報装置が作動した。真っ赤な非常灯が点灯する。
敵国からミサイルが発射されたのを、レーダーが感知したのだろう。
あたしは逃げられない。手も足も、電子ロックのかかった手錠で、しっかり椅子に固定されている。

「...駄目か...くっ」

無駄な努力とは判っていても、身体が動く。
必死に手錠を外そうと。

そのとき。

「どわあっ」

開け放たれたドアから、悲鳴が聞こえて。

「サユリ」

ククルが現れた。

「ククル!」
「サユリ いま それ はずして やる」

敵地への潜入工作で使用する電子ロック解除システムを、ククルは始動した。
あっけなく、手錠は外れて。

「ああ、ククル」

あたしはククルを抱きしめた。
ククルの身体からは、所々血がしたたり落ちている。

「ククル...ごめん...ごめんよう」
「サユリ ないて いる ひまは ないぞ」

ククルは冷静な声で言う。

「にげるんだ」
「逃げるって、どこへ」
「やつらが にげた ほうへさ」

そうか。
少佐たちが逃げ込む先には、きっと核攻撃に耐えられるVIP用シェルターがある筈だ。

「いくぞ」
「ちょっと待って」
「どうした」
「研究室にいるカゲネコ部隊を連れていかないと。あの子たちだって」
「もう いない」

ククルは搾り出すように、そう言った。

「なんですって」
「おれが いった ときには もう いなかった」
「まさか、奴等が...」
「そうだ つれて いったんだ」
「くっ」

急がねばならない。
ククルが少佐たちの経路をスキャンする。
あたしとククルは、警報のせいでパニックになった兵士たちの脇をすり抜け、放置された軍用メトロの輸送用トロッコに乗り込んだ。
向かうのはシェルター最深部、廃棄場のすぐ隣、一〇四地区。

  *   *   *   *   *

がたごとん がたごとん

「じっとしててよ、ククル」
「ああ」
「ようし...これでよし、と。とりあえず出血は止まったわ。でも、あまり激しく動くと、また傷が開くかも」
「そうだな」
「ほらククル、これ食べてよ。増血剤も入ってるから」
「めしか くうぞ おれ」

がたごとん がたごとん

「サユリ」
「なあに」
「おれ むつかしい こと わからない」
「そうね」
「でも ひとつ おしえて くれ」
「なあに」
「どうして おれ たすけた」
「え」
「おれは うまれて すぐ しぬ はずだった」
「ククル」
「きっと そうなんだ でも」
「...」
「サユリ どうして おれを たすけた」
「...それは...」

がたごとん がたごとん

  *   *   *   *   *

あの子を見つけたのは、確か四つの時だ。
戦災孤児保護施設の裏庭に、ちいさな黒いネコが、迷い込んで来た。
何処かの生物管理センターから、逃げて来たのだろう。

「おいで」

あたしの手に、あの子は顔をすり寄せて、甘えた。
あたしは、裏庭にその子の小屋を作った。そしてご飯を運んだ。いっしょに食べた。
ひだまりの中で、あたしたちは、遊んだ。
ひとりじゃ、なかった。

「なんだこれは」
「ナグモ、おまえ、なにをしているのかわかってるのか」
「これは、だいじな、しげんなんです。かってにかうことができるものではありません」

おとなの手が伸びて。
あの子は。

「だめ、だめ、あたしの」
「おまえのじゃない」
「あたしのともだち」
「なにをいってるの、このこは」
「ほら、つれていけ」
「だめ、だめようううう」

あたしは、また、ひとりぼっちになった。

  *   *   *   *   *

がたごとん がたごとん

「あたしは...自分勝手なのよ」
「なんだって」
「自分が寂しいから、ククル、あんたに生きてて欲しかったのよ」
「そうなのか」
「きっとそう」
「そうか」

がたごとん がたごとん

「酷いと思うでしょう」
「なに」
「あたしのこと、酷い奴だと思うでしょう」
「どうしてだ」
「だって、あんたを散々、酷い目に遭わせて」
「...」
「なのに、あたしはちっとも、あんたたちのことを、判ってなかった」
「サユリ」
「判ってあげられなかった」
「おい サユリ」
「ごめん、ごめんね」
「おれ むつかしいこと よく わからない」
「ククル...」

がたごとん がたごとん

がたごとん がたごとん

「あたし、生まれ変わったら、ネコになりたい」
「ネコ に なるのか」
「うん、平和な時代のネコになりたい」
「へいわ な じだい か」
「そして、あんたと一緒に暮らすのよ」
「ネコ に なれるのか」
「なれるといいな、って」
「そうだな」
「ふふふ」
「おかしいか」
「ううん」

がたごとん がたごとん

  *   *   *   *   *

一〇四地区は、早々と封鎖されていた。
ククルが非常用ハッチの電子ロックを解除出来たので、あたしたちは、なんとかその中に入り込んだ。
青白いダイオード照明だけが、寒々と、非常通路を照らす。
長い通路はくねくねと折れ曲がり、深く深く、潜って行くようだった。

「サユリ かくれろ」
「どうしたの」
「こえ が きこえる やつら の こえだ」

あたしは通路の陰に身を潜めた。ククルは耳をそばだてて、奴等の様子を窺っている。

「...潜入者だと?...」
「...先程非常用ハッチのロックが一時的に解除され...」
「...ぜ見つけられない! 監視カメラは...」
「...ステムがまだ作動できず...」
「...そげ、急げ! 着弾まであと...」

幾つもの足音が、すぐそばの通路を過ぎていった。

「ククル、この施設の何処かに、隠れられる場所はあるかしら」

あたしの問いに、ククルはセンサーをフル稼働させた。

「だめ だな どこも へいたい が いる」
「そう...どうしよう」
「あ あったぞ」
「えっ、何処に」
「いちばん おくの ひろい へやだ」
「一番奥なの」
「ヒトは だれも いないぞ」
「とりあえず...そこに行くしかなさそうね」

あたしはククルの案内に従って、そろそろと歩を進めた。
幸い監視装置は働いていないらしかった。
数え切れないほどの階段を下り、通路を抜けて。
足がいうことをきかなくなった頃。

「ここだ」

巨大な扉の前に、あたしたちは、やって来た。

  *   *   *   *   *

「とびら を あけるぞ」
「大丈夫かしら」
「どうした」
「奴等に気付かれたら」
「そうしたら すぐに しめてしまう そして かぎを こわして しまう」
「じゃあ出られなくなっちゃうじゃない」
「そうだな ゆっくり なおせば いいさ」
「呆れた。全くあんたは...」
「めし あるんだろ すこしは」
「一週間分くらいかな...。ともかく、生き延びることを優先しましょうか」
「そうだ やつらも きが かわるかも しれないぞ」
「そうねえ、ふふふ」

サユリは そう いって わらった

おれは でんぱ を おくって
とびら の かぎ を あけた
おおきな おと が して
とびらは ゆっくり ひらいて いった

なかから あおい ひかりが もれる

「こっ、これは」

サユリが おおきな こえ を あげた
おれは みた
あおい ひかりの なかで
たくさんの
たくさんの ガラスの つつが ならんでいるのを
まるで おおきな き の ように
たかく たかく かさなって いるのを

ガラスの つつの なかには
ネコが たくさんの ネコが
うかんで いたんだ

  *   *   *   *   *

「ユグドラシル...」

これが、世界樹と呼ばれた、生物培養計画か。
まるで巨大な樹木が、培養生物を実らせるかのように。
培養槽が、連なっていた。
そしてその中には、ネコたちが。

「ほんとうに...完成していたのね...これが」
「サユリ これが クローン なのか」
「そうよ。これが奴等の...」

そう言いかけた
あたしは。

背中から、貫かれた。

焼けつくような痛みが、全身を駆け巡った。

  *   *   *   *   *

サユリ の むね から ち が ふきでた
そして サユリは ゆっくり
ゆっくり たおれて いった

「サユリ」

おれは
サユリ に かけよった

「あ...あ...」

サユリは
どうして

おれは
ふりむいた

じゅう を かまえた おとこが
その うしろには
カゲネコたちが
おれの なかまが

「何をしている」

あの おとこだ
あの おとこが
サユリを

「貴様等、何時の間に潜入した」

おれは

「ふしゅるううううううう」

ぜんしんを ふるわせた

「カゲネコ部隊、奴等を破壊せよ」

おとこが そう いうと
カゲネコたちは
おれの なかまは
ゆっくりと おれに
ちかづいて きた

「ククル おれ」
「あたしたち どうなるの」
「やだ やだ」
「なんだ なんだ」
「こわい こわい」

あいつらの こえ が きこえる
あの おとこに あやつられて
おれを
ころしに
くる のか

「だめだ みんな とまれ」

おれは とまれ の あいずを おくった

「だめだ とまれない」
「いや いや」
「こわいよう」
「うあああああああああああ」

「とまれ」

「ふしゅぁああああああああ」

おれは ぜんしんを ふるわせて
あいずを おくり つづけた

「とまれ とまれとまれとまれトマレトマレ」

カゲネコの うしろには
たくさんの クローンネコが

だめだ

「ククル...!」

サユリの こえ が した

「サユリ」
「サユリだ」
「どうした」
「どうしたんだ」

なかま の あし が とまった

「とまれ みんな だめだ きちゃ だめだ」

おれは あいずを おくり つづけた
あたま が いたい
おれの まわり を
あかい ひかりが
つつみこんだ

ばち ばちばちばちばち

「サユリ」
「たおれてる」
「どうして」
「だれが やった」
「わるいのは だれだ」

「ど、どうしたんだ貴様等! 早く奴等を始末しろ」

おとこ は うめく
なかまたち は
からだ を ふるわせて
おとこ を とりかこんだ

「おまえが」
「おまえが やったのか」
「ゆるさない」
「おまえ は」
「てき だ」

「くっそう! は、早く自爆スイッチを」

おとこ が あとずさった とき

「しゃあああああああああ」
「がああああああああああ」

なかま は おとこ に とびかかって

「うわあああああああああ」

ずばばばばばばばばばん

「みんな」

ばくはつ して しまった

「うぎゃああああああああああああおう」

おれは

「ぎゃあああおおおおおおおおおううう」

さけんだ
どうして

な か ま が

「ぐるるるる」
「ぐうううう」
「ふしゅうう」

クローンネコが やってくる
おれを ころしに
おれは いそいで
とびら を しめた

ごごごごごごごごごごごごごごご

おおきな とびらは ゆっくり しまる

「じゃあああああっ」

クローンたちは おれに おそいかかった

おれは
やつらを たたきおとして
あかい ひかりで きりさいて
そのたび やつらの ひめいが
おれの あたまに

「タスケテ」
「タスケ」
「ナゼ」

「なぜ」

おれの からだ は ずたずたに なった
さいごの いっぴきを はりとばして
おれは ちまみれ に なった

ごごごごん

とびらは とじた

  *   *   *   *   *

もう起き上がれない。
力が入らない。
自分の身体から血が出ていく。
あたしは、他人事のように、その様を見ていた。

「サユリ」

ククルがそばに来た。
血塗れのククルは。
あたしを見て。

「おれ つかれた」

そう言った。

「あたしもよ」

そう言おうとしたが。
声が出ない。
ククルはあたしのそばに。
ゆっくりと。
倒れた。

うっすら目を開けてあたしを見てる。
金色の目が。

あたしは全身の力を込めて。
ククルの肩に手を乗せた。
視界が暗くなる。

「うまれかわったら あたし」

青い大樹の根元。
クローンたちのいる部屋で。
轟音が。
聞こえて。

あたし は

ネコ に  なる ん   だ

  *   *   *   *   *

  *   *   *   * 

  *   *   * 

  *   * 

  * 

「...ここが最後か」
「それにしても、この動物の白骨は、一体何なんだ」
「ああ、こんな凄い数の屍体は見たことがない」
「おや、これは...人間の骨じゃないか」
「銃も持っているな」
「戦闘があったのだろうが、それにしても妙だ」
「よし...ドアが開くぞ」

ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご

「...なんだ、これは。電力がここだけ生きてるぞ」
「培養槽だ。おい、ネコが生えてる」
「ネコ? これがそうなのか」
「そうだ。資料でしか見たことはないが、きっとそうだ」
「やった! 大発見だな! 早速設備の点検を...」
「おいちょっと待て」
「何だ?」
「これ...これも人の骨だよな」
「そうだな」
「着衣は...女性のようだ」
「この横の骨は...さっきの動物と同じじゃないか」
「何てこった。此処で、四百年前に、一体何があったんだ」
「まるで、寄り添って...」
「眠っているようじゃないか...」


おしまい





※ 第百五十一~三話 さよならトシオ君 もどうぞ。




いつも読んでくだすって、ありがとうございます

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