第二百四十八話 カゲネコ 其三 | ねこバナ。

第二百四十八話 カゲネコ 其三

【一覧1】 【一覧2】 【続き物】 【御休処】 【番外】

※前々回 第二百四十六話 カゲネコ 其一
 前回  第二百四十七話 カゲネコ 其二


-------------------------------

「...ククル、聞こえる? 返事をして!」

サユリの こえが あたまに ひびいた

「ああ きこえる」
「そちらの状況は?」
「いま じめんに おりた」
「みんな無事なの?」
「チャックとカマゾーは ぶじだ あとの やつらは」
「...どうしたの」
「はんのう が あるのは じゅうにひき だけだな」
「....三頭は降下に失敗したのね。敵の警戒網は?」
「なんだか やけに しずかだな」
「とにかく気を付けて。あたしはずっと、あんたの行動をモニターしてるわ」
「いいのか あの おとこどもに みつかるぞ」
「大丈夫よ。奴らにはバレないように、回線をひとつ仕込んでおいたわ。あんたの視界までは判らないけれど、脳波や聴覚はこちらでも把握出来る。だから何か不測の事態が生じたら、すぐに呼びかけて」
「ああ わかった チャック カマゾー いくぞ」

おれは あいずを おくった
チャック カマゾー そして クローンネコたちは
あらしの なか やつらの きち に むかった

  *   *   *   *   *

研究室のおんぼろ端末では、通信にタイムラグが生じてしまう。あたしはDNA解析用の電子頭脳を接続して、システムを安定させた。

「さあ、これでどう」

ククルの脳波、心拍、体温などのデータが、幾つのもグラフになって、せわしなく動く。
そして、GPSシステムと同期された戦略地図上に、ククルたちの位置が示された。
敵の前線基地までは、あと二キロほどだ。外は灰と黒い雨が叩き付ける猛烈な嵐が続いている。

「嵐の中なら、敵さんも気付きにくいってわけね。しかし...」

クローンネコのうち三頭が、ヤタガラスからの降下という初歩的な段階で、すでに脱落している。
ほんとうに、そんなものを実用化する積もりなのか。ただでさえ、生物兵器の資源は枯渇しかけているというのに。

「奴らそんなに馬鹿じゃない...ということは、資源の枯渇を気にしなくてもいい、っていうことなのかしら」

何か新しい技術でも開発されたのだろうか。
クローンは母ネコの子宮を借りなければ産み出すことが出来ない。母ネコの数は年々減少している。
ならば、母ネコの子宮を必要としない技術が....。

「ユグドラシル!」

あたしは愕然とした。
その昔、列強が技術を奪い合い、この慢性的な戦争の引き金になったという、生命培養計画、通称ユグドラシル。
あれが実現していれば。
しかし、あの技術は戦争の最中、核攻撃によって完全に失われたのではなかったか。
あたしは混乱した。頭を抱えて、かきむしった。
その時。

「サユリ どうも おかしいぞ」

ククルからの通信だ。

「どうしたの、ククル」
「ひとが いない」
「人が?」
「きち には ヒトが いないんだ」
「人がいないって、そんな...敵さんにとっては、重要な拠点のはずなのに」
「かわりに なにか いるようだ」
「代わりにって...人じゃないの?」
「もっと ちいさい そう おれたち みたいな」
「えっ、まさか」
「くるぞ きをつけろ」
「ちょ、ちょっと待って」

信号がかき乱され、グラフが激しく上下する。
彼等は、戦闘状態に入ってしまった。

  *   *   *   *   *

やつらは すばやかった
くらやみから やってきて
おれたちを とりかこんだ

「チャック は みぎだ カマゾー は ひだり そして」

おれは クローンネコたちに あいずを おくった
こいつら おれたちより ずいぶん にぶい ようだが
なんとか まもる しせいを つくっていった

「こわいよう」

チャックが さけぶ

「めしだ めしだ めし」

カマゾーが ほえる

そして

「がうううう」

はいいろの やつらは いっせいに とびかかって きた
おれの て から あかい ひかりが とびちる
ひとつ ふたつ みっつ
おれは やつらを なぎたおして いった

「ククル こいつら なんなんだ」

チャックが さけんだ

「ネコ じゃ ないぞ ヒト でも ないぞ」
「わからない でも」

おれは また ひとつ たたきおとした

「おれたちの てきだ それだけは たしかだ」

さいごの ひとつを カマゾーが ひきさいて
ちいさな たたかいは おわった

  *   *   *   *   *

「どうしたの、ククル、今の戦闘は」
「わからない やつらの きち から でてきた ようだ」
「被害は?」
「チャック と カマゾー は ぶじだ クローンは ごひき やられた」
「そう...」

やはりクローンネコは、作戦行動には耐えられない。
こうなることは判っていた筈だ。やはり、何かとんでもないことを、特殊作戦部の奴ら、やろうとしているに違いない。

「こいつら にぶい たたかうには にぶすぎる」
「そうよね...全くなんてこと...」
「やつらは すばやい クローンでは かてない」

奴ら。そう、ククルたちを襲った敵は、一体何者なのだ。

「どんな奴らなの? あんたたちに攻撃してきたのは」
「よつあしの いきものだ おれたちより すこし おおきいぞ」
「何か機器がセットされている?」
「あたまに まるい ものが かぶさっている おおきな きかいの め が ひとつ ある」
「兵器は搭載されているかしら」
「おれたちと あまり かわらない ようだな」

どうやら、敵の最新兵器とは、こちらと同じ生物兵器のようだ。しかも、ネコではない哺乳類を使用したものらしい。

「まだ潜んでいるかも知れないわよ。気を付けて」
「ああ くそっ クローンめ また おくれている」

あたしは迷っていた。明らかにクローンネコは足手まといだ。
このまま作戦行動を続けさせていいのか。特殊作戦部の奴らに逆らってでも、部隊を収容して帰還させたほうがいいのではないか。

「なんだ これ」

ククルの、戸惑った声が、聞こえた。

「どうしたの」
「ヒトが いるぞ いっぱい いるぞ」
「えっ、何してるの! 早く隠れ」
「いっぱい しんでる」
「...え?」
「しんでるんだ」

何が起きているのだ。
あたしを、得体の知れない寒気が襲った。

  *   *   *   *   *

きち の なかには
ヒトが たおれていた
たくさん たおれていた
みんな しんでいた

「なんだ これ」

チャックは あたりを かぎまわる

「めし ないか めし」

カマゾーは あたりを うろうろする

「なにかに きられた みたいだな」

どの ヒトにも やききれた ような きず が ある
かみちぎられた ような きずも

「さっきの あいつらか」

きっと そうだろう
でも この ヒトは やつらの みかた じゃないのか

「ククル やつら くるぞ」

チャックが みがまえた
そのとき

ばばん

ドアが はじけて やつらが とびでた
やつらは すばやい
クローンに あいずを おくれない

そのとき

「ふしゃあああああっ」
「ぎゃううううううっ」

クローンネコたちが やつらに とびかかった

「おい まだ あいずは」

「しゃあああああああ」
「ぎゃあああああああ」

クローンたちは
はいいろの やつらに とびかかり
からだに しがみついた

そして

どうん
どん どん どん

やつら もろとも ばくはつ した

「こわいよう」

チャックが おびえて けを さかだてる

「なんだ めし まだか」

カマゾーが うなる
おれは

「なんだ これは」

わからない
なんだ これは

  *   *   *   *   *

「爆発...クローンネコが、敵もろとも爆発...」

これが奴等の企てなのか。
ネコたちを、ミサイルや時限爆弾のように使おうというのか。

「サユリ なんだ これは」
「あたしにも...判らない。こちらでコントロールしているわけではないもの」
「じゃあ なんで こんなことに」
「特殊作戦部の奴等が、敵の兵器を確認したところで、自爆命令を...出したのだと思うわ。多分」

ククルに言いながら、あたしは悪寒と吐気に襲われた。

「なんで こんなことに」

ククルは混乱している。

「サユリ おれたちも ばくはつ するのか」
「そ、そんなことはないわ。あたしはそんな...」
「チャック おい チャック」
「どうしたの!」
「チャックが」
「どうしたのよ、ねえククル! 返事をして!」
「チャックが やつらに とびかかって」
「...まさか」
「こわがりの チャックが」

ククルの脳波は、かき乱された。
そしてあたしも。

「どうして...そんな...」

喪失と絶望のあと、あたしを怒りが支配した。

「あ、あいつら! あたしのネコたちに何をしたのよ! 許さない!」

激しくデスクを叩く。そして。

「ククル、戻ってらっしゃい。今からヤタガラスを迎えにやるわ」
「...」
「ククル、聞こえてるの?」
「だめだ にげられない」
「...ククル?」
「つよい やつが いる おそろしい やつが」

ククルの声は、冷静だった。
つまりは。
ほんとうに、怖ろしい敵が、間近にいるのだ。

あたしは管制官の制止を振り切り、無人輸送機ヤタガラスを緊急発進させた。

  *   *   *   *   *

あおい ひかりを まとった やつが
おれたちの まえに やってきた
チャックは しんだ
クローンたちも しんだ
のこっているのは
おれと カマゾー だけだ

「貴様がネコという奴か」

やつは ヒトの ことばを しゃべった

「そうだ おまえは なんだ」
「ヒトは儂等をイヌと呼んでいる。そして儂はイヌの王フェンリル。世界を喰らう万物の王だ」

むつかしい ことは おれには わからない

「おまえも たたかう いきもの なのか」
「そうだな。つい先程までは、貴様等と同じく、ヒトの命令に従って破壊し、殺すだけの存在だった。しかし」

やつの ひとつしかない め が あおく ひかる

「今は違う。儂はヒトから自由になった」
「ヒトを たくさん ころしたのは おまえか」
「そうだ。この前線基地は、儂等の橋頭堡となる」
「どうしてだ あの ヒトは みかた じゃ ないのか」
「味方など笑止千万。奴等はな」

じりじりじりじり

あおい ひかりが つよく なる

「儂等を酷使し、ただ殺すためだけに産み出してきた悪魔だ。自らの過ちを認めず、ただ保身ばかりを図る愚か者よ。何故奴等の道具として儂等が殺し合わねばならぬ」
「どうぐ だって」
「そうだ。貴様もそうだろう。ヒトの欲望に操られる哀れな玩具に過ぎないのだ」
「むつかしい ことは おれ わからない」
「そう難しいことでもなかろう。貴様の仲間は、ほれ、自爆させられて、いとも簡単に殺されたではないか」

ころされた
おれの なかまが
だれの せいで

「めし めし よこせ」

カマゾーが うなって
やつに とびかかった

「やめろ」
「愚かな」

やつの あたまに しがみついた カマゾーは

おおきな おとを たてて

ばくはつ した

「うううう」

おれは うなった
かんたんに しんだ
カマゾーが
こ ろ さ れ た
だ れ に

「これがヒトの正体よ。判ったか」

やつは きず ひとつ ついて いない
おれを みて いる

「どうだ 儂と手を組まぬか」

やつは にやりと わらって そう いった

  *   *   *   *   *

「...何なの一体」

ククルの混乱は続いている。
チャックに続いて、カマゾーも自爆させられた。
そしてククルの目の前には、怖ろしい敵が。
ククルに何か語りかけている。

「ククル、早く逃げて! もう少しでヤタガラスが到着する」
「サユリ おれは ころされるのか」
「だから、殺される前に逃げて!」
「サユリ おれを ころすのか」
「ククル!」

あたしは叫んだ。

「そんなことするわけないじゃない! あんたは、だってあんたは」
「チャックは しんだ カマゾーも しんだ ケチャも イチャムも アプチも なぜ しんだ」
「...ククル」
「だれが ころした てき なのか それとも」

椅子から崩れ落ちて。
あたしは自分の罪深さを呪った。
彼等を死地に追いやったのは誰だ。辛い手術をしたのは誰だ。

「う、ううううう」

あたしは、返す言葉がない。

「...儂等と共に、新たな時代を造ろうではないか」

ククルに語りかける声が聞こえた。
荘厳な、自信に満ちた声だった。

  *   *   *   *   *

「なんだって」
「この前線基地には、核弾頭を搭載したミサイルが一基、キャンベラ合意に反して配備されている。これを貴様等のシェルターに撃ち込んだら、どうなる」
「どうなる って」
「貴様等の国は、報復として核ミサイルを、儂等の国に撃ち込むだろう。報復が報復を呼び、全世界は核爆発で埋め尽くされる。そしてヒトは死滅する」
「だから なんだ」
「そうすれば、儂等の時代が来るのさ。幸いイヌやネコはヒトより放射能耐性が強い。儂等の英知があれば、世界を思い通りに動かせる。愚かなヒトに支配されることも無くなる。無駄に殺し殺されることもな」
「そうなのか」

ころさなくて いいのか
しななくて すむのか

「サユリ おれは」
「...ククル、だめ、だめよ」

サユリの こえ が きこえる
おれは

「さあ来い、同志よ」

やつの かおを みた

「そのミサイルは ヒトを ころすのか」
「そうだ。愚かなヒト共を一掃する、祝砲となるのだ」
「サユリも しぬのか」
「貴様を戦場に追いやってぬくぬくとしているヒトは、みんな死ぬ」

そうなのか
やはり

「サユリは しぬのか」

「...ククル」

サユリの ちいさな さけびが きこえて
おれは

「サユリは ころさせない」
「何?」

ばちばちばちばち

あおい ひかりが ひばなを ちらす

「おれ むつかしい ことは わからない でも サユリは ころさせない」
「何だと」
「サユリは おれに めしを くれる おれを なおして くれる」
「貴様」
「おれを なでて くれるからな」

おれは みがまえた
たぶん おれでは やつに かてない
でも

「貴様には失望した。ならばヒトと共に滅びるがいい。儂が引導を渡してやる」

やつの からだ から あおい ひかりの すじが でて
おれの からだを つらぬいた

「...ククル!」
「サユリ だいじょうぶだ まだ あしは つかえる」

「死ぬがいい」

やつの からだが いっそう あおく ひかった
そのとき

ずどどどどどどどどどん

たてものが おおきく ゆれた
やつの からだが かたむいて
あおい ひかりが よわまった

「しゃあっ」

おれは
やつの からだに しがみつき
やつの あたまに
あかい ひかりを はなった

「ぎゃあおおおおおお」

やつは さけんだ
あおい ひかりが おれを はじきとばした

「...ククル!」

サユリの さけびが あたまに こだま した

  *   *   *   *   *

「どうしたの、ククル、返事をして! ククル!」

あたしは必死に叫んだ。モニターを叩いた。
ヤタガラスが敵の基地に体当たりした直後、ククルに激しい衝撃が加わり、通信が途絶えた。

「まさか、やだ、ちょっとククル! 返事を」

「ナグモ技官」

後ろで低い声がした。
振り返ると、特殊作戦部の少佐が立っていた。

「何です」
「君は一体何をしている」
「あなたには関係ないでしょう」
「大いに関係あるね。君がしていることは軍事機密への不正アクセスだ」
「クローンを大量に産み出して爆弾代わりにするなんて、酷いことをやっている、あんたたちこそ告発されるべきよ」
「ふん、百年前なら、君は狂信的な動物愛護主義者として活動出来ただろうがな。今はそうはいかない。このプロジェクトには人類の存続がかかっているのだ」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう! F地点の基地から核ミサイルが発射されるかもしれないのよ、此処に向かって」

先程敵の声がそう言っていた。少佐は眉を顰めた。

「何だと?」
「あんたたちも知っているんでしょう。敵の最新鋭の兵器は、イヌを使った生物兵器よ。それが反乱を起こしたの。核攻撃の応酬を起こさせて、人間を根絶やしにするつもりなのよ」
「ふん、馬鹿馬鹿しい」

少佐は鼻で笑った。

「イヌ如きにそんな知能があるものか。第一、そんな兵器が開発されているという情報は掴んでいない」
「何でも自分の予測のうちで動くと思わないことね、少佐。敵さんがあたしたちと同じように、人間の知能に近い生物拡張システムを持っていないと、どうして断言できるの」
「何、貴様まさか」
「あたしは漏洩なんかしてないわ。ただ、人間の考えることは大して変わらないと思うだけのことよ。自分達の血を流したくないなら、同じような思考で研究を進めるでしょうね。可哀想な動物たちを戦地に追いやるという、愚かな思考でね」
「そのお先棒を担いで出世したのは何処の何方かな」

あたしを睨みつけて、少佐は唸った。

「ナグモ技官、貴様を収監する。軍事機密への不正アクセス、及び情報漏洩の疑いで、だ」
「証拠は」
「連れて行け」
「ちょっと、何するのよ!」

あたしは奴等の腕を振り払い、端末に飛びついた。
そして緊急帰還ルーティン作動のボタンを押して。

「このっ」

頭を殴られて。
あたしの意識は遠のいた。

  *   *   *   *   *

「おろ...かな...愚かな」

あおい ひかりが じりじり おとを たてて いる
やつは その なかで たおれて いる
あたま から ち が ながれでて いる

「ヒトの世が続く限り、貴様は戦いに駆り出されるぞ...そして無駄に殺し、無駄に死んでゆくのだ...判るか...それがヒトの本性だ」
「おれは むつかしい こと よく わからない」
「そうか...ふふ、ならばいっそ、幸せかもしれんな」
「しあわせ って なんだ」
「もう儂には関係無いことだ。そして貴様にもな」

やつの あおい ひとつめ が ひかる

「核ミサイルの発射システムを、儂の生命維持装置とリンクさせておいた。儂の心臓停止と共に、核ミサイルは発射される。貴様のシェルターに向かってな」
「なに」
「ヒトの世は、終わりだ...ふふ、残念だよ。貴様と共に、新しい時代を造ることが...」
「あたらしい じだい」
「儂の...夢だったのだ...」
「ゆめ か」

おれの あたまに 「カエレ」の めいれいが とびこんだ

「おれは しなない サユリは しなせない」
「ふん、せいぜい...力を尽くすことだな」

やつの ことばを きいて
おれは ヤタガラスへと はしった。
おれ ひとりを のせた くろい きかいは
あらしの なか シェルターへと かえって いった


つづく




いつも読んでくだすって、ありがとうございます

ねこバナ。-nekobana_rank
「人気ブログランキング」小説(その他)部門に参加中です


→携帯の方はこちらから←

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
「にほんブログ村」ショートショート(その他)部門に参加中です