9月30日、社会保障審議会介護給付費分科会調査実施委員会(委員長=田中滋・慶大教授)に「2011年介護事業経営実態調査」の結果(速報値)が示された。改定の基礎資料が明らかになったことを受け、2012年度の介護報酬改定をめぐる議論は、一気に具体性と熱を帯び始めている。ただ、介護関係者の間からは、調査結果や方法について「あまりにも現場の実情から乖離している」と批判する声も上がっている。

 今回の調査では、サービスごとの収支差率や、収入に対する給与費の比率などが示された。


 収入に対する給与費率が80%を超えた居宅介護支援と訪問看護では、いずれも収支差率は比較的低い値となった。このうち、収支差率がマイナスとなった居宅介護支援については、「ケアマネジャーの数が過剰で、1人当たりの担当件数が少な過ぎることが事業所の経営を圧迫している」との見解を示した介護給付費分科会の委員もいるが、現場からは、過当競争が収支を悪化させているという考え方そのものを問題視する声が上がった。一方、訪問看護の関係者からは、今回の調査結果を歓迎する声が聞かれた。

石田英一郎氏(アシストケアプランセンター昭島・介護支援専門員、あきしま地域福祉ネットワーク役員)
 居宅介護支援事業所の収支差率がマイナスになっている介護実調の結果について、介護給付費分科会の委員からは「1人当たり担当件数が30件を超えれば黒字になる」との指摘があった。確かに現場の感覚からすれば、30件で黒字になるというのは間違っていないだろう。しかし、そのように「利用者数さえ多ければ、収支差率が改善する」などという過当競争を理由にした議論は、他のサービスでは行われていない。居宅介護支援だけ35件の標準担当件数があることが、都合の良い基準として使われているように思われる。そうした基準は他のサービスにはなく、不公平ではなかろうか。
 一方で、今回の結果だけを見て単純に居宅介護支援費の引き上げを求めるべきではないとも思う。まずは介護支援専門員が、自分たちに何が出来るのか、質の高いサービスを提供するにはどうすれば良いかを具体的に提案し、それを社会に理解してもらえた時点で初めて、報酬の引き上げが実現されると思われる。

秋山正子氏(白十字訪問看護ステーション 統括所長)
 収支差率の2.3%という結果は、訪問看護事業所の経営の苦しさを反映した数字だ。実際、訪問看護だけでは経営できず、研修事業を受け入れるなどの工夫をしている事業所も決して珍しくはない。また、80%という高い人件費率も「人材がすべて」である訪問看護事業所の実情を物語っている。総じて妥当な調査結果だと思う。この数字は、介護報酬改定のための議論に用いるだけでなく、他のいろいろな場面で、訪問看護の在り方について考える基礎資料として活用してほしい。
 こうした実情を鑑みれば、訪問看護事業所に対する介護報酬については、アップすべきと思う。さらにいえば、国は報酬以外のインセンティブも検討してほしい。医師不足が深刻な地域では、訪問看護事業所が大きな役割を果たしている場合も多い。こうした公益性の高さを思えば、たとえば、訪問看護事業所に対する税制面での優遇なども検討すべきではないか。

■「大雑把すぎる調査」との批判の声も

 9%以上の高い収支差率が出たサービスの現場からは、調査結果や調査手法を強く批判する声が上がった。

菅谷俊彦氏(ケアサービス事業企画部事業管理グループマネージャー)
 介護事業経営実態調査の結果によると、通所介護の収支差率は11.6%の黒字だったが、この結果だけを見て報酬単価を引き下げるべきではない。通所介護はこれまで、加算の廃止や地域区分の人件費比率の引き下げなどで報酬が下がってきた。そのような状況下で各事業者は集客向上の取り組みを行い、収益性向上を目指している。こうした努力の結果が今回の高い収支差率に表れたと見ることはできないだろうか。また、一口に通所介護と言っても、リハビリ特化型や重度者特化型などいろいろな種類がある。一概に決められるのはいかがなものか。こうした現状をしっかりと踏まえた報酬単価を設定すべきだ。
 そもそも、このあいだ介護職員処遇改善交付金の支給が行われるようになったにもかかわらず、各サービスで給与費が上がっていないのはおかしい。正当に給与費を上げている事業者も多いはず。介護事業者として存続するためには、利用者へのサービスの向上、従業員の処遇改善につなげるためにも、一定の利益を確保する必要がある。

橋本武也氏(特別養護老人ホーム「同和園」園長)
 今回の介護経営実態調査は、残念ながら大雑把に過ぎる。まず挙げられる問題は、全国6000の特養のうち、一割程度からしかデータを集めていない点だ。この程度のサンプル量では、とても経営実態を反映できないだろう。また、措置の時代からある特養と、近年設置された特養を同様に扱うことにも疑問を感じる。かつては施設を建設する際、その費用の75%は補助金で賄えたが、2003年以降、補助率は25%まで下がっている。それを思えば、少なくとも03年以前に建てられた多床室の特養と、同年以降に設置された新型特養は、全く別物として調査をすべきではないか。さらには、今回の調査では地域差の視点も欠けている。まとめるなら、今回示された速報値は、サンプルが少ない上、地域格差も、設立年数に伴う経営実態も、十分に配慮せずにはじき出されたものだ。そんな数字を基礎として議論を重ねたところで、本当に意味のある介護報酬改定が実現できるだろうか。(CBニュース)