Soulな雑文 
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9と3の11/2001と2011

その日は都内のスタジオで仕事をしていた。
連続して作業をしていたプロジェクト、レコーディング3日目の午後。
その日のセッションに参加するミュージシャン達が楽器を携えて集まり出していた頃、揺れた。

経験した事のない程の大きな揺れ。
間断なく襲う余震。
TVニュースも未確認な情報を流すのみ。
でも心の中のざわめきは広がるばかりだ。
『想像がつかない程のことが起こっている』

不安な気持ちのままセッションを続け、翌日以降のスケジュールも未定のまま、とりあえずはその日の作業を終えたのは深夜。
「帰宅困難者」に溢れた都内では当然のことながら帰宅する術もなく、妻が機転を利かせて押さえたウィークリーマンションにやっとのことで辿り着き、お互いの無事に安堵したあの夜。

そして夜が明け、あの日々が始まった。

原発事故。
計画停電。
復興支援。
自粛。
…。
…。

非日常が日常となり、「すべきこと」「できること」を探すことに躍起となり、誰もが被害者であり、そして誰もが助け合おうとしていたあの日々。
息苦しいほどの重い雰囲気と目紛しいほどの喧噪の中で、とにかく冷静でいようとしていた。
とにかくいつもの「日常」を過ごそうとしていた。
誰かを責めるのではなく、または誰かに同情を寄せるのではなく、その誰かは「自分であったかも知れない」ということを考えようとしていた。

あの日々は今でも続いている。
まだまだ続いていく。


先週末、映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観た。
涙が止まらないほど心が震える映画だった。
悲しみを乗り越えようとした少年とそれを心から応援し助けた母親と、何よりもそんな家族を育んだ亡き父親の姿に感動をした。

そして思い出す2001年のあの日々。
(あの秋のマンハッタンで感じたことを記した5年前の日記を転載/再掲載→「追悼、そして晴れぬ想い」

僕はNY市民でもないし、イスラム教徒でもない。
あの日たまたまあの場所にいただけだ。
そしてあの非日常の中で“立ち尽くして”いただけだ。

ただ呆然と立ち尽くしていながらも、無意識に「正しさ」を探そうとしていたあの日々。
感情に流されまいとしていたあの日々は、一年前から続くこの日々にも繋がっている。


2001年と2011年。
9月と3月の11日。

決して忘れることのない日。
そしてそこに連なる日々。
思いを馳せる毎にいつも自問しよう。
「正しさ」は見つかったかと。

トム・ハンクス扮する亡き父親が主人公の少年に残したもの。
それにより、少年は悲しみを乗り越える方法を自分で考え、実行出来たのだ。

「正しい何か」を残せているか。
このことも自問しなくてはいけない。




























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