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2009年08月30日(日)

ハリポタ

テーマ:メモランダム

最近の我が家の寝室には「ハリー・ポッター」の本が散乱している。

小学生の娘がなぜか嵌り出したらしい。 ブックオフで105円で買ってきては読み漁っている。

だが、105円で売ってたのも3巻までらしく、4巻以降は上下巻セットでビニールに入れられた真新しい本が並んでいる。セット価格は定価で3800円程なので、ブックオフではその半額の1900円程度だ。先日、それを買わされた。 4巻以降は、どうやら、バラ売り105円のものは出回っていない・・・?


今後、5、6、7巻と続くのだが、どれも上下巻セットのようだ・・・。

本はオヤジにねだれば買ってくれそうだと知恵の付いた彼女は、続巻についても私をアテにしているようだ。

(私自身が無秩序に本を購入しているものだから、ねだられた場合、むげに断ることができない・・・。 娘に握られている私の最大の弱みだ・・・。)



       


4巻の上下セットを読み終わるのもソロソロのようだ。

9月は私自身が購入したい本が目白押しなのに、この上、ハリポタ本3巻まで・・・。


追い打ちをかけるように、昨晩からカミさんまで読み始めたらしい。

こりゃ、5,6,7巻分の出費は本気で覚悟せにゃならんな・・・。




     


     

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2009年08月29日(土)

『博物誌』

テーマ:なんでも読んでみよう

『博物誌』  ジュール・ルナール/著、 岸田国士/訳、 新潮文庫(昭和29年)

100年以上も前のフランスの片田舎(たぶん?)。

おそらくは作者であろう男が観察するのは、蜘蛛やトンボやコオロギなどの昆虫。 兎やネズミやトカゲなどの小動物。 ニワトリ、アヒル、ガチョウ、ツバメ、ひばり、カラスなどの鳥。 馬、牛、ヤギ、羊、ブタなどの家畜。 森や里で見かけるリス、猿、鹿など・・・。 およそ70種の動植物について綴った文章を集めたもの。


「観察」といっても、科学者の眼によるものではない。

擬人化してみたり、時には動物や昆虫に言葉を喋らせてみたりしながら、作者の思い付くままを文章にした感じ。

詩なのか? エッセイなのか? 変わった内容だ。 


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2009年08月28日(金)

『歴史は「べき乗則」で動く』

テーマ:自然科学とか

『歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』  マーク・ブキャナン/著、 水谷淳/訳、  ハヤカワ文庫 NF 358 〈数理を愉しむ〉シリーズ(2009)

複雑系科学関連書。


例えば、岩石の硬さ。 マイナスの硬さとか、マイナスの強度とかって存在しない。

例えば、体重とか身長。 こういったものにもマイナスの値ってありえない。

正(プラス)の値しか取りえないもの、非負の現象、そういったものの度数(頻度)は大抵の場合、対数正規分布で近似できる。 我々エンジニ屋には、こういった感覚が身に付いている(と思う・・・)。


地震の大きさ、エネルギー量を示すマグニチュード。マグニチュードが1大きくなるとエネルギーは約30倍、マグニチュードが2大きくなると30×30で、約1000倍となる。このマグニチュードには上限がある。およそ9.5程度がその値といわれている。

マグニチュード20なんてのは存在しない。そんなにエネルギーが大きかったら地球自体が吹っ飛んで、跡形もなくなってる・・・。 オット、脇道に逸れた・・・。 

マグニチュード(M)が6の地震は、M=7の地震の10倍程度も頻繁に起こる。 日本近辺ではM7程度の地震は結構起こる。 陸地では兵庫県南部地震とか新潟県中越地震とか。 海溝型(プレート間、プレート内)の地震ではM7程度の地震は年がら年中だ。だが、M8クラスの地震となると滅多に起こらない。 M7クラスの地震のおよそ1/10程度くらいでしか。


M7クラスの地震が起こる回数は、M6クラスの地震が起こる回数の約1/10。

M8クラスの地震が起こる回数は、M6クラスの地震が起こる回数の約1/100。

 ↑ このような対数(指数)的な関係性が認められる。 これが、べき乗則。


・・・ってことで、べき乗則に従う現象として、本書で最も頻繁に取り上げられているのが <<地震>> について。

他にも、山火事の大きさと発生回数の関係だとか、生物の絶滅規模とその回数だとか、・・・、etc・・・


地震ってのは、地盤とか岩盤の内部にひずみが溜まって、それが一気に開放されたときに起こる。

 (何故、岩盤内にひずみが溜まるのかは、簡単に言うと、大陸や海洋を構成している複数のプレートが

  押し合っているからな訳で・・・)

地震発生のメカニズムはかなり判ってきているのだが、それがいつ起こるのか、どの程度の大きさなのか、は未だに良く判っていない・・・。 岩盤内のひずみの開放という、同じ切っ掛けで起こる地震が、何故?規模の違いが生じるのか? なんてことは、特段解りづらい。

この良く判っていないことが、最近の新しい物理学の研究分野が発展すると判るようになるかもしれない?


「べき乗則」に支配される現象というのは、ノン・スケールだということ。 小さな現象(地震)も大きな現象(地震)も同じように生じ得る。現象の規模が大きくなるのか、小さいままなのか?

その分かれ目は、“臨界状態”にある・・・・。 ここから、本書は、「自己組織的臨界」、「ネットワーク科学」へと繋がって行く。


カオスや複雑系科学が対象とするのは、大抵の場合、自然現象に関わることである。精々が経済・金融分野に関わることだった。こうした分野は、膨大な数値データがあるので、一種の自然現象とも云える(?)。


だが、本書のクライマックスでは、人類の歴史までもが物理学によって表せる可能性について、著者の野心的な考えが述べられている。 本書の一番の特徴がここにある。

著者ブキャナンは、「歴史物理学」という言葉を使って、とんでもないことに触れている。 チョイとオモシレェ。


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2009年08月22日(土)

『コーパスへの道』

テーマ:ミステリーとか
CORONADO : Stories (2006)
現代短篇の名手たち1 『コーパスへの道』  デニス・ルヘイン/著、加賀山卓朗・他/訳、ハヤカワ・ミステリ文庫(2009)

ハヤカワ・ミステリ文庫の「現代短篇の名手たち」と銘打ったシリーズの第1弾は デニス・ルヘイン。

先に、第2弾の方=イアン・ランキンの『貧者の晩餐会』 を読んじゃった。

このシリーズ、全10巻となる予定らしい。 



で、本書、6篇の短編と1篇の戯曲で構成されてる。


■ 「犬を撃つ」

 町長から、街にあふれた野良犬の射殺を依頼された元ベトナム兵のエルジンとその幼馴染ブルー。

 過剰なまでに犬を殺し続けるブルーの変貌と、それに対するエルジンの想いと行動を描いたノワール。


■ 「ICU」

 当局から追われ続ける男が逃げ込んだのは病院のICU。

 ICU前の待合室で患者の家族の装いをしている限り、誰も彼の存在をとがめようとしない。

 男は、幾つかの病院のICU待合室を持ち回りで隠れ場所とし、当局の捜索から逃れ続ける。

 いつか当局が彼への興味を失くしてくれるまで・・・。


■ 「コーパスへの道」

 ハイスクール最後のフットボールの試合に負けたのは奴のせいだ。

 腹いせに奴の家に乗り込んで屋内をメチャクチャに荒しまわる少年たちの前に現れた奴の妹。

 その妹は少年たちに合流し、別の屋敷を荒しに行こうと誘う。

 少女と出合った少年の破壊衝動が別のものに変化していく・・・。


■ 「マッシュルーム」

 海に向かう車中。2人の男と1人の女。バイオレンスの連鎖によってその中の一人の男が殺される。

 残った1組の男女を包む虚無感。。。


■ 「グウェンに会うまで」

 盗み・詐欺のプロである父親に育てられたボビーは、母親の顔など知らない。死んだと伝えられている。

 学校にも行ったことはない。出生を証明するものすら無い。

 ボビーが刑務所を出所したとき、そこに待ち受けていたのは彼の父親だった。

 父親には、どうしても欲しいものがあった。

 そもそも、ボビーが刑務所に入ることになったのは、ガールフレンドであるグウェンと共にダイヤモンドを

 盗み出した際に、追われ、頭に銃弾を受けたからだった・・・。

 生き残ったボビーが収監された後、グウェンは姿を消したと父親は言う。ダイヤモンドも見つかっていない。

 グウェンとダイヤモンドの行方は? いつしかボビーと父親が行き着いたのはカーニバル広場・・・。


■ 「コロナド 二幕劇」

 第一幕。

  バーのブース席。ジーナとウィルのカップルの会話。

  別のブース席。精神科医と若い女の患者の会話。

  別のブース席。ボビーとボビーの父親の会話。父親はボビーに記憶は戻ったのか尋ねている・・・。

 第二幕。

  カーニバル広場。グウェンとボビーの会話。

  カーニバル広場。精神科医と患者の会話。

  屋外。ジーナとウィルとハルの会話。

  カーニバル広場。ボビーとボビーの父親の会話・・・。クライマックス。

 ラストシーン。

  バーのブース席。ボビーとジーナの会話。すべての謎が明らかとなる。。。


■ 「失われしものの名」

 夜中過ぎ、酔ってバーを出たアラナを探しに街をさまようレイが出会った不治の感染症の男との会話。

 不条理小説?



全体的には、マーマー。

しかし、5作目と6作目は良かった! 特に、「コロナド 二幕劇」という戯曲。 5篇目の 「グウェンに会うまで」 という短編が元ネタで、それを演劇用台本にアレンジしている。

元ネタの「グウェンに会うまで」を読み終わった時に、コリャ、スゲー! と喜んでいたら、それを膨らませた内容の戯曲の方は更にスゴイときたもんだ! この作品は超傑作。この間読んだ 『リンカーン弁護士』 に比肩する面白さだった。 5作目と6作目だけでもお薦めです。


本書の邦訳タイトルは「コーパスへの道」とされているが、この7篇中の代表作は原題どおり「コロナド」の方だと思うけどね。。。


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2009年08月20日(木)

横浜での学会

テーマ:メモランダム

昨日、今日と、さる学会の全国大会が開かれている横浜・金沢八景に行ってきた。

今回は論文を出していないのだが、その学会では、ある雑用係りをしているために参加する必要があった。


片道およそ2時間掛けて電車で通ったわけで、二日間で8時間ほどの読書時間があったわけだが、往路は早朝で眠くて、帰りは疲れていて眠くて、全然本が読めなかった。


こういう中途半端な距離の出張・外出は本を読むには向いてない。かえって長距離の出張の方が、新幹線や飛行機を使うことになり、座席もゆったりしていて疲れも少ない。読書するには長距離出張の方がイイかも。


来月初旬は、博多での学会に出席する(コチラの学会では発表する)。

博多ほどの長距離出張なら、座席もゆったりしていて、さぞや読書も進むんだろうな!? 泊まりだし・・・。



学会が終わった後は、きっと、学会出席者仲間で博多の夜に繰り出すことになる・・・。これまた楽しみ。

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2009年08月18日(火)

『凍った地球』

テーマ:自然科学とか

『凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語』   田近 英一/著、 新潮選書(2009)


この本も結構ながらく積まれていたナ。 今年の3月に購入していたらしい(レシートが挟まっていたので判った)。


過去に、地球の表面全体が氷で覆われたことがある(かも)って知ってます!?

全球凍結とかスノーボールアースとかって云われる大気候変動が過去に起こったことがあるって・・・


現在の地球でも、南極大陸はほとんどが氷で覆われているし、北極圏のグリーンランドとか、ヒマラヤやアルプスなどの高い山岳地帯も一年を通して氷で覆われている。

こうした、年間を通して融けることのない氷床が存在する場合、大きな(超長期の)視点で見た気候区分では 「氷河時代」 に区分される。もう少し正確に言うと、氷河時代の中の間氷期にあたっている。現在の地球は氷河時代なんだ。


でも、本書の主題となっているスノーボールアースという状態は、大陸に氷床(氷河)があるだけでなく、海洋も全て1000mもの厚さの氷で覆われたというのである。

いつの時代に? なぜそんな状態になったのか? そのとき生物はどうなったのか? 今後もそんな状態になることがあるのか? 

↑ このようなことに興味のある方は読んでみてはどうでしょう。 簡単に、判りやすく書かれてる。


こういう内容の本を読むと、日常の自分を取り巻いているセセコマシイ時間の尺度や、世の中の慌ただしい動きなどについて、少し冷静に見られるようになってイイんだよな。 時には自分のやっている事がアホらしく見えることも必要なんだよね。




類書を4年以上前にも読んでます ネ。




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2009年08月17日(月)

『ウェブはバカと暇人のもの』

テーマ:なんでも読んでみよう

『ウェブはバカと暇人のもの』  中川淳一郎/著、 光文社新書(2009)

立ち読み。 あっ、という間に読める。

かつて、「情報革命」とか云われていた状態・・・、「WEBによる革新」とか云われていた世界・・・、そんなものも、猫も杓子もネット世界に関わるようになると、いろんな状況が出てくるってことなんでしょうね。

ネットの世界も、一部のデキル人間達だけが関わる世界じゃなくなったってだけのコトだ。


どの世界でも、どの時代でも、ごく一部の優秀な人間による正(プラス)の変化と、ごく一部のどうしようもない人間による負(マイナス)の変化と、ほとんどのその他一般の人間による停留・傍観の状態が生じる。それが普通の状態。世の常。

あたりまえっちゃァ、当たり前のことが書かれてます。


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2009年08月15日(土)

『貧者の晩餐会』

テーマ:ミステリーとか
BEGGARS BANQUET (2002)
現代短篇の名手たち2 『貧者の晩餐会』  イアン・ランキン/著、 延原泰子・他/訳、ハヤカワ・ミステリ文庫(2009)


「現代短篇の名手たち」 という企画の作品集が早川書房から出版され始めた。

そのシリーズの第2弾が、このイアン・ランキンの短編集だ。 ちなみに第1弾は、デニス・ルヘインの 『コーパスへの道』 という作品集。 こちらも購入済みなので、近々読んでみようと思っている。

シリーズ刊行の第1弾がルヘインで、第2弾がランキンということは、最近の早川書房のミステリーでは、この二人がエース扱いなのかな?



本作には19の短篇が収められている。 そのうち7篇が “リーバス警部もの“で、その7篇を先に読んでみた。


■ 一人遊び <リーバス警部の物語>

■ 誰かがエディーに会いにきた

■ 深い穴

■ 自然淘汰

■ 音楽との対決 <リーバス警部の物語>

■ 会計の原則

■ 唯一ほんもののコメディアン

■ 動いているハーバート

■ グリマー

■ 恋と賭博

■ 不快なビデオ

■ 聴取者参加番組 <リーバス警部の物語>

■ キャッスル・デンジャラス <リーバス警部の物語>

■ 広い視点

■ イン・ザ・フレイム <リーバス警部の物語>

■ 自白

■ 吊るされた男

■ 機会の窓辺 <リーバス警部の物語>

■ サンタクロースなんていない <リーバス警部のクリスマスの物語>


これまでのリーバス警部シリーズの長篇作品では、移民問題や国際政治などの社会問題を背景としたり、警察組織の論理 vs リーバスの個人倫理 といった、わりとシリアスな題材を扱ってきていて、そんな背景のなかで起こる様々な事件を追うリーバス警部の葛藤を描くものが多い。

だが、この短篇集でリーバスが捜査するのは、大仰な社会的問題からは少し離れた、一般的な個人の極々当たり前の感情から生じる事件ばかりである。そんな小さな事件捜査におけるリーバス警部の機転の利いた事件解決への過程が描かれる。どの作品にもパズル的な要素が含まれていて、さらに、物語のラストはランキン特有のユーモアや皮肉も効いており、どれもニヤリとさせられるものばかりだ。リーバス警部の長篇シリーズを読み続けている人には、いつものリーバスとは違った側面も見られて面白いはず。リーバス・ファンには間違いなくお薦め。リーバス警部シリーズを読んだことのない人には、取っ掛かりとして良いかも。


<リーバス警部の物語>以外の作品も、著者ランキンが持つ人間や社会への皮肉めいた視点の効いた佳作が多くて楽しめる。


巻末の「解説」では、ミステリ研究家の霜月蒼という人が、イアン・ランキンとマイクル・コナリーの類似性について語っている。コナリー・ファンの方にもお薦めできます。




【リーバス警部シリーズ関連記事】

第15作 『獣と肉』

第14作 『血に問えば』

第2作 『影と陰』

第1作 『紐と十字架』

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2009年08月13日(木)

9月は盛りだくさん

テーマ:読みたい・・・(未読本倉庫)

やっと読書禁欲生活も終わり、徐々にではあるが、またいつもの様に本を読むようになってきた・・・。


新刊案内などの情報からも身を遠ざけていたが、今日、久しぶりに「文庫発売一覧」 を覗いてみた・・・。


9月は、読みたいのがドッサリ出版されますナ。



『クライム・マシーン』  ジャック・リッチー,河出文庫
『グレート・ギャッツビー』  フィッツジェラルド, 光文社古典新訳文庫
『闇の奥』  コンラッド, 光文社古典新訳文庫
『種の起源(上)』  ダーウィン, 光文社古典新訳文庫
『考古学と古代史のあいだ』  白石太一郎, ちくま学芸文庫
『ハメット』  ジョー・ゴアズ, ハヤカワ・ミステリ文庫
『越境』  コーマック・マッカーシー, ハヤカワepi文庫
『青に候』  志水辰夫, 新潮文庫

この中でも特に、『種の起源』 と 『越境』 は楽しみですな。 v(^-^)v

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2009年08月12日(水)

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』  村上 春樹・吉本由美・都筑響一/著、文春文庫(2008)



だいぶ前にブックオフで105円で購入して、積んであった本書。


村上、吉野、都筑の3人がつるんで出掛けた場所について、勝手気ままに書いたお気楽トラベル・エッセイ。


まったく意味のない本。

意味がないからといって、別に悪い本じゃない。いい本でもないけど。エッセイってのはそもそも良し悪しや意味なんかある内容じゃないし。。。暇潰しに読めばいい。トイレに入った時や電車の待ち時間とかに。



さて、このテの旅エッセイ・ガイド本を読んで、よく勘違いしちゃうのが、“面白そうだから行ってみよう!”っていう感情。

大抵の人が経験アルだろうと思うが、実際行ってみたら大して面白くないし、思っていたよりも見るべき所は多くもない・・・、本読んだ時はあんなに面白そうに思えたのに・・・?? なんてコトがほとんどだろう!?


・・・そりゃ、ソウなんだよな。

商業ベースにのってるようなトラベルガイド、旅エッセイってのは、大抵の場合、実際以上に面白おかしく書かれているもんだ。

ましてや本書なんざァ、村上春樹っていう世界でも有数の書き手によるものなんだから・・・・・。


面白いって感じたのは、書かれているもの=書き手の感じ取ったものとか考え方、だってことだよな。

実際の対象とかその土地に対する感じ方ってのは、結局のところ、人それぞれによって違っちゃうはずだから・・・。

こういう旅エッセイってのも、書き手というフィルターを通して表出された「物語」ってことなんだろうナ。結局、読み手にとっては、エッセイもフィクションってことだ。 そういう物語に対して、私たちは面白がってんだろうナ。

しかし、こんな考え方してたら、全ての読み物がフィクションってことになっちまうな・・・。多分ソウなんだろうけど・・・。


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