「銀行前のカフェに今すぐ来てください。来なければ丸和銀行大阪支店を爆破します」



電話を代わると突然わけのわからない爆破予告を受けた。


”鈴木”と電話を出た者に名乗ったようだが確実に偽名だろう。


こんな馬鹿げた電話に付き合うほど暇ではないが、1ヶ月前、絵里子が出刃包丁と共に突然銀行に押し掛けて来たばかりだ。


絵里子も”鈴木”と名乗っていたのをこの電話で思い出した。



銀色に光る出刃包丁、それが偽物ではない事くらい素人目にもわかる。


絵里子の殺気立った表情も単なる脅しではなさそうだ。


因果応報。


この四文字がすぐに頭に浮かんだ。



ここで俺は刺されて死ぬのか。



死を間近に感じた。


だが不思議と恐怖心はなく驚くほどに冷静だった。


元々生きる意味がわからない。


人は生まれた瞬間から死に向かって歩き出すのにどうして愛だ、幸せだ、と大騒ぎするのかわからない。


愛を残して死ねば、残された人間はどうなる?


いつまでも消えない思いを胸に、苦しみながら、悔やみながら、四肢を切断されるかのような痛みを一生抱えなければならない。


愛、幸せ、そんなもの必要ない。


もう二度とそんなものを信じるか。



どうせいつかは死ぬんだ。


ただ、時々思う。


もしも死後の世界が本当にあるのであれば。



クロは俺を迎えに来てくれるだろうか。


にゃあとあの甘えた鳴き声をもう一度聞けるなら死ぬのも悪くないか。


そしてクロは、俺をあの人のところへ連れて行ってくれるだろうか。



もう一度だけ会いたい。


死ねばあなたに会えますか?




「いいよ。刺せよ」



そう絵里子に告げるとがたがたと震える手から出刃包丁が滑り落ちた。


そして力が抜けたようにその場にへたり込むと絵里子は声を上げて泣き出した。



目の前の光景をどこか遠くで眺めているかのように現実味がなかったのを覚えている。



「あんたなんか死ねばいいのに!!」



「じゃあ殺せばいいだろ?」



本気でそう思った。


床に落ちた出刃包丁を拾い上げ絵里子に手渡そうと近寄るとまるで金魚のように口をぱくぱくと動かしながら這うように俺から逃げようとする。



「殺していいよ」



もう一度絵里子にそう言うと「きゃあ」と悲鳴を上げ血相を変えて応接室から飛び出して行った。




あれから1ヵ月、絵里子から何の音沙汰もないがそのうち襲撃に来るのだろうか。



そう思っていた矢先、爆破予告を受けてしまった。




「爆破ですか・・・。それは困りますね。あのもう一度お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」



「笠井美樹と申します」



「美樹ちゃん・・・?」


絵里子の次は美樹か。


今度は出刃包丁ではなく、爆破らしい。


さすがにこれは死ぬな。



思わず笑ってしまった。



続く