HPVワクチンに関する宮川剛氏の言説を批判する(1) | NANAのブログ

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~HPVワクチンの2000人死亡低減を主張する宮川剛氏の言説を斬る~

最近、心理学・神経科学を専門とする大学教授の宮川剛氏がtwitterなどSNS上で、専門外のHPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)について、その有効性を盛んに説くコメントを精力的に投稿しています。HPVワクチン接種を肯定・推進する人たちからは賛同のRTもされています。これに対し、「2000人の子宮頸がん死亡を減らせられる」などと主張する宮川氏の言説には科学的根拠がないと批判するほたかさんのブログ記事がアップされています。

『誤った論理と統計によるHPVワクチンのウソ~宮川剛氏の情報工作を斬る』

『恥の上塗り~御用学者の宮川剛氏からのコメント(HPVワクチンの嘘)』

『宮川剛さんの主張~HPVは潜伏するので、持続感染やCINは子宮頸がん予防の指標として不適切?』

宮川氏の言説に対するほたかさんの批判は的を射たものであり、特に、HPVワクチンの接種によって「2,000人の子宮頸がん死亡を減らせる」と具体的数値を掲げた主張は、実証的根拠に欠けた先に結論ありきの強引な論法であり、多くの点で強い疑義が生じるものだと私は考えます。

宮川氏とほたかさんの間では何度か議論のやり取りが交わされていました。しかし、宮川氏はほたかさんからの一番肝心な問いであった、「2,000人の子宮頸がん死亡」の根拠提示には最後まで答えられませんでした。

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本ブログ記事では、これまでの宮川氏の主張やコメント、私の質問に対する回答を踏まえた上で、私の疑義と異論・反論を記述したいと思います。

まず最初に、宮川氏が主張する「2000人の子宮頸がん死亡低減」という数字について。
その数字は中高年層だけでなく60代から70代、さらに80代に至るまでの高齢層になって発症する子宮頸がんの殆んど全てが、若年期のHPV感染が持続し続けたことに由来していることを前提にしなければ成り立たない数値であることを確認しておきます。

何故ならば、

◆ 第一に、「2,000人の子宮頸がん死亡低減」という数字は、年齢階級別の死亡数統計から、80代に至る高齢層までの子宮頸がん死亡の殆んどを予防しなければ届かない数値であること。

※ 年齢階級別の子宮頸がん死亡数については『がん情報サービス』の以下のリンク先のデータを参照下さい」

子宮頸がん 年齢階級別死亡率(数)(2013年)

◆ 第二に、ワクチンの免疫抗体価の持続期間を、仮に推進派が主張するように、接種から20年程度と長く見積もっても(この20年という推定値にも私は疑義がありますが)、その効果は40歳を過ぎた頃には期待できなくなること。

◆ 第三に、50代から80代高齢層までの子宮頸がんには40代以降のHPV感染に起因しているものが少なくない割合で存在するなら、10代で接種するワクチンの効果が及ばないことになり、2000人という死亡低減は根本から成り立たなくなるからです。

したがって、宮川氏が主張した2000人という数値は、50代~80代女性の子宮頸がん発症の圧倒的多数が10年~40年以上も前の若年期(40歳以前)のHPV感染が消失せず持続したことを前提にしなければ成り立たない数字になるわけです。

しかし、この「前提」について私は大きな疑問があったので、宮川氏に以下のような質問を投げかけました。

【宮川剛氏への私の質問】
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20年の抗体価持続の推定について、その科学的妥当性には様々な面から疑義があると私は考えていますが、それは今回はとりあえず置いておきます。
その上で一点、質問させて下さい。

> 子宮頸がんは感染から10年以上をかけて発症するので、中高年で発症される方々も若い時期の感染が原因になっている可能性が高い、ということもあります。

宮川さんの「2千人の推定」(子宮頸がんの死亡減少数)という数値は、子宮頸がんの累積罹患リスクの統計データを考慮すれば、中高年だけでなく60~70代の高齢者層での子宮頸がん(浸潤がん)の発症も若い時期の感染が原因という前提でなければ出てこない数値ですよね。
つまり、貴方の今までのコメントからは「中高年から70代で発症される方々も若い時期の感染が原因になっている可能性が高い」がより正確な文章になるはずです。
そこで質問となりますが、「可能性が高い」と主張される根拠やデータを示していただけませんか。
また、具体的に発症の何割くらいが若年期のCINに起源していると想定できるのでしょうか?
(具体的な想定をしていなければ「2千人」という言明はできませんよね)

ちなみに、若年期のCIN3の一部が10~30年かけて子宮頸がん(浸潤がん)に進行したという観察報告論文は多数あります(大部分が30年以上前の古い論文で、そのうち何本かは読んでみました)が、だからといってその事が中高年~70代での子宮頸がん発症の多くが若年期のCINに由来しているとは必ずしも言えません。
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上記の質問に対して宮川氏から回答コメントをいただきましたが、それはHPV検査では検出できない 「潜伏感染」という仮説概念を、それも自らの主張に都合がいいように拡大解釈して援用するものでした。

以下に、宮川氏の回答コメントを引用し、それに対する私の疑義や反論を記述します。

【宮川剛氏の回答コメント】
http://togetter.com/li/959517より引用)
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NANAさん、ご質問、有難うございます。 中高年から70代で発症される方々も若い時期の感染が原因になっている可能性が高いと考える理由は何か、というご指摘ですが、これは重要なポイントであるように思います。 まず、子宮頸がんの発症にはHPV感染がほぼ必須であり、HPVの感染は性行動を介するものである、またHPV感染は多くの場合自然消滅すると長らく考えられてきた、という部分は教科書的なコンセンサスとしてよろしいかと思います。

これらのことを考えると、性的な活動が少ない高齢者のHPV感染率や発症率が意外に高いというのは確かに少し不思議なわけです(50歳以降にHPV感染者が少し増加するという統計もある)。

これに対して、2012年にJohn Hopkins大の研究グループから、「高齢者で検出されるHPVは、新しいパートナーとの性行動によるものではなく、若い頃に感染したHPVが検出されない潜伏期を経て顕在化したものである。」という論文が報告されています。
http://cancerres.aacrjournals.org/content/72/23/6183.long
http://jid.oxfordjournals.org/content/207/2/272

HPV感染の多くは短期間のうちに「自然消滅」するとそれまで考えられてきたのですが、HPVの検出テストで検出閾値限界を下回るレベルで何十年も潜伏し、それがおそらく高齢期の免疫力低下などによって顕在化するのだろう、というわけです。「自然消滅」するのではなく、検出限界以下の低いレベルで長い間潜伏していることがかなりあるはずだ、ということですね。

この考え方は、高齢期にHPVが検出される人の中で、過去にHPV感染が検出されていた人のほうが、そうでない人よりも有意に多い、という事実ともよく一致するものです。また、50歳以降にHPV感染者が少し増加するという一見不思議な統計データもありますが、そういう統計データもうまく説明することができます。 そういったことで、若いころの感染を防ぐことができれば、高齢になった後の発症も防ぐことができる可能性が高い、と考えられると思います。
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『宮川氏が引用した論文の概要とその問題点』

宮川氏が引用した論文は、若年女性層に比較して性活動が活発でない中高年層~高齢層で子宮頸がん発症・死亡が少なくないのは、若年期のHPV感染が潜伏しているのではないかという仮説を立てた上で、その仮説の妥当性を中高年層~高齢層のHPV感染リスクを性的パートナー数や性活動頻度などをアンケート調査等によって得て指数化し、それとCINや子宮頸がんの発症との相関を統計解析し、検討したものだと言えます。

論文でHPVに暴露されるリスク評価のための指標とされている「性交渉の頻度」や「パートナー数」などは、女性へのインタビューやアンケート調査によって得られたものです。このような調査手法には小さくないバイアスが介入するという見方は広く受け入れられています。例えば、女性のカロリー摂取動向を食事内容のアンケート調査などに頼る疫学研究ではバイアスが入りやすいことが指摘されており、まして非常にデリケートな性活動に関する調査においてはより重大になると考えられます。また、論文では「パートナー数」だけでしか感染が評価されていませんが、女性にとって固定したパートナーであってもその男性が新たな感染を持ち込むという充分にありえるファクターが殆んど評価、検討されていません。

『引用論文の批判的吟味を放棄し、自説に都合よく拡大解釈する宮川氏の論法』

このような調査を元にして統計解析された論文から、宮川氏のように、「高齢者で検出されるHPVは、新しいパートナーとの性行動によるものではなく、若い頃に感染したHPVが検出されない潜伏期を経て顕在化したものである。」という仮説を科学的真実かのように容易に断定し、HPVワクチンが「高齢になった後の発症も防ぐことができる可能性が高い」とか「子宮頸がん死亡を2000人減らせる(全死亡の8割から9割の死亡低減率)」とまで結論する主張は、実証的な根拠を備えた科学的な言説とはとても言えないものでしょう。

頻度はまれとはいえ重篤な副作用もある医薬品を健常者集団に投与するという観点からみても、“有効性の具体的な数値”を主張するためには科学的検証を慎重に重ねた上での実証的な根拠が要請されます。
HPV感染に関しては、宮川氏が提示した「潜伏感染」やその「長期持続」を含めて、その病理像や自然史についてはまだ未解明なことも多く、それらを科学的にクリアしなければ、予防効果の実証的、具体的数値は出せるものではないと考えます。

> 「高齢者で検出されるHPVは、新しいパートナーとの性行動によるものではなく、若い頃に感染したHPVが検出されない潜伏期を経て顕在化したものである。」という論文が報告されています。

「2000人の死亡低減」という主張は「高齢者に見つかるHPV感染の圧倒的多数は若年期に感染したHPVが長期潜伏期を経て顕在化した」ことを第一の前提にしていますが、論文ではそこまで定量的に断定はされていないはずです。また、民族・人種集団が異なる日本に論文の「結論」をそのままストレートに当てはめることもできないでしょう。
さらに重要な点として、子宮頸がん(浸潤がん)発症および死亡をエンドポイントとして詳しく観察されたものでもありません。
それを考えても、宮川氏の「2000人の死亡低減」は実証的根拠を欠いた「都合のいい希望的推測」としか言えないものです。

> この考え方は、高齢期にHPVが検出される人の中で、過去にHPV感染が検出されていた人のほうが、そうでない人よりも有意に多い、という事実ともよく一致するものです。

HPV感染やCIN発症のリスク要因、条件には何が上げられるでしょうか。第一にHPV暴露の頻度や強度などが上げられますが、当然宿主側の免疫力や生活環境なども上げられます。また、特定のウイルスや細菌感染に対する抵抗力、それを排除する免疫力には個体の遺伝的要因が関与しているという医学的知見もあります。
過去のHPV感染が「潜伏」して高齢期になってHPVが再検出されるという仮説も頭から否定はできませんが、HPV感染歴がある女性はHPVに対する免疫力、抵抗力に影響する遺伝的要因や環境的要因(喫煙習慣、衛生環境、食生活環境など)を元々持っている人の比率が高く、HPV暴露リスクが比較的低い性的環境下になっても、老化によるさらなる免疫力低下などが原因となってHPVの再感染が生じるという見方も充分成り立ちます。宮川氏の主張にはそういった点が排除されており全く考量されていません。

> 50歳以降にHPV感染者が少し増加するという一見不思議な統計データもありますが、そういう統計データもうまく説明することができます。

上述の内容と重なりますが、加齢に伴う免疫力低下による感染リスクの上昇とHPV暴露リスクの低下の両者を、少なくとも定量的に評価しなければ、宮川氏のような一義的な解釈、断定はできないでしょう。

結局、宮川氏の主張は先に結論ありきのそれに沿った論理を強引に積み重ねた、実証的科学的根拠に極めて乏しい言説と言わざるを得ないものです。
「2000人の死亡低減」というミスリードを大きく誘う主張が、それもアカデミズムの世界で教授という職にある人物から発信されたことは、非常に問題だと私は危惧します。

付言すれば、宮川氏のように、女性の生涯生活史において検出できないHPV潜伏感染の長期持続症例の割合が消失・再感染症例に比較して圧倒的だというようなことを断定的に主張し出すと、これまでHPVワクチン推進派が掲げてきた感染や異形成の減少という「エビデンス」も全て根底から問い直されることになります。これはある意味、墓穴を掘ることにもなる重大な主張です。

次回、

HPVワクチンに関する宮川剛氏の言説を斬る(2)
~流産論文に関する宮川剛氏の統計疫学的解釈・解説を斬る~

に続く(予定)...。