夢。 | なかよしこよし

将来の夢。


まだ小学校に入りたてでピカピカの一年生だった僕達、先生に配られたプリント用紙に書かれた「しょうらいのゆめ」という言葉、そして設けられた空欄。

幼い僕達は必死に頭を捻らせ、まだまだ慣れないひらがなを使って皆が思い思いに将来の夢を書き綴る。


「僕野球選手になる!」


「私は花屋さん!」


「じゃあ私はウェブデザイナーになるわ!」


と、幼い僕達がそこに書いた夢はそこに至るまでの過程や道のり、どれだけの時間を費やし努力しなくちゃいけないといった現実的な理由なんて考えもしなかった。

ただそこにあるのはプロ野球選手になって大好きな野球を思う存分プレイしたい、色取り取りのお花に囲まれてお姫様のようなお仕事がしたいといった純粋な夢、打算的な裏付けなんて全く無い真っ白な将来の夢に違いなかった。


それがいつからだろう、あれだけ壮大だった将来の夢は学年が上がるにつれて徐々に現実味を帯び、選択肢も反比例するかのように減っていった。

勿論小学生の低学年からそれほど一貫した将来の夢を持っている子供なんているハズがない、二転三転して当然です。

でもね、例えコロコロと将来の夢が変わったとしても、やっぱり夢を持つというのは大事な事だと僕は考えるのです。


先日の話でした。

先月電気代未納につき鬼のような非情さで電気を止められた僕、実家にて金欠の資金繰りにと売れそうな古本を発掘する為に押入れを漁っておりました所、何やら一番奥に妙に綺麗に梱包された小包を発見。

まぁこれだけなら眼中に留まる事も無かったのですが、まず真っ先に目を引いたのは箱に書いてる文字。


「覗いたら死ぬ」


実家の押入れ漁っててまさかこんなバイオレンスな忠告を受けるとは思ってなかったもんですから流石にビックリ。

しかも間近いなく僕の字、まぁ当然こんな事が書いてたら誰だって開けるってモンです、えぇそりゃ一も二も無く開けてやりましたよ、ビリビリッとね、中から腐乱した死体でも出て来たらどうしようと言い知れぬ不安があったものの開けてやりました。


埃を手で払い箱の中に顔を覗かせるとそこには小中高の卒業文集や、アルバムなんかが綺麗に整頓されて並べられているじゃないですか。

なーんだ死体じゃないのかと肩透かしは喰らったものの、中にはボロボロになったエロビデオ、デジモンのフィギィア、カンパンにいちご味のコンドームといそいそとこの箱に品々を収めた時の僕は間違いなく末期患者、脳にヤバい薬物をガンガン投与したキチガイであったんだろうなと思わずにはいられない衝撃の品々があれよあれよと出てきます。

まぁここに書けない様な代物もデロリと出てきて乙女のような悲鳴を挙げるというハプニングもあったのですが流石にそれは割愛。


それでね、箱の一番上の部分に積み上げられていた卒業文集に手を取ります。

ザッと思い返してみても5年以上は箱の中にしまっていた卒業文集、一緒に見てくれる人間も振り返るような薔薇色の思い出もないので1度も目を通さないまま箱にしまった卒業文集。

僕も23になりますのでそろそろ目を通してもいいよね、もう枕を濡らさなくてもいいんだよねとそっと文集を手に取ります。

当然の話ながらまずは順序というものがありますから、小学1年生からパラパラとページをめくり昔の自分に酔いしれるワケですよ。


「あらあら、大好きな食べ物はお寿司ですって、んまぁもう半年は食べてないわね。」


「クラスのマドンナにバカにされた?おいおい今ならお金を払ってでもお願いしたい、口汚く罵ってほしい」


と1人っきりで過去の思い出にプレイバックで大興奮。

それでペラペラとページを進めると「ぼくたち・わたしたちのしょうらいのゆめ」というコーナーを発見。

出席番号順に並んでるという事で3月生まれの僕は次のページみたいで、小学校の頃の旧友達の顔を思い出しながらズラズラと読み始めるんです。


野球選手と書いた大田君は大阪でタコ焼きを焼いています、トップアスリートと恐ろしくアバウトな夢を描いた井上君は風俗店の呼び込み、歌手と書いた東さんは何やらマジで演歌歌手になっているようで親父がサインを貰って帰って来てました。
皆が皆、描いた夢が現実になるとは限りません、夢を現実に叶えられるのは本当に一握りの人間だけかもしれない。


でも夢を持つというのはそれだけで人を動かす原動力になると僕は思うのです。

今の世の中決して明るいとは言えません、倫理や道徳を説く教師が年端も行かぬ教え子との淫行、企業もイメージアップの裏で、どれだけ明るみに出てない事実があるか分かったものではありません。

それだけではなく各々の賛否両論あるとは思いますが、仕事を時間ではなく成果で見るホワイトカラーエグゼンプションという制度。

頑張りすぎる日本の労働時間を更に助長させる恐れがあり、その労働時間は経営者の管理対象から外れるので、万が一従業員が過労死した場合でも従業員の自己責任で片付けられるという可能性が出てくる鬼のような制度、これが2008年には法律として導入される可能性があるのです。


ただでさえ暗雲立ち込める日本、爆弾や負債を幾つも抱えている現状にこれでは夢も希望もありません、フリーターやニートの問題が取り沙汰されるのは今の職業の中に「夢」ややり甲斐が存在しない事もその一端なんじゃないのかなと思う。

そんな世の中だからこそ夢を持ちガムシャラにそこに向かう熱意は何よりも人間らしく、貴重であるんです。


それで話を戻すんですが、まぁ真面目な夢を描く生徒がいる反面、中には石油王とかカメハメ大王とか何か「王様」にえらい憧れてる同級生もいたりなんかして、おいおい、王様って、小市民ごときが甚だしいわ!と鼻で笑っちゃったりもしてね。

それでバカな同級生を哀れみつついよいよ僕のページをめくるわけです、まぁきっとサッカー選手か野球選手、ひょっとしたら夢が壮大でロマンチストな僕の事だからロケット飛行士かもなぁなんて言いながらペラリとめくるとそこには


「ラ王」


ラーメンじゃん。

ひょっとしてアレか、愛馬・黒王号に跨る世紀末覇者なりたかったのかとかなり強引に理解しようと試みたのですが、なりたい理由には「みんな大好きだから」と正に世紀末な、それでいて愛に溢れる回答が残されてました。このガキ頭おかしいんじゃねぇか。

確かにこの箱を覗いたら死にたくなるなぁと微妙に凹みつつ今日はこの辺で。

受験生の皆さんどうか夢に向かって一歩ずつ歩いていって下さい。


ちなみに今の僕の将来の夢は「来月はガス代を払う」です。