今週は普段中に入る事が出来ない建物が一般公開されるオープンハウス・ロンドン。長年都市とインフラストラクチャーに関する講義で使っている、ヴィクトリア朝時代に建設された下水処理場 Crossness Pumping Stationに行こうと思ってきたのだが、何しろ電車4種乗継ぎで1時間半以上と遠いので、サボってきた。でも昨年Themesmeadのカウンシルハウス(日本で言えば公団住宅)にオープンハウス土曜日を一日潰して出かけた事を考えたら、せっかく普段から一般公開されているのだから、事前に訪問する方が良いことに気づき、参加費は15.7ポンド(2,300円)とこの手のガイドツアーとしては少々お高いけれど、予約した。で、実際行ってみて気づいたのは、この下水処理場はThemesmeadカウンシルハウスと同じAbbey Wood駅で下車、敷地的には隣に位置しており、去年一緒に見学しておくべきだったということ…オープンハウスでの移動はもっと慎重に計画しなければならない。

 

 さて、現地に着いたら何と下水処理場は現在も使われていて、しかもThemesmeadにあった大きな池はその処理済み水を使っているとのこと。ガイドツアーはミュージアムと呼ばれる処理場の中で一番古い建物群を廻る。最初はガイドによる講義。1830年代から始まった数回にわたるコレラ(黒死病)の発生は医師ジョン・スノウによるソーホーでの調査の結果、空気感染ではなく井戸水のよるものと判明。下水と混ざる井戸と違いパブで売られるビールは衛生的でコレラ感染が出なかったとか。その上、1858年夏のテームズ川の「大悪臭/The Great Stink」で川畔にある国会議事堂は耐えられない状況になり、議会は土木技師ジョゼフ・バゼルジェットに下水処理対策を命じる。それまでロンドンの下水道は直接テームズ川に流されていたのだが、バゼルジェットは川に沿って横断する主下水道の建設を計画し、水の勾配が取れない分を当時最新鋭技術だった蒸気機関を使って下水を引上げ、テームズ川の引き潮に合わせて水の中に放出するシステムを構築した。Crossnessにはその放出をするために建設された巨大蒸気機関を設置、と言葉にするのは簡単だが全ては世界初の発明…

 

 ガイドツアーで蒸気機関を目の前にしてその緻密さと巨大さに圧倒された。石炭をエンジンに自動補給するシステム、ブレーキなしで動き続ける50トンの2階へ突き抜けるホイールと巨大ビーム、自動で油を指す仕組み、下水を溜め込み持ち上げた後に放出する回転弁などの数々。そして建物の中心に位置するのは極彩色の宮殿かと見紛う吹抜け。頭上にトップライトがあるので、色鮮やかさも際立つが、キャストアイロンで造られた花やイチジクの実などの装飾は一体何のために…ガイドさんは「ヴィクトリア朝はそういう時代だったんですよ」と言う。建築的には機能主義/ファンクショナリズムの後にデザインされた建築物はモダニズムの影響下で装飾がないのが当然。だからインフラストラクチャーである下水処理場は無味乾燥でシンプルなものという思い込みがある。しかし、産業革命後のイギリスは、1930年代辺りから始まるモダニズム前に既に下水処理システムを開発していたので、当時流行りの装飾を付けるのが当たり前だったのだろう。全体的にちょっとエキゾチックなデザインで、光を透過するよう鉄板をくり抜いた床のガラは青海波のよう。全く使われなくなった1960年代から数十年に渡って放置された結果、この建物は廃墟同然となっていたとか。1990年代にロッタリーファンド(日本で言えば「宝くじ」)やイングリッシュ・ヘリテイジからの補助金で元の色彩に塗装し直したらしい。今もリノベーションは進行中で隣接するワークショップの建物内では退職後と思しきオジ様方(珍しく女性は皆無)が色々な部位を補修中だった。一つ一つの手作業には頭が下がる。

 

 ガイドツアーの最後は貯水池。と、言っても実は地下一階の建築物でタイル貼りの内部には入れない。11世紀ローマ人の侵略でバースに建設された浴場施設の影響か。建物上部は全て太陽光発電パネルで覆われている。井戸のような穴からは微かに下水臭が。蒸気機関が使われなくなり今では電気で下水の調整が行われている。だから、蒸気機関が入っている建物は今ではミュージアムとして施設の説明に使われたり、映画やテレビの撮影に使われるとか。「映画『シャーロック』の撮影はここで行われたんですよ」とガイドさんはちょっと誇らしげだった。

 

講義でも使っているビデオ
 

ミュージアムの建物
 
 
バゼルジェット胸像      キャストアイロンの花を塗装
 
極彩色の中央部        床パターンを一部塗装