日本の地域医療を支えている台湾人医師、林建良氏の指摘より

第5章 台湾の独立は日本の国益につながる  
国民党政権の誕生は日本の悪夢の始まり

1、反日派を助け、親日派を挫く日本

●台湾を侮辱して中国の歓心を買う日本外務省
   二〇〇四(平成一六)年三月二〇日の台湾総統選挙は、台湾のみならず、東アジアにも地政学的変化をもたらす運命の一刻であった。なぜなら、親日独立派の陳水扁が再選されるか、反日親中派の連戦・宋楚瑜コンビが当選するかによって、日本を含む東アジアの将来が大きく変わるからである。

   日本政府はこの選挙の重要性をある程度は認識していたようだが、自国の国益に反する行動をとってしまった。つまり二〇〇三年一二月二九日、台湾の総統に対し、総統選挙と同時におこなわれる国民投票の実施と台湾憲法の制定に関する発言について「慎重に対処せよ」と申し入れたのである。

   平成一五(二〇〇三)年一二月二六日付で外務省が作成した「台湾当局に対する申入れについて」という公文書がある。ここには次のように書いてある。

   今夏以来、台湾の陳水扁「総統」は、公民投票の実施や新憲法の制定等の発言をくり返しており、中台関係は緊張の度合いを高めています。このような緊張の悪化に対しては、米国からも明確な形で懸念が示されていますが、陳水扁「総統」は、公民投票を「総統」選挙日当日に実施するとの方針に変更がない旨を対外的に明らかにしています。(略)

   このように、総統に対して陳水扁「総統」とカギカッコをつけている。これはどういう意味かというと「陳水扁『いわゆる総統』」ということである。さらに有り体に言うなら、日本は認めていないが、台湾が「総統」と自称している陳水扁「総統」、という意味なのである。

   台湾に対してこのような侮辱的な表現を使っているのは世界でたった二カ国、日本と中国だけだ。日本はかつて自国として統治してきた台湾に対して何の配慮もなく、台湾を呑み込もうとしている中国に倣っているのである。こんなことで中国の歓心を買おうとしているのだろう。ここには道義も正義もなく、これこそ事大主義以外のなにものでもない。

   この異例の申し入れは陳水扁総統に対し「慎重さに欠ける」と批判しているに等しく、明らかに親日的な陳水扁陣営の足を引っ張り、反日的な連戦陣営を益するあからさまな選挙介入と内政干渉である。実際、連戦陣営はすかさずこの日本政府の申し入れを利用し、陳水扁を激しく攻撃した。

●独断で台湾に内政干渉した外務省官僚
   のちに、この日本政府の申し入れは、当時の外務省中国課の堀之内秀久課長による独断であったことが、二〇〇四年一月六日付の台湾最大紙「自由時報」の報道によって明らかにされた。それによると、その前年の一二月二三日、田中均・外務審議官が李肇星・中国外交部長との会談で、「日本は『一つの中国』の立場を堅持し、『二つの中国』や『一中一台』に反対する」と発言したことを受け、堀之内課長は中国の意を酌んで、この「申し入れ」をおこなうよう日本の対台湾外交の窓口である交流協会の台北事務所に指令を出したという。

   堀之内秀久氏は、二〇〇二年五月に発生した瀋陽事件に関し、報告書のなかから中国に不利な事実を独断で削除し、総理官邸から厳重注意された前科を持つ人物である。二〇〇三年一二月二九日におこなわれた国際常識に欠ける台湾への露骨な内政干渉も、おそらく中国に阿るための確信犯的な仕業であろう。実際、中国政府は翌三〇日、日本外務省のとった行動を持ち上げ、称賛したのである。

   しかし、年明けの一月五日、台湾の駐日大使館に相当する台北経済文化代表処でおこなわれた新年会の席上、台湾との窓口である「交流協会」の高橋雅二理事長は、「国民投票は台湾国民の決定事項であり、日本は介入するつもりはない」と発言した。これは外務省中国課が交流協会の内田勝久・台北事務所所長(当時)を通じて、台湾政府に伝えた「申し入れ」とはまったく異なるスタンスである。

   なぜ一介の課長にすぎない堀之内氏が、外交のタブーである他国への内政干渉を独断でやれるのか。これはまさにチャイナスクール特有の思考様式によるものである。中国に迎合しなければ出世できないチャイナスクールの構造的問題でもあるが、簡単に言えば、国益は眼中にない彼らの個人的堕落によるものなのだ。

   二〇〇一年四月に森首相の命令に抵抗して、独断で李登輝前総統のビザ発給を拒否した槙田邦彦アジア大洋州局長の例を見てもわかるように、国益よりも個人の出世を優先させる外務省官僚は日本の進路を誤らせる最大の危険要素であろう。

   当時、日本はアメリカの意を受けて陳水扁総統に圧力をかけたとの憶測も流れていたが、これはアメリカの戦略にうとい、うわべの観測にすぎない。確かにブッシュ大統領は、二〇〇三年一一月九日に訪米した中国の温家宝首相に向かって、「台湾の現状を変える国民投票に反対する」と発言した。しかし、同時にブッシュ氏は、もし中国が台湾を武力で侵攻すれば、「We will be there」(われわれが相手をしよう)とも牽制している。日本のように一方的に中国に迎合することなく、アメリカは慎重に台中双方を牽制しながらバランスをとっているのである。実際、高橋雅二・交流協会理事長は、アメリカからの圧力説に対し、「まったく考えられないことだ」と一蹴している(二〇〇四年一月六日付「自由時報」)。

   先に述べたように、堀之内中国課長による台湾の選挙介入と内政干渉は、明らかに連戦陣営に利用され、それが当時の情勢に対して影響を及ぼした。結果として、陳水扁陣営は僅差で再選されたが、堀之内氏の危なっかしい行動が日本の国益に害をもたらしたことは、疑いようのない事実である。つまり、一つは台湾人の日本への信頼を損なったこと、一つは日本を親中派である連戦陣営に加担させてしまったことである。

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参考

“丹羽大使を守れ” 公使3人チャイナスクール 異例の補佐体制 
2010.7.17 産経新聞 一面

   外務省は中国で初の民間出身大使として、近く赴任する丹羽宇一郎駐中国大使(前伊藤忠商事相談役)を補佐するため、中国公使(計5人)に入省時の研修言語に中国語を選択した「チャイナスクール」出身者で中国課長を経験した3人を送り込み、異例の補佐体制を敷く。今回の人事を民間人起用拡大の試金石と位置づける岡田克也外相の意向を受け、失敗させないための守りの布陣といえる。もっとも官僚出身にない独自色の発揮を求められる丹羽氏だけに“お目付け役”ともいえるチャイナスクールに早々と取り込まれるのか注目される。
   外務省は6月17日付の丹羽氏の発令を受け、7月1日には筆頭の中国公使に横井裕前上海総領事を起用した。さらに堀之内秀久国際法局審議官と垂(たるみ)秀夫中国・モンゴル課長も中国公使に充てることを内定した。外務省筋は「公使にその国を担当した課長経験者が3人もそろう人事は前代未聞だ。しかも3人ともエース級だ」と語る。
   また、麻生内閣で首相秘書官を務めた山崎和之駐米公使も中国公使に横滑りさせるため、5人の公使のうち4人が同時期に入れ替わることになった。通常、大使館の人事は現地事情に慣れた幹部を残しておく必要から、総入れ替えのような人事は行われないが「丹羽氏を支えるため、なりふり構わず進められた」(外務省関係者)という。
   丹羽氏は経営者としての実績はあるものの外交経験がないため、東シナ海ガス田の共同開発問題や、中国軍の海洋進出などの懸案に対応できるか疑問視する向きも強い。中国側も初の民間人大使に「様子見」の姿勢をみせているという。岡田氏としては経済界から「三顧の礼」で迎えた丹羽氏が立ち往生する事態となれば、今後の民間人起用に支障が出かねない。外務省としても民間人大使を妨害していないとの姿勢を示すため、異例のサポート体制が敷かれたようだ。ただチャイナスクールをめぐっては、台湾の李登輝元総統への査証(ビザ)発給問題などで「中国との友好関係を最優先としている」と、強い批判も浴びてきた。チャイナスクールではない大使経験者は「丹羽氏には専門家の助言には耳を傾けつつも、いいなりにはならないバランス感覚が求められる」と指摘する。