29.家の前の風景
       「家の前の風景」


海を渡るのは命懸けの奈良時代。難破や妨害で5度も渡日に失敗し、失明しても諦めることなく、6度目にやっと渡日でき、日本に仏教の戒律を伝えた鑑真和上という中国の僧侶がいます。闘病時代、鑑真和上を知り彼の生き方に本能的に深く感動した覚えがあります。

さてさて又私事です。18才から20代の青年期でした。受験に失敗し、東京の予備校に通っていた夏、いつ死ぬか分からない病気になり、左足を大腿部より切断しました。それでも夢は諦めきれず体調が戻ると再度上京して勉学に励みました。しかしその年の夏に病気が肺に転移して再発しました。肺の病巣を取る手術をした後、医師から「田舎に帰って好きな事をしなさい」と言われました。言い方を変えれば「あなたの命はもう長くないので田舎に帰って好きな事をしなさい」ということです。この時期は恋に破れ、就職もできず、お金もない、未来もない、何も無い境遇に置かれ辛い経験をいろいろしました。

世間から見れば将来も分からない障害者。社会の役にも立てず生きていてもしょうがないような存在でした。唯一両親や友達、同級生、そして何人かの先輩達が私を支えてくれました。それでも時々落ち込み、「私は何故生まれて来たのだろう、何の為に生きているのだろう。こんな人間が生きていて社会の役に立てるのだろうか。才能が特別ある訳ではないし、体は弱いし欠陥だらけ。人間社会では使い物にならない、無駄飯喰らいの役立たずの人間だなあ」と思う事もありました。それでも何とか人の役に立ちたい、社会の役に立ちたいと願い、自分が生きている価値を見つけたくて一生懸命求め、もがきました。

古今東西の聖人や偉人の本を図書館から借りてきて、生きる希望を見つけたくて必死で読みあさりました。その中で仏教の教えに「無財の七施」というのがある事を知りました。自分に何も無くても人の役に立てる教えです。

1.眼施(げんせ):やさしい眼差(まなざ)しで人に接する。
2.和顔悦色施(わげんえつじきせ):にこやかな顔で接する。
3.言辞施(ごんじせ):やさしい言葉で接する。
4.身施(しんせ):自分の身体でできることを奉仕する。
5.心施(しんせ):他のために心をくばる。
6.床座施(しょうざせ):席や場所を譲る。
7.房舎施(ぼうじゃせ):自分の家を提供する。

この教えを知った時、「なるほどなあ~」と思いました。私のようなダメ人間でも、何も無い人間でも、「無財の七施」が全部できなくても、一つぐらいはできるんじゃないかと思いました。これで少しでも社会や人の役に立てられる人間になれれば、私も少しは生きている価値があるかもしれないと思い、心が少し救われた思いがしました。

現在も私は相変わらずポンコツ欠陥人間です。それでも残された能力を精一杯活かし、長い間の努力と精進の積み重ねで、少しは社会の役に立てられる人間になったような気がします。(実際どの程度役に立っているかはなはだ疑問です。評価というのは自分ではなく周りの人達がするものなので何ともいえませんが・・・)
その場だけの楽しみや目先の利益だけではなく、長い目で見て真に人類の役に立ちたいと願いながら仕事と生活ができるようになりました。

ただ夢中になって仕事をしていると時々回りが見えなくなる事があります。病気も治り、仕事を夢中でするようになった頃、インドのある賢者の言葉を知りました。「どんな凄い仕事をしていても、その人の人格がその上を行っていなければ人の心を打つことはない。逆に、その人から高い人格が感じられれば、ほんの一言の言葉やささいな仕草からでも人は大いに心打たれ導かれる」というものです。人間社会の中で生きていると、仕事も大事ですが、人柄・人格も大事であることを痛感します。その人の毎日の生き方、心の有りようは長い目でみるとその人の人生をも左右します。まさに因果応報、因縁果報(皆さんご存じだと思いますが、あえて簡単に言いますと「それなりの行いをすれば、原因を作ればそれなりの報い、結果をもたらす」)ということですね。

今でもポンコツ欠陥人間の私は健康な人達のような生活はなかなか出来ません。時々悲しい思いをする事があります。そんな時は古今東西の素晴らしい人達の教え、言葉を時々思い出しては自分を勇気づけ、戒めては生活をしています。

今思うと一番多感な青年期に生死の闘病生活を体験したお陰で、この世の物事を原点にかえって見つめ、求め、貪欲に吸収することができたような気がします。そしてその時期に学んだ事が私の原点を形成しているような気がします。

今後も私のブログには青年期の闘病体験が繰り返し出てくると思いますが、私の原点なのでまたかと思わず良かったらお読み下さい。この体験を原点に話は少しずつ展開してゆくと思います。皆さんも苦しいこと、悲しいこと、楽しいこと、いろいろな経験をされているかと思います。古今東西、老若男女を超え私達人類の大先輩である素晴らしい方達の宇宙観、人生観、生き方等、自分に合った世界を参考に困難を乗り越え、生きていて良かったと思える、充実した人生を送られることを願います。