ゴーストライターと著作権 | ナガミネ文晶塾 ―― 決めつけない 押しつけない 「著者ファースト」の出版デビュー戦略ブログ

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 ちまたでは、音楽のゴーストライターの話題が熱いですねえ。
 オリンピックの男子フィギュアが始まったら、また話題が再燃するかもしれません。


 出版業界では、忙しいけど名が売れている著者、文章を書くのが苦手な著者の代わりに、ゴーストライターが原稿を書いてあげることは、暗黙の了解みたいになっています。

 単に「著者の持つ情報や意見を伝える」という役割に徹している書籍(実用書や評論、自伝など)は、たとえ著者自身が手を動かして原稿を書いていないとしても、読者はそれほど怒らないかと思います。
 きっと、マスコミもいちいち騒ぎません。

 一方で、小説がゴーストライターを立てて書かれたとしたら、怒ったり失望したりする読者はかなりの数にのぼるでしょう。


 実用書などと違って、小説はその作家が生み出した作品だという「期待値」も込みで、読み手がお金を払うという側面があるからではないか、と考えられます。


 また、現代クラシック音楽も、出版業界でいうところの小説に近いのかなと思います。単なる知識の伝達ではなく、芸術性や作家性が高い作品であると考えられますから。
 そういう事情もあり、ゴーストライターを立てたことが批判されるのかなと。

 他方で、たとえば、(仮の話ですけど)シンガーソングライターの○山○○さんが、他のアーティストに作品を作らせて、それを自分の作詞作曲として新曲を発表しているとすれば…… どうなんでしょうね。微妙です。 「売れればそれでいい」という考え方もできますが。

 

 さて、作品に名前を出している人(著者)と、名前を伏せて作品を実際に作った人(ゴーストライター)とで、どっちに著作権が帰属するのかのかというと、著作権法の大原則からは「実際に作った人」ということになります。


◆ 著作権法 第2条(定義)
 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
  一  著作物  思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
  二  著作者  著作物を創作する者をいう。
  (※以下略)



 作品を「創作」して「表現」していれば、堂々と「著作権者」を名乗れることになります。

 ここで「表現」とか「創作」という言葉の意味が問題になります。

 「表現」とは、他人に知覚できるようなかたちで、思想や感情を残すことです。頭の中にあるだけのアイデアとか、ちょっとしたメモ書き程度では「表現」といえず、著作物にはなりません。

 「創作」とは、作り手の個性がなんらかのかたちで発揮されていればよく、斬新さとか独創性までは必要ありません。さすがに、他人の著作物の模倣だと、基本的に「創作」ではなく、著作物だといえないと考えられます。

 一方で、他人のアイデアの模倣は、アイデアが著作権で保護されない以上、それは新たな著作物を作ったと評価できると思います。
 「著者」がアイデアを持っていて、それをゴーストライターが形にすれば、ひとまずゴーストライターへ自動的に著作権が帰属するといえます。



 ただ、ひとことに「ゴーストライターを立てる」と言っても、いくつかのレベルに分かれるように思います。


(1) 「著者」が原稿をほとんど書いてしまっていて、ゴーストライターが原稿の構成を読みやすく手直しする程度。
    これはライターが編集者的な役割にとどまっているのであって、著者に最初から原稿の著作権が帰属すると考えていいでしょう。


(2) 「著者」が、インタビューに応じて話をしたり、原稿の参考になる資料などを提供したりはするが、原稿は書かない。ゴーストライターが話をまとめたり独自にリサーチしたりして原稿を書く。
    これだと、ひとまずゴーストライターに著作権が帰属し、あとは口約束か契約書などで事後的に調整(著作権を改めて「著者」に帰属させる約束をしたり、ライターが著作権を主張しない約束をしたり……)するというパターンでしょう。


(3) 「著者」が、作品のアイデアやコンセプトなどを出すけれども、後はゴーストライターが最初から全部作ってしまう。
    芸能人の本などで多そうですね。また、佐村河内さんの「指示書」も、これに近いでしょう。法律的な問題としては、(2)と同様かもしれません。 ただ、「著者」としての作品への関与度が低いとみられるため、世間にバレた場合、道義的に責められる危険が高くなりそうです。



 なお、著作者名を詐称した複製物(書籍やCDなど)を、世間に発表したりする行為は、犯罪として取締りを受ける場合があります。


◆ 著作権法 第121条(罰則)
  著作者でない者の実名又は周知の変名著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。



 作品の著作権をゴーストライターが持っているのに、まるで「著者(作家)」が作ったかのようにその作品を発表した場合、この罰則は適用されないんでしょうか?


 じつは、著作権法の罰則は、「親告罪」と呼ばれるもので、被害者(この場合はゴーストライター)が告訴しない限りは事件化しません。

 事件化するかどうかは、じつはゴーストライターの胸先三寸だということがいえましょうか。

 契約書などの条文で、事前に告訴の可能性を封じていない限り、ゴーストを使っている「著者(作家)」というのは、けっこう危ない橋を渡りながら「作品」を発表しているものと考えられます。

 いま、TPP交渉で、著作権法の「非親告罪化」が検討されているようです。
 もし、著作権法違反の取締りについて、被害者の告訴なしに警察が検挙に動けるとなれば、暗黙の了解であるゴーストライター文化は、今後どうなっていくんでしょうね。