千秋楽。

始まりがあれば、終わりがあるもので、楽しかった姉妹劇場2017も、こちら大阪で最後となりました。

 

この記事を書くときには、すでに終わっているのでネタバレしてもいいですよね。

セットリストなんかは、記憶力の良い方がどこかでアップするでしょうから、そちらをググってみてください。

(名古屋公演のセットリストがありました。)

 

さて、オープニング。

ステージには、大きなスクリーンと、それを隠せるほどの赤いカーテン。(松永あき&ばあば&そのお仲間さん達作)

スクリーンの真ん中では、時計の長針と思しき針が右回りに時を刻んでいました。

 

そこで、ももちゃんの影ナレが入ります。

「私たちは、知らず知らずに時間を奪われている。奪われた時間を取り戻す旅にでましょう。」

 

ステージに現れるももちゃんと小春ちゃん。お互いがスクリーンを挟んで隠れあうように、見つけあうようにぐるぐる回ります。

「チクタク・・・」とささやくと、「チクタク♪」と応えるアコーディオン。

 

そして、本編へ。

時を刻む「時計仕掛けの人生」から始まり、ガーリーな(?)選曲で、女性の人生を歌っているように感じました。これは、小春ちゃんが歩んできた人生の時間を表していたりして。

 

途中、場面転換の影絵のあと、被っていた帽子をスタンドに掛けて笠にしてました。このときは、雨振りの影絵の後でした。

 

中盤、ラジオDJ風の掛け合いから、ミュージックサプリと称してX JAPANの「紅」とか、最早アコーディオンの表現力をこれでもかってくらいぶっこんできましたね。

 

そして、お馴染みの勝手にCMメドレー。おなじみの曲に加え、カルピスのさわやかなCMソングに、パンクな金鳥蚊取り線香のCMまで、振り幅の大きさを改めて感じさせるコーナーでした。

 

コレを挟んで後半戦ですが、破れ傘のようなスケルトンのスカートを脱ぎ、大きなランブシェードにしちゃいました。このときの場面転換の影絵は秋だったかな。虫の鳴き声がそれっぽかったかな。

 

そして、後半いきなりの「あの子のジンタ」からの「月」ときての「かなしみ」は、私にとっての涙腺崩壊ポイントでした。

特に、あの子のジンタの軽快な流れから、静寂を挟んでの「月」のイントロの頭の1音。音源ではドラムから入り、メロディーは、ヴァイオリンで始まるのですが、アコーディオンで入る1音が胸に響くのです。

 

月が、私の中で響くのは、「異邦警察」のエンディングだったことから、異邦人の境遇→祖国での内戦や迫害による肉親の死を連想しちゃうからですかね。

 

「ライライライライ、遠くなる家から響く赤い音、ライライライライ、近づく街に響くのも赤色」

 

「遠い記憶、母の笑顔、燃える炎」

 

「帰り道は、月食と共に消えていく」

 

赤い音は、すべてを焼き尽くす炎の色だったり、流される血の色だったり、その家から逃げた先の街でも赤い炎が燃え盛り、逃げ場が無い絶望感。

 

そんな中で、思い出される母の笑顔やその笑顔を消し去った炎。

なんか、人生のパレードから未来に続きそうな希望のかけらを消し去ったような、そんなイメージが私の中にあるのです。

 

だから、この曲を聴くと、そんな絶望に対して何かしなければと思うのです。何ができるかなんて、わかりませんけど、何かしなければ自分が生きている意味とか価値とか無くなる気がするのです。

 

私が「月」という曲が好きというか心に引っかかるのはそんな理由からです。

 

お粗末さまでした。

 

だいぶ脱線しました。

場面転換に、ステージ上のスクリーンに映し出される影絵(小春ちゃんとももちゃんの小芝居ですが)が使われましたが、ここでは、小船に乗った姉妹がどこかの海岸にたどり着き、重い扉を開けた様子でした。

 

そこから始まる終盤の1曲目は「忘れかけてた物語」。

 

曲が始まると同時に、破れ傘風スカートを脱いだ後の白い衣装から、一瞬にしてカラフルな衣装への早着替え。

お見事でした。

その色合いとデザインは、まさにチャラン・ポ・ランタン的な衣装です。

メジャーデビュー曲をこのタイミングで持ってきて、その後、アッパーな曲でチャラン・ポ・ランタンの陽の部分を出したところで、本編ラストは、「季節は巡る」。

 

そう、時間をテーマにした流れでこの曲を持ってくるなんて洒落てませんか?

 

アンコールは、新曲の「Dance Dance」、「千秋楽」、「ムスタファ」の流れでした。

新曲は、初日に聴いたときは、まぁまぁかなぁと思ってましたが、数公演聴いて、この歌詞を小春ちゃんはどんな気持ちで書いたんだろうと思うと、だんだん色がついてきて、「いいじゃん!」と思えるようになりました。

 

一般受け(女子受け)するといいなぁ。

 

「千秋楽」は、最早姉妹劇場ではお馴染みになった感がありますね。「ムスタファ」は、ラストの鉄板曲でした。

 

さて、アンコールが終わり、二人が下手に捌けた後、場内SEに、さっきまで会場中で合唱した「ムスタファ」が流れてきました。

ああ、時間泥棒は、姉妹のことであり盗んだ時間をちょっとだけ戻したんだな、なんてこったい。という解釈でいいのかな、いいよね。

個人の感想だもの。

 

個人の感想といえば、今回の演出を「時間泥棒」からミヒャエル・エンデの「モモ」に通じるのかと思って、「モモ」を読んだのですが、ちっとも被りませんでした。

 

とはいえ、私の解釈はこんな感じです。

 

オープニングから、女性の時間軸を恋愛を中心にたどっていく。

これは、実は、王女小春または、姫ももの物語かもしれない。

 

場面転換で、帽子を脱いでランプの笠にした。

元々住んでいた国(世界?)の地位を捨てちゃったのかな。

帽子=王冠とか姫のティアラとかのイメージ。

もっとも、帽子を脱いだあとには、小さな王冠(ティアラ)が載ってましたけどね。

 

途中の場面転換は、雨=夏、夜の虫の鳴き声=秋、船=う~ん、って感じですが、単に時間の流れを示しているのか、なにか意味があるのか、今となっては検証する手立てもありませんが、最後の船に関しては、自説があります。

 

船で海を渡り、たどり着いた陸地で思い扉を開けた。

これって、チャランポ王国建国の流れじゃないですかね。

 

後半の始まりで、破れ傘のようなスケルトンのスカートを脱ぎましたが、これは、以前住んでいた国の名残りを脱ぎ捨て去ったのではないかと。

だから、重い扉を開けたあとの1曲目は、「忘れかけてた物語」であったし、早着替えでチャラン・ポ・ランタンらしい色合いに戻る。

 

2016年の姉妹劇場は、チャラン・ポ・ランタン結成の物語だったと私は思ってますが、2017年は、インディーズ時代にいくつかの事務所を渡り歩き、紆余曲折を経てメジャーデビューし、王国(ファンクラブ)を建国するまでの時間を表現していたのかなと思いました。

個人の感想なので、捉え方は千差万別ですよね。

なので、こんな解釈もあっていいかなと思います。

だって、その間、私たちは、姉妹に時間を盗まれまくってますから。

 

帽子を脱ぎ、破れ傘スカートを脱ぐという衣装の使い方をこれで説明できるかなと思うのですがどうでしょう。

 

それにしても、姉妹だけで、この表現力。

どこまで遠くに行くんだろう。

ちょっとさびしい気もしますが、これが売れていくミュージシャンを応援するファンの宿命なのでしょうかね。

 

文字ばかりで飽きたので、思い出の写真など。

 

大阪市中央公会堂正面。威風堂々としております。

嬉しいところからうれしいお花が届いてましたね。

会場内の天井、ステージあたり。舞台セットは、ちょっと遠慮。

 

 

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DJをやったことが無いチャラン・ポ・ランタンももと小春。

クラブイベントなんかほとんど縁がなさそうな、ポラーの皆さん。

そんなメンツで始まった王国のファンクラブイベント。

ファンクラブのイベントだから、クラブイベントにするって安直な発想は、嫌いじゃないです。

でもって、何があるか良くわからないうちに参加したのですが、ざっくり言うとこんな感じです。

1.DJもも選曲でDJタイム。もっとも、なんかぐだぐだしててももちゃんが歌った時のほうが盛り上がりました。もちろん、クラブ的な盛り上がりというより、ライブの盛り上がり(w

2.この間に、こはるちゃんが、「蛇腹スナック茶乱歩」の名刺をお客さん一人ひとりに手渡すというサービスっぷり。そのとき、もらった証に手の甲にマジックで「×」を書いてもらいました。

こんなノリは、ソワレ以来だなぁとおもいつつ、次のイベントに。

3.松永姉妹に関する○×クイズで豪華景品をGET!!ってイベントでしたが、ホール内を○エリア、×エリアにお客さんが移動することに無理があることがわかり、結局、大じゃんけん大会になりました。

じゃんけん、惜しかったなぁ。お客さん同士の決勝に残ったのに、負けちゃいました。

4.DJが変わって小春ちゃん選曲でスタートです。小春ちゃんの選曲は、バルカン音楽中心で、チャラン・ポ・ランタンの音楽が好きで集まったお客さんはノリノリでしたね。

5.この間に、こんどは、ももちゃんが名刺をお客さんに手渡しして回りました。

この日、ソワレ10周年記念Tを着て行ったのですが、「あ!ソワレTシャツじゃん!」とももちゃんに言って貰ったのは嬉しかったなぁ。

先の小春ちゃんとは、名刺手渡しの際に乾杯をしました。

6.このタイミングだったかな、ドッコイレコーズの新人アイドルMoMoちゃんのミニライブが入りました。

7月末のもものひとり芝居の告知もしてましたけど、ももちゃんしか出演しない舞台にMoMoも出てるとか、もうなんか大笑いでした。

7.小春ちゃんのDJタイムのおしまいのほうで、親知らずのタンゴが流れ、それに合わせて小春ちゃんがアコーディオンを弾きながら、ちょこっと思い出を語ってましたね。

8.ちょっとここでは書けないのですが、ある幻の音源が披露されました。

9.ラストは、愛の賛歌で。この日のももちゃんの歌う愛の賛歌は、なんか力が抜けているというか柔らかい感じがしました。

 

以下、当日の雰囲気を画像でお楽しみください。(ヘタな写真ばかりですけどね・・・)

自社レーベルのアイドルのステージを見て大爆笑するドッコイレコーズ主催の小春氏。

せっかくファンクラブがあるのだから、こういうトリトメの無いイベントを年に何回かやってもらうと嬉しいですね。

これは、戴いた名刺です。

そして、夜は、遠征組みのポラーさんと遠征飲み。

初めて大阪らしいものを食べたかな。

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上野公園から移動し、日本橋の三井ホールへ。

ここで、唄とアコーディオンの姉妹劇場が開催されるのです。

とはいえ、だいぶ早い時間についたので、周辺を散策してみました。

すぐ近くにお社があるんですね。しかも、あちらこちらで休憩できるエリアがあって、時間つぶしには大変助かりました。

なもんで、このようなものを買い求め、ぷしゅ~ぅっと。

公演は、ここが終わると、あとは大阪千秋楽のみ。

終わってしまうのがもったいない公演です。

こちらは、歌姫がお客さんに買ってもらった三越です。

翌日から住むとのこと(w

終演後、ポラーさんたちと打ち上げしました。

楽しいよなぁ。翌日も休みだったら朝まで飲めるのになぁ。

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お久しぶりに、すし桶ドラムふーちんの大道芸を観に行ってきました。

ここ最近の、チャラン・ポ・ランタンと愉快なカンカンバルカンの人気急上昇や、ふーちんギドの知名度の広まりなどから、ふーちん人気も上昇中で、この日の観客も、日曜ということもあってか大勢集まっていました。もちろん、顔なじみのポラーさんや遠方からお見えの方等など。

今回は、演目の中の一曲が、観客参加型になっており、ふーちんから貸し出された楽器(みたいな調理器具もあったなぁ)を手に、リズムをとって一緒になって楽しみました。

でもって、終演後は、日本橋に移動したわけですが、途中で、美しいダンサーさんによるポールダンスのパフォーマンスが繰り広げられてました。

人垣と、カメラ小僧(けっこうなお年の方々)に囲まれて、遠巻きにしか見られませんでしたが、やはり、お色気に人は集まってしまうのでしょうかね。

 

離れてみるとこんな感じでしたよ。

ちょっと思い出したことなど

テーマ:

先日、たくさんのフォロワーさんと酒席を囲む機会がありまして。

その時、まあ、酔っていい気分だったことあり、最近の憤懣やるかたないあたりをぶちまけた結果、今の政権批判というか思想というかそういう感じの話題になったわけです。

100人いれば100の意見や考え方があるわけですから、全員と意見を同じくすることは困難です。

これは、皆さんお分かりと思います。

 

それを踏まえて、私の意見を並べてみたいなと思った次第ですが、ここ最近、政権に対する苦言、文句ばかり並べてます。どちらかというと、自民党、公明党に対する文句ばかり言ったり、そういった意見の呟きをRTしたり。

フォロワーさんの中には、鬱陶しいなぁと思われてる方も多々あることでしょう。

私も、私と方向を違える呟きなどを見かけるたびに、「そうじゃないんだけどな」と思っていますが、かといってそのご意見をまるっきり否定するわけではありません。

ただ、その根幹に人の命を第一に考えていないなぁと感じられるところがあると、これは違うな、と軽蔑してしまいます。

なんだかんだ言っても、人の命より大事なものはありません。

自分が生きていることを自分が捨てられないように、他人の生を他人が勝手な理屈で捨てることはできません。

たとえば、原発。

「経済のために」原発を推進するとか言われますが、原発って、福島の事故でもわかるように人類が完全に制御できるものじゃないじゃないですか。

自動車には、ブレーキがついています。ブレーキ壊れても、路肩にはまれば大抵止まります。つまり人類が制御できます。

自動車は、使わなくなっても、分別して再利用可能です。つまり人類が制御できます。自動車は、放射線なんか出さないでしょ?

ところが、原発は、暴走すると手が付けられません。廃炉にするにしても半永久的に放射線を出し続けて命を脅かします。

福島第一なんか、いまだに収束できていないし、廃炉のめどすら立ってないじゃないですか。

そんな完全制御できないものを、なんなら人を殺しちゃうようなものを「経済が」とか言って作ったり、稼働したりって人命軽視だと思うのです。

戦争だって、そう。戦えば、人が死にます。戦うために軍隊がいるとか兵隊がいるとか、そりゃ仕事としての軍人もありますが、だからといって、死んでいいはずがありません。殺していいはずがありません。

同じ人間じゃないですか。

戦う以前に、外交努力でしょう。そのための政治家でしょう。他国と喧嘩しないように常々仲良くする努力をすべきでしょう。

それができないなら政治家として無能と言わざるを得ないんじゃないでしょうか。(見渡すと無能な政治家ばかりですね・・・)

とりとめないことばかり書いちゃいましたが、そういえば、こんなのがリリースされますね。

 

 

エンタメが戦争を無くす、とキングコング西野亮廣さんが言ってましたね。

ぜひそうあってほしい。地球上から無用な戦争がなくなることを願います。

 

以上、ステマでした。