成長していないと感じたら 〜comfort zoneを広げよう〜 | "学者への道"

"学者への道"

ドイツ研究生活を舞台にした生物学者の奮闘記。"学者への道" in Arizona、"学者への道" in California Berkeleyの続編ブログです。

ブログは自分の創造力のバロメーター。

日常の発見や考えを整理するのに役立っている。

そんなブログを約6年半、毎月更新し続けてきたのだが。。。先月途切れてしまった。



他人にはどうでもいいことだろうが、個人的にはかなりショックな出来事だ。

図を見てわかる通り、この絵に描いたような右肩下がりは、「記事の数を減らして、質を上げているんだ」、と自分をなだめることができるが(笑)、

一ヶ月に一つも記事を書けなかったことは言い訳できない。

一番ショックなのは、最近記事を書こうと思っても、昔の記事と同じようなコンセプトしか思い浮かばないことだ。

成長が止まってしまったのか?



ブログに限らず、成長するスピードが落ちた、成長していない、と感じる原因は何か?

一ヶ月に21回もブログを更新していた留学した当初の22歳の自分と、

一ヶ月に1度もブログを更新できずネガティブなグラフを作っている今の自分。

その違いの一つは、

今の自分は、チャレンジすることも、過去の経験だけで生きることもできてしまうこと。

チャレンジを怠り、過去の経験に頼りすぎているから、新しいアイディアが生まれてこないのではないか。

居心地のよい環境(comfort zone)を求めて頑張った結果、comfort zoneから抜け出せなくなっている自分がいるのではないか。

20代前半ではわからなかった、経験や結果がついてきたからこそ成長速度が落ちる、落とし穴について考えてみたい。



過去の財産だけで生きている感覚

日本の高校生や大学生に向けて、留学やアメリカの大学教育について一般講演をさせてもらう機会があった。


(高校生のみんなと記念撮影)

日本の高校生に対する講演の準備をしている時、数年前に留学団体に書いた記事の内容とほとんど同じ話しをしていることに気づいた。

この数年で得た留学に関する情報は、留学当初の数年に得た情報と比較するとはるかに劣っているんだと実感した。

新たなスポーツをはじめると、最初は目に見えて上達するが、ある程度のレベルに到達すると上達するのが難しくなるのと同じようなものなのかもしれない。

大学生に対する講演では、気づくと過去の話ばかりしていた。留学して何が一番大変だったか、あんな苦労やこんな苦労をしたなど、昔話ばかり。



先日、Outstanding Graduate Student Instructor AwardというUC BerkeleyのTA (teaching assistant)に与えられる賞を頂いた。


(一般生物学の授業風景)

2週間後たいそうな賞の授与式に呼ばれ、賞金ももらえるらしい。 

大学の教員としてものすごく嬉しい反面、内心は複雑だ。

留学当初のアリゾナ大学院時代は、ヒトと進化学、哺乳類学、集団遺伝学など、より専門的で教えたい授業を120%の準備をして教えていた。

バークレーに移ってからは、研究に専念するため、一般生物学という同じ授業を4度、繰り返し教えることで、いかに準備の時間を削って研究にあてるかということに専念していた。

皮肉にもTAの賞をもらえたのはバークレーでのみ。アリゾナ時代での経験、同じ授業を教えてきた過去の経験が評価されたのであり、今の自分がTAに使っている時間が評価されたわけでないのだ。



先月PLOS ONEという科学雑誌に論文を投稿し、審査待ちだ。


(抗生物質を飲むかわいいマウス)

大学教授という職を得るためには、論文を投稿することがおそらく一番大事な作業だ。

しかし、この論文のデータは3年前にとり終えていたのである。

完璧主義の指導教官、他のプロジェクトなど、その他もろもろの理由により、投稿までに3年もかかってしまった。

研究室のメンバーには祝ってもらったが、心の底から喜べない。

なぜなら今回の論文投稿は自分が長いこと後回しにしていたデータで、別に今の自分がチャレンジしているわけではないから。




Comfort zoneを抜け出し、広げるためには

Comfort zone(コンフォートゾーン)とはストレスなく安らげる場所や精神状態を指す。

目指したい目標や成長させたい能力があるなら、comfort zoneを飛び出すのが王道だ。

例えば、英語能力を伸ばしたいとする。日本で英語ができなくても、英語の成績に影響するぐらいでストレスは少ない。しかし、アメリカで英語ができないと、衣食住、仕事、友達や恋人作りなど、 生活全てに影響し、英語ができないとストレスが多い。

ヒトを含む生き物みんなストレスは嫌なので、ストレスを軽減させるために必死に努力する。結果、英語能力を伸ばしたい人間には、日本語社会というcomfort zoneを抜け出し、英語社会というuncomfort zoneに身を置いた方が、英語能力を身につけやすい、という簡単な話だ。

自分の場合、学者になって世界の成り立ちを理解したいという夢がある。そのためには、今いるcomfort zoneを抜け出し、新たなuncomfort zoneを探し、知らない分野や技術をcomfort zoneに変え、学術的なcomfort zoneを広げ続けないといけない。



例えば、この数ヶ月、腸内の細菌がネズミの脂肪増加にどう影響しているのか調べるため、糞便移植実験(fecal transplant)やネズミ用のMRIを使って脂肪量の測定を行ったり、今までやったことのないuncomfort zoneに挑戦している。


(マウスにウンチジュースを飲ませているところ)

comfort zoneを抜け出して必ずぶつかるのが、失敗だ。

自分が苦労して練った実験計画と実験データを指導教官に厳しく指摘されたあげく、慰められた。

“Experiments are always hard at the first time”
(1度目の実験がいつも一番難しい)

“It’s like IKEA furniture. We learn from the first time.”
(IKEAの家具みたいなもんだ。1度目から学ぶものだ。)

comfort zoneを出て、新しいことをやると失敗するのは当たり前だ。

うまくいかなくてストレスが溜まることが多いし、悔しい思いもする。



それを乗り越えるには、根性あるのみだろう。

週末を含め、一分一秒を無駄にしないように実験をやり直した。

家に帰って、部屋のドアを開け、床に倒れこみ、「これほど頑張ったのは何年ぶりだろう」と思いながら眠りにつく日々。

ようやく先週、新たに得た実験データを研究室のミーティングで発表し、メンバーから大発見だというコメントをもらえた。



Comfort zoneを抜けだし、広げ続けるためには、

きっと強い目的意識と、それを可能にする根性しかないのかもしれない。

ようやく、過去の経験でなく、今を生きている感覚を久々に味わえた瞬間だった。


(サンフランシスコ、桜祭りの親方)


30歳成人説

ロサンゼルスで日本語雑誌の編集業をしているMさんがバークレーに遊びにきてくれた。

自分の一回りほど年上のMさんは読書好き、旅好き、中東の歴史なんかに熱い知識人。

村上春樹をはじめ、「人生の節目として30歳で成人」という30歳成人説という考え方があることを教えてくれた。

30歳は、20代で学んだ経験を基盤にするcomfort zoneの中だけでも生きて行くことが可能だ。

30歳は、逆に居心地の良いcomfort zoneを抜け出し、チャレンジし、攻め続けることも可能だ。

特に50歳や60歳ではcomfort zoneを抜け出せないと、一気に老けて見えるとも話してくれた。



30代は倒れるまで仕事をする若さもあり、

うまく力を抜いて配分する経験もある、

面白い時期だ、

という話で男二人タイ料理屋で盛り上がった。



アメリカでは今、PhDを持っていても教育経験がないと短大(community college)で教えることさえ難しいとされているので、自分の持っている20代の経験だけで本当に食っていけるのかはわからない。

たとえ、今の経験値だけで今できる仕事を見つけることができたとしても、

研究のできる大学教授、学者への道、に手が届く可能性があるなら、

まだまだ妥協せず、挑戦していたい、と強く思う。


“Get busy living, or get busy dying”
(必死に生きるか、必死に死ぬか)

(映画 The Shawshank Redemption (1994) より)


(桜祭り、おみこしメンバー)



来年のTAはcomfort zoneの一般生物学ではなく、おもいきって「脊椎動物の自然史」という、毎週フィールドにでて、哺乳類、鳥類、両性爬虫類を学ぶ夢のようなクラスを教える希望を出した。

UCバークレーで、最も歴史のあるクラスの一つであり、ずっと教えたかったクラスなのだが、自分は鳥類と両性爬虫類の学術的な知識がなく、uncomfort zoneだ。

準備にかける時間を恐れて教えることをずっとためらってきたが、恥をかくことを覚悟で、攻めようと決めた。



ブログを書きテンションが上がり、実験の頑張りすぎもたたったのか、現在風邪をひいて寝込んでいる(笑)。

でもたまにこうして、バカみたいに攻めて、風邪を引いて寝込む方が、

昔話を何度も繰り返してモヤモヤした気持ちでいた自分より、気持ちがいい。



安易に日記感覚で始めた、ブログ「学者への道」。

毎月の更新記録は6年半で途絶えたが、

ここからまた新たな記録更新を目指したい。