昨年に守屋茜さん、渡辺梨加さん、そして今年に入ってから渡邉理佐さんがグループを抜けることになったことで僕の中で(勝手に)了解事項となったことがあって、それは運営サイドは櫻坂46に欅坂時代の曲をパフォーマンスさせるつもりが無いのだろうなということだ。

 

しばらくは時間を置いてでも欅時代の曲を演奏する、ということが分かっているのであれば一期生の中でも特にグループ愛の強いこの三人がグループから離れるという決断をするとは思えないからだ。

 

いずれグループを離れるにせよ、二期生たちに欅時代の曲を受け継がせる機会があれば、元副キャプテンが、欅時代初期からダントツの握手会人気のトップグループにいたWワタナベがこんなに早くグループ活動に見切りをつけることは無かったんじゃないかと思う。

 

楽曲には著作権やそれを管理することの重要さがあることを理解した上で、それでも楽曲というものは一度オープンにされてしまえば誰かの思惑のとおりに演奏することを封印されてしまうものではない。

 

楽曲の価値は公に属するものだ。「公」の中には、実演家や聴衆も含まれ演奏する権利、楽曲の演奏を楽しむ権利は誰からも阻害されてはならないものだと思う。

 

誰かがかつて若者を中心にした音楽ファンから熱烈に支持を受けた欅坂46という存在を消し去ろうとしてるようにさえ感じてしまう。

 

芸術作品を封印してしまうことは、それを鑑賞して楽しむ人々からその権利を搾取することだ。今後も前進を続ける櫻坂46にかつて欅坂46という前身があり、その中心にいた一期生たち、そしてそれを愛してグループに加入してきた二期生たちにも欅坂46の楽曲を演奏する権利があると信じる。

 

グループから離れることを選択した三人が自らの手で明るく、楽しい未来を掴んでくれることを祈りたい。

 

欅は消えず。ただ、去りゆくのみ

2019年にけやき坂46(ひらがなけやき)から改名し同年4月に念願の単独デビューを果たした日向坂46。

 

このグループについては成立事情のややこしさがあるのだけれど、基本的には一期生(欅坂46)とさほど間隔を空けずに(グループ結成の10ヶ月後)加入した二期生(けやき坂46)という位置づけで良いと思う。

 

最終審査を経ずに特例で加入した長濱ねるさんのために、という要素はあるけれどいずれにしても21名からスタートした欅坂46を補強するために同じようなタイミングで二期生の募集があっただろう。

同じ秋元系多人数グループ、48Gもほとんどが一期生20数名スタートから1年を経ずに二期生を募集しチームが結成されているからだ。

 

ただしこちらの二期生(けやき坂46)は他のグループと違って両チームを兼任する長濱ねるさん以外はシングル表題曲の選抜チームとして一期生(欅坂46)と合流することが無かった。

 

欅坂46はデビュー以来チーム全員がシングル表題曲を歌唱するというスタイルを採っていた。これは秋元系グループとしては例外的なスタイルになるのだが、考えてみれば所属するグループのシングル表題曲を歌えないメンバーがいるという不条理(そしてそれを支持するファンがいるという不条理)が解消されただけとも言える。

 

全員選抜と呼ばれたこの措置は、楽曲の解釈に忠実なパフォーマンス(明るい雰囲気ではない曲では笑顔を見せないなど)と合わせて固定ファンからの絶大な支持を得ており、おそらく一期生(欅坂46)の中でもチーム全員で歌唱したいという希望が強かっただろうと思う。

 

結局二期生(けやき坂46)はカップリング曲やアルバム収録曲以外では一期生(欅坂46)と合流することがなく、日向坂46として単独デビューをするまで表題曲に参加することは無かった。

 

長濱ねるさんを含む12名が揃ったのが2016年だったことを考えれば、改名して自分たちが参加する表題曲で単独デビューをした2019年までは長く、この時期を経たことで「日向坂46は下積みで苦労してから栄光を掴んだグループ」という神話が生まれていくことになる

桂文枝さんが名物番組の司会から勇退を発表。

 

僕らの世代にとっては文枝さんになった三枝さん。僕が若い頃(40年以上前)にはたくさんの番組の司会を担当してそのどれもが高視聴率。人気タレントとしての全盛期は1970~80年代の後半くらいまでか。

 

一般人のカップルや夫婦をゲストにしたトークショーは関西のテレビ局を中心に三枝さん以前から人気番組があったが、それを全国的にメジャーな存在にしたのはこの人の功績だろう。

 

昭和の漫才ブーム以降にも、ビートたけしさんや明石家さんまさんから全盛期は過ぎたけれど隠然たる権力者のままで簡単にからかいのネタに出来ない主旨の発言がされていた記憶があり(もちろんジョークとして)、実際に90年代なかばまで続く人気番組(クイズ!年の差なんて、愛ラブ爆笑クリニックなど)もあって、息の長い人気タレントとして活躍していた。

 

個人的な記憶では「ヤングおー!おー!」「パンチDEデート」が懐かしい。

 

前者は明石家さんまさんを世に送り出した番組。

角刈りのジャージ姿(笑)でいかにも売れる前の若手という外見を覚えている。

桂文珍さん、桂きん枝さん、林家小染さん、月亭八方さんといった先輩たちに囲まれながら早くから番組内で爆笑をとるなど後のお笑いモンスターとしての片鱗を見せていた。

 

文枝さんは現在78歳でありこの年齢までレギュラーで司会をする番組を維持してきたこと自体が凄いことだ。漫才ブームから出た人気タレントの大先輩のように感じられるが年齢的には現在74歳のたけしさんや76歳のタモリさんとはほぼ同世代と言ってよく、いかに若い頃から売れっ子だったかが分かる。

 

若い頃の持ち味は当時の落語家の印象から外れる高学歴と、シュッとした外見とキザな言動。

自己紹介で「窓辺に咲いたマーガレット」と言ったり自分のことを「サニー」と呼ぶように求めたりしていた。もちろん共演者からツッコまれることを前提にした「ボケ」としての「キザ」な振る舞いだった。

 

基本的には軽みのある芸風で、それが人気タレントになり、関西の芸能界の重鎮となり、大名跡を受け継ぐ落語家の大師匠となってからはどうなっていたのか。

 

気がつけば勇退、ということで何よりお疲れさまでしたとネット上の遠隔の地より労いたい

46系列も基幹グループである乃木坂46に世間的な注目、期待が集中し始めている印象があり、この傾向が続くとかつて48系列がそうであったように櫻坂46、日向坂46が乃木坂46の衛星グループのような印象になってしまうかもしれない。

 

櫻坂46は欅坂46から改名し、メンバーはそのままで再スタートを切ったグループだ。

 

メンバーはそのままと言っても欅坂時代の中心メンバー平手友梨奈さん、長濱ねるさんはすでにグループを抜け、二人に次ぐ人気メンバーの一人だった今泉佑唯さん、進学校出身でクイズ番組への期待も高かった米谷奈々未さん、ダンスへの評価が高い鈴本美愉さん、冠バラエティ番組を支えた織田奈那さん、志田愛佳さん、美大に通いデザインセンスに優れていた佐藤詩織さん、確かなパフォーマンスと穏やかな性格で存在感を示した石森虹花さんもおらず、櫻坂46になってからも前副キャプテンとしてグループを支えた守屋茜さん、ファンのみならずメンバーにとっても癒やしの存在だった渡辺梨加さんが昨年末に退団している。

 

欅坂46としてデビュー曲「サイレント・マジョリティ」でブレイクしたグループとは名前だけでなくメンバー構成も大幅に変わっており、活動の中心として前面に出ているのは改名一年半前から時期をズラして加入した二期生たちだ。

 

幸いなことにこの二期生たちがパフォーマンスに優れ、冠バラエティ番組や外番組での有能さを発揮しており櫻坂46としてのグループカラーを明確にしつつある。

ただし櫻坂46のグループカラーは、欅坂46時代ほど先鋭でなく、したがって固定ファン以外への訴求力は弱い。

 

平手友梨奈さんを中心に現代社会の中でまつろわぬ者をテーマにした欅坂時代の楽曲には、実際には欅坂46の楽曲ではない曲でも「これ欅っぽいよね」と感じる他のグループの楽曲があったように独自の世界観「僕の物語」があった。

 

大人社会への不信と拒否感を共通のテーマとした欅時代の多くの楽曲「僕の物語」は8thシングル表題曲「黒い羊」で孤独さや疎外感のピークを迎え、個人的な意見だが、この楽曲をもって平手友梨奈さんを主人公に見立てた「僕の物語」はデッドエンドに到達する。

 

平手さんを中心にメンバーが演じた「僕」は最終的に社会から受け入れられず、社会を受け入れず、成長して丸くなり大人の仲間入りをすることもなく未成熟な「僕」のまま、生死も定かではないどこかへ彷徨い出てしまった。これ以上この「僕」の物語は無い。

 

その後初めて選抜制をとりいれ二期生も加えた未発売の9thシングル(10月のプールに飛び込んだ)は再び「教室にいる自分に違和感を持つ僕」の物語に立ち返っている。パフォーマンスでははじめは孤独だった「僕」と同様に曲が進むにつれ「教室」を飛び出る「僕たち」の姿が描かれている。

 

ただし選抜発表の際にはセンターポジションだった平手さんはこの楽曲制作には(少なくともMV撮影には)参加せず12月に予定されていた9thシングル自体の発売が見送りとなる。

 

週刊誌報道では単純に「平手が新曲にNGを出してMV撮影を飛ばした」と伝えられたが、後にソロになってから発表された楽曲を聴けば、平手友梨奈さんの目線が欅坂時代の「僕」から離れたものだったことは明らかであり、プロとして肯んじない作品の中心に立つことをせず他のメンバーに託すことは一つの判断として妥当だったと思う。

 

ただ、結果としてシングルの発売スケジュールが中止になってしまったことの責任は重く新曲が出ないことに加え平手さん、鈴本さん、織田さんが同じタイミングで退団、再始動を予定していた2020年の春先には新型コロナウイルスの感染拡大によって大規模なイベントの開催が出来ず、タイアップを伴った新曲の発表も出来ないままグループの活動は停滞してしまう。

 

その間に週刊誌報道によってグループのイメージが傷つけられたことも踏まえたのか、スタッフサイドは欅坂46というブランドを捨て、新たなブランド櫻坂46を立ち上げることを決断する。経緯はまったく分からず、ファンに対しても分かりやすい説明も無いままに。

 

改名した新グループ櫻坂46は欅坂46時代から数えて活動開始から4年が経過しており新たに二期生を加えても平均年齢は20歳前後となった。歌詞の中の主人公は十代を想起させる「僕」から少し大人になり、個人的に抱く社会からの疎外感から離れて大人の視点を獲得しつつある「僕」から見た現代社会への違和感をうたっている。

 

シングル表題曲三曲のうちセンターを務めた森田ひかるさん、田村保乃さんはいずれも優れたパフォーマーではあるが、歌詞はグループに向けたあて書きではあっても森田さん、田村さんに向けた個人的なあて書きとは感じられず、誰が誰に向けて訴えている言葉なのかが曖昧だ。

 

メンバーはそれぞれ「心の弱った人、誰かに寄り添いたい、曲を届けたい」という気持ちを抱いて活動を続けていてこのグループらしさは欅坂時代から変わらず。

 

ただ歌詞の世界観が示すベクトルの向きが曖昧になったことで櫻坂46っぽいと言われるような独自の世界観がパフォーマンスの激しさに集約されてしまい、グループのセンターが代表して届ける言葉の印象は薄れているようにも感じる。固定ファン以外にどうやって届けていくかが今後の課題になるのではないかと思う。

 

メジャーなガールズグループとして活動を継続していけるだけの売上、知名度、注目度、期待度はすでに充分なレベルに達しているだろうが、たとえばドームツアーなど活動の規模を乃木坂46レベルにまで拡大することが出来るかどうかは今後の活動次第。

 

最後になったがこのグループが欅坂46時代からすっとシングル表題曲の音楽傾向を変え(例えば洋楽ロック調であっても曲によって年代が違う、というような)過去の自分たちをコピーするような楽曲制作をしていないことはもっと高く評価されるべきではないか

 

これからの女性ポップグループがどうなっていくのか。

 

アイドル戦国時代と呼ばれた時期から現在までを通じて大手事務所やレーベルに所属するグループだけが生き残り、さらには大手所属の中からも活動を休止するグループが続出し、メジャーな市場の中で活動しているのはハロプロ、48・46系列、K-POP系グループなど限られた数組だけ。

 

このうち48系列の場合は基幹グループであるAKB48以外は主要音楽番組への出演も厳しい状況だ。AKB48の「根も葉もRumor」以外で昨年に発売された48Gのシングル表題曲のタイトルを覚えているのはガールズグループ全体に興味を持つ人の中でさえ限られているだろう。

 

かつて主要音楽番組に各地の48Ḡが出演し曲披露をしていた頃から比べると明らかに固定ファン以外からの知名度、注目度、期待度は落ちており再浮上のきっかけさえ見えない状況なのではないか。

 

固定ファンが特典を目的にCDを購入し、さらにグッズを購入し、イベントに足を運び、配信ライブに課金して買い支えをしていることで活動の維持には問題が無いのかもしれないが、その先に待っているのはメジャーなレーベルから曲をリリースしているけれど実質固定ファンだけを相手にしたインディーズ同様のグループへと衰退していく未来だ。

 

ウイルス感染によるCD特典イベントの自粛がさらに長引くようなことになればCDの売上も期待できず、活動の維持も厳しくなってしまうかもしれない。

 

胆石治療ということで自然と内科治療を行う病棟に入院していた。

内科病棟は基本的にお年寄りばかりで病状も(カーテン越しの話を聞くと)深刻なものが多い。大部屋に検査入院の患者と余命宣告を受けた人が同時期に入っていたりもする。

 

老齢になって体を動かすのも大儀になった状態で入院するのはリスクも高い。

例えば点滴の問題がある。

現在の点滴は針をさすのではなく針状のチューブを差し込み血管を確保してルートを維持し2~3種の点滴を流し込めるようなアタッチメントが繋がっている。

それをテープで固定して点滴が必要な間はずっと挿したままにしておくのだがこれが時間が経つと血管からズレてしまい別の場所から再挿入することになる。

採血の針よりも太くて長いチューブは挿す段階で結構痛いし歳を取ると血管を確保するまでが大変で(細いし血管が固くなって逃げる)「結構痛い」挿す作業を何度か繰り返すことになり患者は痛みで看護師は申し訳無さでそれぞれ声をあげることになるのだ。

 

さらに体を動かすのも大儀になった状態で一日の大半をベッドの上で過ごすということ自体も大変そうだった。

ベッドに身を起こし靴を履いて(現在の病棟ではスリッパやサンダルのような踵を保護しないものは使えない。クロックスタイプもダメ)ベッドから降りトイレまでを歩く(しかも点滴を挿れたまま)。

入院しているくらいだから体のどこかに不具合があり息を切らしながらトイレまでの行き帰りはそれだけで苦行だ。

痰が詰まりやすい人はパイプのようなものを喉から挿れられ吸い出される。

それも辛いようで「勘弁してくれ」と音を上げる人もいた(もちろん勘弁してくれない)。

 

自分もいずれさらに歳をとり体力も落ち関節が軋み血管が弱り痰が絡みやすくなってから入院すると考えると暗澹たる気持ちになる。

健康は大事。

本当に大事。

それが分かっていても健康なままでいてくれない体を授かった生き物として老後を(或いはそれまでを)どう過ごすかを考えたほうがいいですよというお話

GyaO!で「美食探偵」第4回を見る。

 

ゲスト出演は仲里依紗さん。

料理好きで真っ白な冷蔵庫に自分で作った好きな料理をきれいに並べることを夢見ていた妻の元に毎週夫の母親から田舎料理が大量に送られてきて冷蔵庫のスペースを埋めてしまう。旦那は証券会社を辞めてデイトレーダーを始めたがストレスのせいかDV夫になっており妻の小洒落た料理よりも未だに母親の手料理に依存している。

妻がそのことに不満を漏らすと暴言を吐き、こらえきれなくなった妻が思わず田舎料理を床にぶちまけるとそれを拾って食べろと強制する。そんな日々に疲れ果てた妻がネットの掲示板に書き込むと…

 

「美食探偵」は美しき殺人鬼が心の弱った人が抱く悪意を利用して殺人を犯させるのだがそこで利用されるのがインターネット。ネット越しに人の心を操るようにして殺意を芽生えさせ巧みに成長させ実行に至らせる。

殺人行為そのものを殺人鬼が代行したり、証拠が残らないような殺人方法をレクチャーするため、本来なら殺人犯として逮捕、起訴されるべき人が罪に問われないというところが味噌になっており、逮捕されなかった人がどうなるかと言うと殺人鬼の下僕となって新たな殺人を手助けするように…という展開。

 

名探偵役中村倫也、助手1号小芝風花、殺人鬼小池栄子といずれもハマり役で面白い。

 

小芝風花さん目当てで見はじめたドラマだがゲスト出演者、脇役も良くちょっと殺人鬼チーム有利な展開に傾きがちなところはあるけれどストーリーも良い。殺意を抱いたとしても心の片隅で誰もが思うこと程度のものを殺人鬼と(ネット上で)出会うことによりそれが増幅されていく、という設定のため動機の強弱が気にならないという恩恵があり、殺人という非日常的な行為に至るまでに不自然さを感じない。

 

楽しみなドラマではあるが何しろ日本ではせいぜいワンクール、10回か11回でクローズしてしまいよほど話題になり視聴率が良くなければシーズン2も期待出来ない。ある意味では贅沢と言えないこともない。もちろん褒めているわけでは、無い。

自宅にどれだけの本があるのか自分でも分からない。

 

十代後半から自分で本を買い始め、乏しい小遣いやアルバイト代などから好きな本を少しでも多く買うために古本屋を利用していた。でんと店を構える「古書店」ではなく「古本屋」。「古書店」というと店の(店主の)興味の深い専門分野がある、といった印象だが「古本屋」となると、これといった専門分野もなく、故買商の人が廃品回収などで集まった本やコミックスで始めたような店、という印象がある。

 

おれの住む田舎町にも市内のアチラコチラに4~5軒はあって、売られている本の状態やどれだけ欲しいかなど自ら条件を設定し、財布の中身を考えて少しずつ少しずつ買い始めていた。

 

自宅暮らしの間は適当に本棚(やカラーボックス)におさめ、文庫本の場合作者が同じだと背表紙の色も同じなので揃った様子を見て自己満足に浸っていたのだが、引っ越したり自宅を建て直すという時には困った。段ボール箱に詰め込んでも詰め込んでも収まりきらず30箱くらいになってしまったのだ。

おれが若い頃にはネットカフェどころか漫画喫茶も無い。読みたければ自分で買うしか無く(友人に借りると返すのが面倒だし)しかも古本屋でまとめ買いなどしていたのでそんな数に増えてしまっていたのだ。

 

文庫本は箱に入れたり箱から出したりする時にカバーが傷つくのが嫌で外して入れるなどしていたのでやたらと時間がかかった記憶がある。それら段ボール箱は今でも建て直したこの家のどこかにあるはずだ。

 

おれ自身は兄の結婚、自宅の建て直しを機会に家を出てアパート暮らしをしており狭い部屋には段ボール箱など邪魔になるばかりなので一度自分の部屋に箱のまま置いたままにし、建て直しが終わった時に預かってもらったのだ。もちろん手元に無いから読むことも出来ず、アパートに越してからは狭い部屋だし、職場の近くにある図書館などを利用して漫画などはようやく田舎町にも出来はじめた漫画喫茶を利用していた…と思う。いずれにしても部屋には本を溜めないようにしていたはずだ。

 

事情があって兄夫婦が家を出て、両親が歳をとり父が呆け始めて介護を受けるようになった頃に自宅に戻った。

PCやインターネットを始めたのはそれからなので55歳にしてネット歴は十数年程度。

 

ネット記事をきっかけにPerfumeというガールズグループを知り、ライブに行くために東京へ遠征するようになって東京の街歩きそのものが楽しくなり、はじめは自分なりに歩いていける範囲の名所を巡っている程度だったのが何しろ花の都大東京には「古書店」がそこかしこにありつい店頭を覗いてみると好きな作家の初版本が店頭百円均一の棚に売られていたりする。

「初版本なら」ということで少しずつ買っていたのだが花の都大東京は魔都でもあり、店頭の本棚で4冊まで200円という文庫本が、まあまあ綺麗な状態で売られていて、4冊までとなると浅ましいので4冊欲しくなり、欲しい本が5冊くらいだとあと3冊探して8冊になり、という恐ろしい都会の罠に落ち込んでしまった。

 

それが新宿三丁目、今は無き映画ポスターで知られた老舗だった。地元から小田急線を使い交通費を安くあげると街歩きのスタート地点はほぼ新宿となり、しかもカレーの食べ歩きも兼ねていて好きなカレー屋さんのある通りにその店があり、どうしたって毎回罠に掛かってしまう。旅のスタート地点で下手をすると10冊以上の文庫本の重量を抱え込むことになり、小田急線だから途中下北沢の駅で降りることで重量は増えるばかりになってしまった。

 

そして、この文章の冒頭にようやく戻るのだが、自宅にどれだけの本があるのか見当もつかない事になってしまった次第。とは言っても2000冊は無いんじゃないかと思う。千数百冊程度のはず。たぶん。おそらく。

アイドルバラエティというテレビ番組の中でもテレビ東京日曜深夜に放送されている坂道Gの三番組はちょっと異色な番組作り。

アイドルバラエティは十代を中心とした経験の浅いアイドルがトークもロケも食レポも上手に出来ないことを前提として番組が構成されている。

だから基本的に出演メンバーに何らかの試練を与えそれに苦労する姿や嫌がり恥ずかしがる姿を映像に収めそれをネタとしてスタジオトークに持ち込むというリアクション中心の構成になる。

乃木坂工事中の前身番組乃木坂ってどこ?も初期はこのフォーマットに従った番組作りだった。

バラエティ的な対応を学ぶということでMCバナナマンとともに芸人コンビなどをゲストに迎えゲームを題材としたリアクションチェック、という企画が目立った。

シングル発売のたびにヒット祈願という名目で試練が与えられ路上でのティッシュ配りといった定番のロケがありティッシュを受け取ってもらえないと言っては泣く姿を映していた。

乃木坂ってどこ?のMCは番組開始当時(11年)結成18年を経た30代後半という年齢の中堅コンビであったバナナマン。今でいうと三四郎の小宮さんがほぼ当時の設楽さん日村さんと同世代という感じになる。

すでにバラエティ番組の常連であり深夜帯ながら番組MCの経験もありレギュラーのラジオ番組は開始から4年を経ていた。

今から振り返れば中堅から番組MCの常連となるかどうかの勝負時という時代。設楽さんも日村さんも今より痩せておりキャラクター的にも少し尖った印象。当初は手を抜くことは無いけれどアイドルのお守りという役柄をこなしているという印象だった。

それが変わったのはいつ頃だったろう。ヒット祈願でティッシュ配り、滝行、バンジージャンプ、スカイダイビングなどの過酷なロケに挑みスタジオ企画でも生駒さんと「天才」生田絵梨花さん、高山さんや白石さん松村さん若月さんを中心にキャラクターが確立されていった時代のいつか。

メンバーとの間に絆が結ばれていった。

バナナマンはどSキャラの設楽さんに日村さんが振り回されるというネタも多く番組MCとしてはツッコミが設楽さんボケ役が日村さんという役割を分担し「男性」として設楽さんは「有り」だけど日村さんは「無し」というメンバーの評価も番組構成に生かされていた。

ボケ役がメンバーからちょっと軽く扱われるという役割はその後「欅って、書けない?」「ひらがな推し→日向坂で会いましょう」に引き継がれるフォーマットの一部となる。

MCと出演者に絆が築かれることには良し悪しがあるのかもしれないが「乃木どこ」は目に見えてアットホームな雰囲気になり仲の良い担任教師と生徒たちのような関係性はメンバーに対して甘すぎるんじゃないかという視聴者からの(好意的な)ツッコミを呼び込みながらさらに発展していく。

「公式お兄ちゃん」の誕生である。

「乃木どこ」は3年半をもって終了するが「乃木坂工事中」に名前を変え構成を組み立て直しMCもそのまま継続、現在に至る。

 

アイドルバラエティにおいてMCを担当する芸人は自分たちもかつて同じような扱いを受けてきた若手~中堅世代に属する場合が多い。

バナナマンに限らず48G内で似たような経過をたどった「有吉AKB共和国」のMC有吉弘行さんも再ブレイク中に小嶋陽菜さんをパートナーとして番組を始め今や番組MCの常連として多数の冠番組を持つようになった。

共和国の中で有吉さんは当初アイドルを侮るような姿勢の裏返しとしての投げ出した優しさが目立ったが後半では聞き分けの良いお爺さんのような印象になり各メンバーの特色を引き出しこの番組を通じてさらに知名度を上げたメンバーがも多い(指原さんもその一人)。

アイドルバラエティの中で出演メンバーに課せられる「試練」は若手芸人が経験せざるを得ない通過点でもある。熱湯風呂、バンジージャンプ、スカイダイビング、滝行、ゲテモノ料理、催眠術、水中息止対決、ドッキリ企画。その経験を通してメンバーに助言をするような関係に移行していくのかもしれない。

 

アイドルバラエティにおいてMC担当者が出演メンバーとの距離を縮め言わば「情が移る」ようになっていく現象をバナナマンコンプレックスと呼ぶとしてそれが引き継がれたのは坂道の後発グループである欅坂46、日向坂46の深夜番組だ。ただし後発両番組の場合は少し事情が違う。

この一連の長いながい文章はその事情を考える前段なのである。

 

乃木坂工事中も日向坂で会いましょうもMCはコンビ芸人が担当している。

コンビ内でのツッコミ、ボケそれぞれの役割はすでに確立されている。

欅って、書けない?は事情が違ってコンビ芸人のツッコミ役であるハライチ澤部さんとピン芸人の土田晃之さんがMCを担当している。

ハライチがコンビでの起用とならなかったのはすでに澤部さんが一般的なバラエティ番組で単独で活動して評価を受けていたことともう一つ相方の岩井さんが独身で番組開始当初にはまだ20代後半であったことも影響していると思う。

 

「欅って、書けない?」MC担当の一人である土田晃之さんはコンビを解散してからのほうが芸歴の長いピン芸人である。

芸風は1/12深夜放送回で澤部さんと英語講師の外国人が盛り上がって挨拶をした後「苦笑いを浮かべる外国人ってあまり見ないよ」と言ったように、盛り上がるひな壇を尻目に一人冷静な立ち位置にいてチクッと皮肉なツッコミをするというものでありコンビ時代と違ってボケ役というわけでは無い。

言わばMC二人とも(タイプは違えど)ツッコミでありボケ役はいない。

だから澤部さんが進行し、ボケて、メンバーに対してはツッコむという役割を一人で担当し土田さんは番組全体の後見役として後退した位置に立つ。

アイドルの「後見役」という立場ではブレイク直前の指原莉乃さん初の冠番組「さしこのくせに」をはじめ経験は豊富。

アイドルに対しても常に一定の距離を置き冷静で皮肉な見方をするスタイルも確立されたものだ。

 

「けやかけ」のMC土田晃之さんはアメバTVの番組内でアイドルや元アイドルを前にした講師役を担当したことがある。

その中で「アイドルがバラエティに出て活躍したいと言ってもそんなことを言う人が沢山いた中で生き残ったのは井森美幸と島崎和歌子の二人だけ」「マネージャーの中にはおれはずっと見てきたから分かる。爪痕を残さなきゃ駄目だと煽るやつがいるけどバッターボックスに立ったことの無いやつがバッティングについて語ることは出来ないでしょう」などアイドルが陥りやすい勘違いには手厳しい言葉を発していた。

「アイドルに面白さなんてスタッフも求めてない。だから僕たちのような芸人が一緒にキャスティングされる。アイドルは何か聞かれたらちゃんと声を出して普通に答えてくれれば良い。それを面白くするのは僕たちの仕事」とも言っていてそれが「けやかけ」でも実践されている。

土田さんが後輩芸人のギャグを雑に真似たりすることは他番組では無いことなのだ。

 

番組初回放送から見てきて「けやかけ」に関して言うとすればアイドルバラエティとして充分な面白さ(興味深さを含めて)をずっと保っている。腹を抱えて笑うような展開は一般的なバラエティ番組でも滅多に無いことで制作の過程で生まれる奇跡のようなものだ。毎回期待できるものではない。

ただ現在の「けやかけ」から志田愛佳さん今泉佑唯さん米谷奈々未さんが居なくなり結成以来のイジラレ役織田奈那さんが不在なのも確かなことだ。

MCお二人は安心して声をかけたりツッコんだり出来るメンバーの不在に戸惑っている。

菅井さん、土生さんは天然だけれども基本的に真面目な人であり尾関さん上村さんという初期に番組内で注目されたメンバーは前記したメンバーより繊細で傷つきやすい。だからこそグループ内でメンバー間をつなぐHUB役として機能するわけだけれどボケ役を任せるのは厳しいだろう。

真面目で不器用で繊細。

そんなメンバーに対応できるのはやはり土田さん澤部さんだけだと思う。