「片側不全口唇裂」。

私の赤ちゃんが持って出たものは

そんな名前の「病気」だった。


看護婦さんに抱きかかえられて、

すっかりきれいになった赤ちゃんが

枕元にやってくる。


ふーむ・・・

確かに右側の上唇が、5㎜程度裂けている。

なんていうんだろう、

そう、昔の人がよく言っていたような

まさに「うさぎの口」。


見るからに痛そうなのに、

赤ちゃんは平気で大きな口を開けながら、

精一杯ひゃあひゃあ泣いている。

むう。

かわいい。


出産直後の脱力感で、不思議となんの

ショックも浮かんでこなかった。

それよりもなによりも、

担当の先生が言ってくれた一言が

大きなシールドになって

感情の嵐から守ってくれたからかもしれない。


「僕の甥っ子も同じ症例だったんですよ。

でもね、縫合手術で本当にきれいに治りましたよ。

それこそ誰が見てもわからないぐらいにね。

それが20年前の話ですから、今なんてもっと

形成の技術が発達してるんです。

絶対にきれいになりますよ」


ニコニコ笑いながら、先生はそんな話をしてくれた。

いまだにこのときの言葉が、

胸に残って離れない。


先生からの話を聞き、

口唇裂についてなんの知識も持ち合わせてなかった私は、

そんなもんかと思い、

気が楽になった。


胸元を見ると、看護婦さんがそっと赤ちゃんを

うつぶせに乗せている。

赤ちゃんは目が開かないまま、

必死でおっぱいを探して泣いていた。

探し当てると、キュウキュウと力強く吸っている。

むう。

かわいすぎる。

でもまだおっぱい出ないのだよ、

期待に応えられなくてごめんよ。


そんな赤ちゃんとの対面が終わったと同時に、

ダンナが飛び込んできた。

そして間の抜けた一言。


「どうだった?あれ?終わってるの?」


チーン・・・・


出産の様子を事細かに話すと、

ひどくくやしがっていた。


「それでね、赤ちゃん、見た?

唇が切れちゃってさ」


そんな風に切り出すと、

ダンナがきょとんとした。

「今、一瞬だけ先生に連れていかれたけど、

また来るからその時に見て」


そう伝えると、不可解な表情のまま

ダンナがうなずいた。


しばらくして先生が赤ちゃんとともにやってきた。

この先生、本当にいい笑顔を浮かべている。

私に説明したのと同じことを

ダンナにも話し始めた。

少し混乱していたようだったけれど、

先生の話を一通り聞いたダンナは

どうやら納得したようだった。


とりあえず出産当日の今日は

病室に戻ってよく休むようにし、

それぞれの細かいことは

後回しで考えていくことにした。


ただひとつ。

念願の赤ちゃんが、とうとう生まれたということ。

そして、彼女はこの日を境に

私とダンナの子供として

その人生をスタートさせるということ。

もうひとつ。

あれだけ怖がって恐れていた出産が

こんな形で早めに終えることができたこと。

これら事実が頭の中をぐるぐる回って、

不思議な安堵感と幸福感のなか、

この日、私はバタンと寝てしまったのだった。

おしまい。