正座

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毎週木曜日の夜に道場で正座して黙想するだけで楽しくなってしまう。

もっと言うと正座する前に道着・袴に着替え始めただけで楽しくなってくる。

道着・袴に身を包んで稽古を行なうような技芸を始めてからかなりの月日が経ったものだと改めてしみじみ思うけど、初めたての頃はまだ10代だったし、正座して黙想することがずいぶん時代遅れな慣習のように思えて仕方なかった。

それが今となっては正座して黙想するだけでも楽しい。

正座して黙想すると日頃の自分の様々なものを洗い流してくれるような気になる。

稽古が終わるとまた日常に戻って、また様々な時を過ごすけれど、また道場に戻って来て、正座して、黙想して、稽古する。

何かの信仰を持つ方々が週に一度集まって何らかの行事を行なうようなことに似ているかもしれない。

僕にとって道場は信仰に似ている。

これからも週に一度は道着袴に着替えて、正座して黙想して剱を振る。

信仰というよりも依存症なのか。

どちらか良くわからないけれど、これからもその習慣は続いて行くだろう。
続けて行きたい。













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稽古のテーマ☆

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おしなべて稽古の中で大切なことは「中心」を求めて行く意識だと思います。全ての稽古は「中心」を知るための過程、方法と言っても過言ではないと思います。

この「中心」を知る、もしくは知りたいという意識、そしてその過程での試行錯誤は様々な恩恵を含んでいるように思います。

身体の健康は勿論のこと、意識の柔軟さを確認できたり、身体と精神における「方向」という重要な事柄を見い出す感覚を養えたりするようです。

この「中心」が剱を舞わせて身体を運ばせるのだから、最も重要な事柄のひとつであることは当然かもしれません。

しばらくお休みしていたのですが…
やはり、自分の考える桜月流の剱のことを出来る限り書いて、みんなに知ってもらいたいと思ったので、またこのブログに書きます。

よろしくお願いします。
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桜月流について考える

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『舞う剱。運ばれる身体』 


所属している僕が言うのも何なのですが、桜月流の剱舞(殺陣)は独創的だと思います。僕の知る限りの他の殺陣を行っている団体とは明らかに異なった技術と理論をもって身体を使い、剱を振っているために、結果として剱舞(殺陣)の演技全体が独創的な動きとなっているのだと思います。

 

当流の宗家が申しているように『剱を手にして動く時、その動きひとつひとつがサヲシカな風(清々しい風)を起こすような力を持ちたい』という思いは、自分ども共通の憧れです。

 

『風を起こす』ためには『空気を押す』身体が必要で、空気を押す身体というのは全身がその運動のために一丸となって動いている必要があるのではないかと思っています。

 

人間が集まって出来た団体、会社なども同じような原理で動いているのではないかと思うのですが、何かひとつの目標に向かって全体が一丸となって動く際は、きっと部署ごとに、課ごとに、担当ごとに、全体が同時に様々な方向に向かって全く異なった活動をして行き、その動きは一見バラバラのように見えて、実はその様々な方向への各々の分担が互いの動きを支え合い、一番効果的に全体を動かして行くのではないかと思うのです。

 

それは、ひとりで剱を振る際の全身の動きも同じ原理だと思うのです。

 

剱を一振りする際、その一振りという目標に向かって、全身が様々な方向に向かって、それぞれの部分の役割に応じて、様々な動きを同時に行い、一見反対の方向に動く身体の部分などもあるのですが、実は全身のそれぞれが互いを支え合い、剱を一振りするために一番効果的な動きを行うことが理想だと思うのです。

 

それは、複数の人間で剱舞(殺陣)の振付を演じる場合も同じ原理だと思うのです。参加した全員が各々の役割に応じて、様々な動きを同時に行い、互いの動きを支え合い、ひとつの目標に向かって機能し合う、という一体感が大切だと思うのです。

 

そして、その全体の一体感はひとりずつが自分自身の一体感を獲得した上で全体の一体化へ参加することによって更に高められると思います。

 

まずは自分の一体感を獲得すること。自分の全身の一体化は『風を起こす』ために必要な身体性をもたらしてくれるのではないかと思います。

 

そして、一体化された個人が集った複数の剱舞(殺陣)は、全員が一丸となった一体化をもたらすと思います。

 

一見、様々な方向に動くそれぞれの部分、しかし、互いにそれぞれの役割を認識して、互いがその多様性に支えられている事を把握しつつ、共通の、ひとつの目標に向かって機能する。

 

そんな剱舞(殺陣)を桜月流は目指しています。

 

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ブログのこと

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私事になりますが、ブログなるものを初めて利用してから、早7年ほどが過ぎていました。

初めてブログを書いた時は何とも新鮮な思いで、毎日のようにnA4サイズで何ページも書いていたと思います。

しかし、もともと根気のない僕はたぶん2年ともたずに更新頻度が下がり始め…その後はほとんど「季刊」のようなブログになってしまっていました…

アメーバブログに引っ越しして来てから、ブログのタイトルを心機一転、変えてみたのですが一向に更新の頻度は上がることなく今日に至ってしまっています…(^^;)

…ので、いちおう期限を決めまして、ブログをやめることにしようと思い立ちました。

期限といたしましては、まったくゆるいのですが、一ヶ月ほど継続して来月の17日前後に中止しようと思っております。

で、ブログをやめて、違った形で自分なりの稽古日誌を発信させて頂きたいなぁと思っております。

たぶん、桜月流のホームページ上に何らかの形でスペースを頂いて、僕が考える『舞う剱。運ばれる身体』を文章として表して行くことになると思います。


もし、万が一、僕の考える剱のことに少しでも関心を持ってくださる方がいらっしゃいましたら、今後はそのような場所でお会いできましたら有り難く存じます。


様々な先達の方々(古の武人たちはもちろんのこと、現代に生きておられながら超絶的な技術を持っておられる方々)の足跡に学びを得た時はとてもうれしいですし、自分なりに乱暴な理屈を思いつきそれがなかなか良いような感覚を持てた時もうれしいです。

そんなことたち、「舞う剱。運ばれる身体」を心を込めて、真摯に書き留めて行きたいと切に思っています。


ほとんどひとりごとなのですがそのような御報告でした。


剱の稽古は楽しいものです(^^)



『舞う剱。運ばれる身体』 










6月から7月は欧州へ

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6月24日から7月15日にかけて約3週間、欧州(オランダ、ドイツ、フランス)にて桜月流の短期集中クラスを開催いたします。

オランダ、ドイツ、フランスには日本文化に造詣の深い方々がたくさんいらして、とてもうれしく思います。

きっと、様々な思いもよらなかった質問を受けたり、想定外の状況に陥ることが予測されます…

今までの海外レッスンにおいても様々な想定外の状況に遭遇し、とても新鮮で面白かった思い出があります。


『舞う剱。運ばれる身体』 

今回のレッスンでは桜月流の剱の稽古を通して、日本人の合理的な身体術、そして日本人の美しい精神(和の心)をしっかりと、わかりやすく、欧州の人々に伝え、真摯な文化交流の結びつきを深めたいと強く思っています。

剱に生きる様々な先達の術理や哲学に学び、新たな気付きを授けて頂くたびに日本という美しい国に生まれることが出来た幸福を感じます。剱の稽古を通して日本の底力を少しでも多く知りたくなります。

桜月流美剱道という技芸が持つ「和の力」を世界中の人々にお伝えする事が僕の夢ですので、苦手な英会話も剱の持つ表現力を頼みに乗り越えて全力で奮闘したいと思っています。

どうぞ皆さん、世界に向けて日本の剱を発信し続ける桜月流を応援してください。

美しい剱の道…美剱道、がんばります。