おそるべし不思議君 | kenso オフィシャルブログ 「Mrs.KENSO」 Powered by Ameba

おそるべし不思議君

 あらためて語ることもないが、KENSOは相当変わっている。日本社会の中では、彼は極めて不思議なタイプの人だけれど、アメリカやメヒコで生活してみると、更に不思議な人が結構いることに驚かされる。

 中でも、KENSOがある意味尊敬し、KENSOをして

『俺でもあそこまでは貫けない』

と言わしめた男が一人だけいる。

 彼の名はミスターEとしておこう。

 Eはメキシコのレスラー仲間だ。珍しく実に仲が良かった。仲が良かったといっても、KENSOだけに日本人の考える《友達》みたいな付き合いではないことはわかって欲しい。

 なんせ変わっているから。

 Eはストリッパー出身のレスラーだ。《出身》というと大昔のことと思われそうだが、彼の場合、数年前までストリッパーだった。大人気のストリッパーで、AAAの先代の社長が

《あれは客が呼べる》

と彼のスター性を見抜いてスカウトした。実に美形だが、私が見るに、顔かたちが整っているとか何とかの前に、強烈なフェロモンが出ているというかセックスアピールがあるというか…その手のタイプのイケメンだ。

 メヒコではルチャドールは人気者のスター勢だから、スカウトされたストリッパーは当然ながら二つ返事で入団を決めた。しかし年齢は少々いっている。KENSOと同い年の37歳だが、ルチャドールになったのはなんと33歳を過ぎてからだった。それまでにルチャやレスリングの経験も無く、プロレスは強烈にへたくそで当初は洒落にならない有様だったらしい。それでも彼が入場すると、それだけで女性客が総立ちになった。彼は入場すると腰をくねらせてダンスを踊るのだが、それが女性客をまんまとたまらない思いにさせるらしい。

 そりゃ当然だ。だってプロのストリッパーなんだから。

 それで彼はあっという間に人気者になった。試合の内容は散々でも、毎回必ずテレビショーが入るメジャー選手になっていく。

 こうなると、周囲のレスラーが黙っていない。よく女同士の妬みはどろどろというけれど、出世や生活がかかっている男の方が、その妬みやいじめは更に汚い…というのが私の意見だ。とはいえ日本のプロレス界は比較的穏やかでのんびりしていて、そこまで仲間を警戒することもないが、仕事の規模が大きいWWEやAAAでは常に足の引っ張り合いや陰口が絶えず、選手たちはにこにこと笑って冗談をいいながら、腹の中で常に警戒しているのが当然だった。

 新入りが入れば、自分の試合の枠が一つ減る。まして人気となれば、確実に自分の試合枠に影響する。

 新入りは当初壁を作られて様子見される。控え室では、見ていないふりをして、一挙手一投足を見入られジャッジされている。日本やWWEではそこまででもないが、メヒコでは凄まじかった。KENSOいわく、これはちょっと参戦したような選手では感じられない《内側》の独特の空気らしい。そこに本格的に根をはろうとすれば必ず感じる空気らしいが、《よそ者》は簡単には受け入れられず、その代わり一度《アミーゴ》だと受け入れてもらったら、どこまでも仲間としてくれるというスタイルで、出だしは、特にメインに近い選手になればなるほど、空気が尖り、視線も硬く、よほど用心しないといけないらしい。

 それでEもこっぴどくやられてしまった。ジュースにおしっこをいれられたり、バッグを捨てられたり、バスの出発時間をわざと間違えて教えられ、乗せてもらえなかったり…。実は、残念ながら当初からメインに顔を出していたKENSOもその手のいじめを受けた経験があり、随分ときつかったらしく、あの頃のKENSOは自宅に戻ってもひどい剣幕で、私に対してもけんか腰になることが多かった。

 いづれにしても、そういう状況で仕事をすることのきつさを少なからず知っているKENSOは、Eが席を立つと悪口三昧になる控え室でも、絶対に口を割らなかったらしい。ただ黙り、絶対に話には入らない。話を振られないようにいつも本を読んで、それでも話を振られそうな空気を感じたら、すかさず席を立つ。

 『きついだろうな…』

 Eの気持ちを思うと気の毒で、これで辞めたりしないといいけれど…とKENSOは思っていた。

 ところがだ。

 Eは予想以上に…強かった。

 ある日の試合で、Eはとうとう客の面前でいじめを受けた。その日の試合は3対3にもかかわらず、Eを外した5人がしめしを合わせたように試合からEを外し、Eは全く試合に入れてもらえず、3人もいる対戦相手の手ひとつさわれないまま試合が終わってしまったのだ。

 裏でいじめを受けるのは百歩譲って仕方がないとしても、客の前でそれをうけるのは問題だ。あまりにひどすぎる。

 試合を裏で見ていたKENSOは試合後Eのところに飛んでいった。

 『E。お前、大丈夫か』

 さすがに血相を変えるKENSOに、Eは顔を赤らめ、興奮した表情で言った。

 『すごかっただろ?今日の沸き』

 『・・・。…え?』 

 『俺のダンス。今日は新しいバージョンにしたんだ。試合中も女はみんな俺のケツに釘付けだぜ』

 『というか、試合は…』

 『試合?あぁ、試合ね。あんなもんじゃないの』

 こいつ・・・強い。KENSOはこの時、初めてEの強さを感じたらしい。

 その後、地方での試合で、試合後の深夜、全選手がバスに乗り込んだ。最後にEが乗り込もうとすると、とたんに目の前でバスが発車。唖然とするEの前で、バスの中からは大歓声があがり、彼を置き去りにして次の巡業先へ本当に出発してしまった。

 なんせそこはジャングルのようなど田舎で、タクシーだって走っていない。

 『E。どうやってきたんだ?』

 翌日それでも遅れずに淡々とした表情でフツーに会場入りしたEにこっそりとKENSOが尋ねる。

 『どうやって、って、車でだよ』

 『タクシーあったのか?』

 『ない』

 『じゃどうやって…』

 『隣町まで歩いた』

 『あれじゃホテルもなかっただろう?』

 『でも歩いたら朝になったから』

《朝になっちゃったからホテルもいらなかったって…》と思っていると、Eが時計をみて焦りだす。

 『ケンソー。ジム行こうぜ』

 『だってお前寝てないんだろう?』

 『これ見てくれよ』と言って、Eが正面の鏡で自分にうっとりしながら胸筋をピクピクと上下させる。『こいつがジムを待ってるんだ』

 そうしてジムに行き、帰りにはKENSOにこう言い出す。

 『ケンソー。お前、もうちょっとだけトレーニング続けてくれよ』

 何かと思ったら、そこで出会ったムチムチのお姉ちゃんとトイレで《用》をたしたいらしく、終わるまで待っててくれということらしい。

 あんな目に遭った後で、KENSOはひどく心配していたわけだが、会場までの道すがら、Eはそのお姉ちゃんとの《トイレでの情事》の一部始終を語った。

 『よくその気になれたな』

 『なにが?』

 『いやぁ…だって…寝てないんだろ?』

驚きに目を見開くKENSOに、Eが驚き返している。

 『寝てなくたってあのケツ見たらセックスしたいだろ』

 KENSOは度肝を抜かれた。とにかく落ち込まないし、いじけない。忘れている。びびるほど忘れている。彼は40才近く、既婚者で、二児の父親だが、お姉ちゃんの大きなお尻を思い出し、よだれをすする真似をする。そんな無邪気なEをまじまじと眺めながら、KENSOは涙が出そうになったと言っていた。

 『すごいです…あなた』 

 これでKENSOは、Eを心から尊敬してしまった。何をされても反応せず、必要以上に口を聞かず、Eは寡黙な男に徹していたが、二人の時には案外よく喋る男で、馬鹿だった。控え室では、KENSOの真似をして本を読んだ。開いた、と言ったほうがいいだろう。Eはペラペラペラペラと一時間近くページをめくり続け、結局一行も読んでいなかった。

 一行も読まず、一時間もパラパラと本をめくり続けている方がきつい。

 そんなところでもKENSOはEの精神的な強さを感じてしまう。

 それからもしばらく標的になり続けたEだが、KENSOが絶対にその手の話に入らないし、口を割らない男だということは、彼にも通じたらしく、いつしかEは団体で唯一、KENSOのことだけを信頼し、色々と話をするようになった。 

 それでも若い連中は面白がっていじめを続けていたが、

 『あいつは馬鹿だ。何にも感じてねぇし』

と、Eを笑って馬鹿にするものの、、KENSOを信頼する他のレスラー達も彼を認めるようになってきて、随分といじめの火も弱まった。KENSO同様、《時期》がくるとかえって票を得て、Eをからかい、ペラペラと喋るお調子者の若手レスラーに自然といじめの標的も移ってしまった。

 ひとたび標的から外れ、ファンに大人気のEの周囲には、今度は逆にこびてくるレスラー仲間も増え始めたが、Eは当初から自分に対し好意的だった人間以外は、何をしてくれても徹底的に信頼しなかったらしい。

 『あいつら若いんだよ。バカばっかりさ。仲良しクラブじゃないんだぜ。ここでは銭をかせぐんだから』

以前、一度だけ、Eがぽろりと吐いた率直な言葉だ。

 Eの方が何枚もうわ手だったと、KENSOはこれでまた尊敬した。

 

 彼はシティーではなく、地方都市に住んでいるのだが、時々子供たちや奥さんを呼び寄せる。そんなときには必ず私も呼ばれて、みんなで食事をする。彼は実にいいパパだ。

『ケンソー、ヒロコ。俺はここで銭を稼ぐんだ。一番大事なのは家族だろう?大事な家族に贅沢させて幸せにしてやるんだ』

クリスマスに一緒に行った教会で聞かされたこの言葉に、私たちはとても感動したのだが、一方で彼は、KENSOと二人の時には道行く女のお尻ばかりを見て、いまどき古典的だがよだれをすする真似を繰り返しているらしい。それが巨漢といえる超大柄のおばさんでも、『でかいケツは最高だぜ』と、同じくよだれをすすり、本当に誘ってしまう。

 大きいにもほどがあるのでは…と聞いた私はドン引きするが、KENSOは

 『あいつは動物に近いんだ。本能的だから、したきゃする。関係ないものは関係ない。余計な感情がないんだよ』

と、そんなところも《野生的》と、目を輝かせて尊敬する。

 それにしても、ある意味、彼ほどぶれない人も珍しいだろう。失礼かもしれないが、出身は田舎のストリッパーで、底辺の生活を知っている彼や彼の家族にすれば、捨てるものもない。何が大切か、ぶれないところはすばらしい。

 《人》の言うことは関係ない。人は人、俺は俺。それがここまで徹している人間も日本ではなかなか見られない。

 彼は客が自分に何を求めているのか良くわかっているから、とにかく外見のトレーニングだけはどんな時も欠かさないし、くじけない。周囲がくだらないいじめに騒いでいる隙に、プロレスの猛特訓も続けている。これまでの37年の人生に比べれば少々周囲に何を言われたところで、それで自分の人生の大きなチャンスを捨てるほど馬鹿ではない、というのが彼の生き様なのかもしれない。

 《彼は客が呼べる》

 とは、先代の社長の見る《目》も凄い。その容姿やオーラだけでなく、Eの精神的な強さは、確かに大切なスターの要素に違いない。

 

 因みに、KENSOが日本に帰ることを控え室で告げた日、その場でEは珍しく驚いた表情を見せた。試合後、ホテルで部屋に呼ばれ、行ってみると、

 『あれ、本当か?』

と一言だけKENSOに尋ねたらしい。こくりとうなずくKENSOに

 『もう戻らない気だな…』

と独り言のように言った後、ベッドサイドにおいてあった十字架の前で手を合わせ、ロザリオに聖水をかけ、何か唱えた後、それをKENSOにくれた。

 『赤ん坊が出来るように願ったから。できるぞ。』

 涙が出そうで、お礼の言葉でごまかすKENSOに、またEらしい《オレ節》が炸裂する。

 『ヒロコとは赤ん坊できてないんだろ?』

 『あぁ』

 『大丈夫だ。これでできるから』

 『ありがと』

 『で、お前は何人だ?』

 『え?』

 『お前の子供は何人だ?』

 『だからいないよ』

 『ヒロコとの子供がいなんだろ?他の女の子供は?』

 『…いないけど…』

 『お前、37才で子供ひとりもいないのか?』

 『あぁ』

 『種無しか?』

 『わかんないけど、違う…と思うけど…』

 『だいじょうぶだ。できると主は仰った』そして最後にこう付け足した。『オレは全部合わせて11人だ』 

メヒコの人は堕胎をしないし、とにかく子供を作るので兄弟も多い。異母兄弟がいるのも稀ではないのだが、

やはりこいつは強かった、とKENSOはしみじみ感じ入り、おもわずつぶやいた。

 『まじかよ…』

 『会ったことないの入れたらもっといる』


 KENSOはこのロザリオを今も大切に身につけている。なんせミスターEだけにまんざらでない気がするからだ。 

 『このロザリオは、マジでご利益あるよ。だってあいつだぜ』

 彼は今も、変わらずわが道を歩いているだろう。PCを持ってないし、いまどき面倒くさいとメールもしないので連絡も取れない。それでも彼は間違いなく、今日も淡々とトレーニングをし、鏡を見て自分に酔い、余計なことは全て無視しているに違いない。

 そんなEの姿を想像して笑う私のとなりで、KENSOはEから勇気を貰っている。