他の数あるドラマと同様に、このドラマにも語られざる話の続きがある。今回からは非常に簡潔にではあるが、彼らがその後いかなる人生を歩んだのかを語ろう。

彼らの離別は想像以上に早く訪れた。第12話で小倉友彦とエリ(旧姓:滝川)が帰国して2ヶ月後のことである。ちなみに断っておくが、あの二人はシェアハウスに戻ってきたのではなく、日本で適当な住まいが見つかるまで泊めてもらっていただけである。それに、劇中では全く触れられていないが、エリは当時妊娠4ヶ月であった。

離別といっても、別にお互いうまくいってなかったわけではない。シェアハウスの契約更新ができなかったのである。あの家は井の頭公園駅から徒歩10分という好立地で、周辺も開けているので、取り壊してマンションを建設することになったのだ。もちろん通常ならば借地借家法により、店子を追い出すことはそう簡単にできないのだが、あの家は既に築35年を経過しており(外壁は塗りなおしているので新しそうに見えるが、内部のドアの様子など見れば古い家なのは明らか)、老朽化の正当事由を満たしていたため、彼ら三人(瑠美を入れると四人)は退去して新居を探す羽目になった。

新居探しはことのほか難航した。何しろ三人ともバイト暮らしで、まともな保証人がいるのは岸本瑠可だけだった。第一、家賃が高い。前の家はボロだったので月12万で済んだが、あの近辺で3LDKを借りようとすると月20万はする。三人ともバイトとはいえ仕事もあるし、特に瑠可の場合はモトクロスの練習場が埼玉で、これ以上離れるのは厳しかった。

悩み抜いた末、瑠珂が苦渋の決断を下し、シェアから脱退して練習場近くのアパートに移った。水島タケルと藍田美知留は永福町に2DKを借りて共同生活を続けた。

(続く)
ポルコ・ロッソは、いったいどこへ行ってしまったのか。フィオが語らなかった物語を今ここで伝えよう。

マンマユート団、空賊連合主催による飛行艇のファイトマッチが、ポルコ・ロッソの勝利で幕を閉じた直後、会場をイタリア空軍が襲撃したというのは読者諸氏も知るところであるが、この戦闘が苛烈を極めたことは、意外に知られていない。

空賊というのは主に強盗、誘拐、略奪を生業とする者たちであり、集団での戦闘経験となると全く不得手である。指揮系統もバラバラなので、飛行艇に搭載した砲門がいくら強力であっても、戦闘においては宝の持ち腐れになってしまう。この戦闘で空賊側の飛行艇は約300機、イタリア空軍は150機と、数の上では倍であった空賊連合だが、空軍は正面突破して船団の連携を分断し、混乱に陥った空賊たちを1機ずつ撃墜していった。空賊側は戦闘開始当初から退却姿勢であったため、広範囲への展開が比較的速く行われ、空軍の追撃も夕方前には終わったのだが、それでもこの戦闘で空賊連合は100機近くの飛行艇を失い、500名以上の犠牲者が出た。

難を逃れた空賊たちはしばらくホテル・アドリアーノにかくまわれることになり、ほとぼりが冷めた後に各々のアジトに帰っていったが、イタリア政府はこの事件をきっかけに空賊の掃討作戦を開始し、捜査の手がこの老舗ホテルにも及ぶことになった。経営者のジーナは警察に連行され、ホテルは閉鎖された後、徹底的な家宅捜索がなされた。この際不幸だったのが、フェラーリン少佐が旧友のポルコとジーナに情報を流していたのが明るみに出たことである。少佐は軍法会議にかけられ、死刑は免れたものの、階級を剥奪されて軍刑務所に収監された。

ジーナは3ヶ月にも及ぶ尋問に耐え抜き、やがて空賊連合への積極的な関与がなかったことを理由に釈放された。心身ともに疲れきったジーナを介抱したのはフィオであり、このことがきっかけとなって二人は互いを無二の親友と認め合うようになる。ジーナは自宅であるホテル・アドリアーノに戻ることを許されたが、ホテルの営業再開の許可はいくら経っても下りなかった。やがて第二次世界大戦勃発の機運が高まると、ジーナは家畜を買い入れ、庭を耕して自給自足の生活を始める。フィオはジーナの釈放後にいったんミラノの工場に戻るが、開戦と同時にアドリアーノに移り、ジーナと共同生活することになった。

空賊たちは掃討作戦を機に急激に衰退し、大戦が始まる頃にはほとんど活動していなかった。マンマユート団の中には完全に足を洗い、パイロットとして志願した者も数多くいた。そして知ってのとおり、イタリアは結局敗北し、彼らの多くが還らぬ人となったのである。当時の空賊たちで大戦期を生き延びた者は数えるほどしかいなかった。

ミスター・カーチスことドナルド・カーチスは、例のファイトマッチの後にすぐにアメリカに帰国し、俳優の道を志すことになった。だが、なかなか芽が出ず、5年以上ドサ回りを続けた後に彼が初めて射止めた役は、西部劇の脇役で、上映開始わずか3分で悪役の小物に撃ち殺されるという、なんとも情けない役回りであった。しかし、この後もめげることなく演技に磨きをかけ、次第にまともな役をオファーされるようになり、大戦が終わった頃にようやく主演俳優となる(劇中のポスターが示す作品)。が、主役を得たのはこれが最初で最後であり、その後は目立った作品に出ることなく終わった(主演映画も興行的には失敗であった)。

フィオがポルコの行方について知るのは、大戦が終わって後に彼女がアメリカに足を運んだ時のことである。初主演映画の上映会があるということで、カーチスがフィオとジーナを招待したのだった。上映会が終わった後、三人で食事を楽しんでいる時、ふとした拍子にポルコの話題となり、カーチスが最後に「あんなすごい飛行艇乗りにはもう二度と会えない」という意味のことを口に出してしまった。いぶかしく思ったフィオは、ジーナの制止を振り払ってカーチスに詰め寄り、ついに彼は真相を話すことになる。

彼の話によると、ファイトマッチの後に彼とポルコはイタリア空軍を抑えるつもりだったが、ファイトマッチで既に機体は損傷、弾薬も底を尽きており、彼らの実力をもってしてもそれは容易ならざることであった。しかもポルコの機体に装着された機関銃は、前日から調子が悪かったのである。二人は何よりもまず空賊たちがなるべく遠くに逃げられることを第一に考え、彼らの援護に終始した。1時間ほどの戦闘の後、空賊が散り散りになっていくと、二人を追い回す空軍機が次第に増えていった。ここらが潮時と見た二人は一気に離脱を試みたが、運悪くポルコのエンジンが被弾してしまう。救援にかけつけようとするカーチスを手信号で追い返し、ポルコは再び戦場に戻っていった。全速力で逃げるカーチス。直後、その耳に一際大きい爆発音が響いた。振り返ると、ポルコの赤い機体が木っ端微塵に破壊されたのが見えた。彼は一筋の涙を浮かべながら、持てる力を振り絞って逃げた。そして、夜もふけた頃、ホテル・アドリアーノ付近の海域に着水したのである。

ジーナはこの事実を知っていた。この日のうちにカーチスから聞かされていたのである。彼女は愛する男に先立たれることには慣れていた。それが飛行艇乗りを愛した女の宿命であることを理解していた。しかし、当時まだ17歳であったフィオに知らせるには、あまりにも重い事実である。彼女がポルコからフィオを託されたとき、それをためらわなかったのは、出会ったばかりのこの少女に、自分と同じ道を歩ませたくないという思いが湧き上がったためである。

ポルコ・ロッソは死んだ。既に30の半ばを過ぎ、結婚して家庭も持っていたフィオは、その事実を正面から受け止められるほどに成長していた。しかし、彼はまだフィオの心の中に生きている。彼女が今でも夏になるとアドリア海に向けて旅に出るのは、その現れであろう。
ユウジは情けなくなるほど脆い男であった。30数年の人生において、金と地位だけが彼の支えだったのだろう。その二つを同時に失った彼の苦悩というのは推して知るべしである。次第に性格が粗野になり、美嘉に対して暴力を振るうまでになった。それまで何も言わなかった彼の家族(特に母親)も、わざわざ二人のマンションを訪れては美嘉に嫌味をかまし、ユウジがまともに結婚できないのは彼女に義理立てしているからだとか、彼女がいなくなればもっとまともなところに再就職できるとか、あることないこと言い立てた。

やがて美嘉はユウジのもとを離れる決心をする。身の回りのものをかばんにつめて、マンションを飛び出した。しばらくは行くあてもなくさまよいつづけた。そして、持ち出した金も底をつき、途方にくれて歩いていたある夕方のことである。彼女はふとヒロのことを思い出した。長いこと記憶の奥底に眠り続けていた彼を思い出して、空を見上げた。弘美を身ごもったあの時と同じ空が広がっていた。その時、空に恋したその気持ちが、彼女の脳内に鮮明によみがえった。

帰ろう・・・。まだ私には弘美がいる・・・。

一大決心をして、田原家をめざした。優はともかく、父は簡単には許してくれまい。が、土下座してでも謝ろう。謝って、また弘美との生活をやりなおそう。そう思った。

その日はちょうど日曜だったが、田原家は静かだった。そっと鍵を開けてみるが、一階には人の気配がない。二階に上がってみると、優がそこにいた。彼は少々驚いた様子だったが、やさしく微笑んで「おかえり」を言ってくれた。素直に謝ると、優はやはり彼女を許した。元来、彼の頭には美嘉の幸せしかない。勝治は所用あってその日は留守にしていた。

が、この頃、美嘉は異変に気づいた。弘美がいない。優に聞いてみると、彼はいったん黙って、それから重い唇を開き始めた。・・・2年前、急性の肺炎だったそうだ。あまりに突然だったので、彼も勝治も手の打ちようがなかった。優は美嘉を階下に案内し、田原家の仏壇の中にある、新しい位牌を指差して、「あれが弘美だ」と言った。

あまりのことに美嘉は言葉が出なかった。もう息すらまともにできていない。それでいて全然苦しくもない。身体全体が紙粘土でできているかのように、彼女は虚無の塊になってしまった。とりあえず、その日は田原家に泊まることになったが、夜になっても寝付けない。自分が起きてるのかどうかもわからなかった。

翌朝未明、彼女はふらふらと田原家を歩き出た。時間が早すぎて、通りに人がいないのがせめてもの救いだった。人が彼女を見たなら、幽霊か化け物が徘徊していると勘違いしただろう。そのまま駅のホームによじ登り、貨物列車が通過する直前、身を投げた。即死。遺体は修復困難なほど、線路上に四散していた。

こうして美嘉の物語は終わりを告げた。