今朝のニュースはいろいろ興味深かったので、少しずつ所感を書いていこうと思うです。
スタンリー・ウィリアムズ元死刑囚の死刑が執行されたというニュース。
死刑執行の中止を要請する権利を州知事が持っているのため、シュワちゃんの選択に注目が集まっていました。
この件はどうしても「死刑制度是非問題」なども絡められて報道されてしまうため、非常に難しい選択だったと思いますが、あえて「死刑制度の是非」は別モノとして考えたい。
ノーベル平和賞や文学賞に何度も推薦されるほどの功績を残したとしても、彼の犯した罪が消えるワケではないと思う。
それは彼自身が一番良くわかっていたんじゃないかな。
だから、ウィリアムズ氏自身は本当に減刑されてしまうことを望んではいなかったと思う。
まぁ、人の幸せが何かなんてのは、想像することはできても本人じゃないとわからないし、本当は減刑を渇望していたかもしれないんだけどね。
アタシはシュワちゃんの選択を支持するよ。
かといって、減刑運動がムダだったとは思わない。
「減刑を求める嘆願運動」が彼の日常に暖かい何かをもたらしていたのは間違いないと思う。
【ギャング時代->ノーベル賞候補のウィリアムズ氏を知る映画】
- エスピーオー
- クリップス
【死刑の是非について考えてみたいアナタにオススメの映画】
- ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
- ライフ・オブ・デビッド・ゲイル
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11:15追記
一点勘違いしてました。
最初から最後まで「無罪」を主張していたのですね。
本当はやってないかもしれない。ギャングだから疑われたのかもしれない。
死刑を執行してしまえば、真実を明白にすることが難しくなる。
でも、彼の減刑を嘆願するためには、「死刑の是非」を訴えるのではなく「彼の無罪」を訴える行動でなければ州知事側も要望を受け入れることはできないと思う。
こういう言い方もなんだけど、
死刑の是非問題を絡めてしまったのは(焦点がぼやけてしまった分)、戦法としては失敗だったんだと思う。