外に出ると、店の入り口を素通りするレナに、どこに行くんだろう、とセラは疑問に思った。居酒屋はちょうど道の角にあるため、横から店の裏へと回ることができる。レナは庭にあるテラス席へとセラを連れて行った。
枝につるされたいくつかのランプがオレンジ色の光を発する中、木に囲まれた庭に4つほどのテーブルがあるのを確認できた。
近づくとそのうちの一つから、こちらに向かって声が上がった。
「レナちゃん、今日はもういないかと思ったよ」
「ごめんなさいね、他のテーブルにいたのよ」
そう言ってこちらに向かってきた男が、Baci(バーチ)と呼ばれるこの国独特のあいさつをレナと交わす。実際には頬の横で音を立てるだけなのだが、セラにはまるでキスをしているようにうつるので、何となく気恥かしくて目のやりどころに困る。席にはあと2人の男がいるが、いずれも身なりが良い。
「こちらのお嬢さんは、新人さん?」
「私の妹分なの。可愛いでしょう、セラっていうの」
(い、妹分・・・・!?)
セラが答えるよりも早くレナが紹介すると、一緒に席につくように促す。
「あ、でもこの店の店員じゃないから、手は出しちゃだめよ」
妹分、という言葉で内心焦っていたセラは、レナが訂正してくれたことによってほっとした。
「なんだ、こんな可愛い子なら絶対すぐ売れっ子になれるのにね」
「あはは・・・・」
お世辞か冗談かわからないが、そう言ってウィンクしてくる男性に何と言ったらいいのかわからず、セラは曖昧に笑ってごまかした。
「口説いたって無駄よ、彼がいるんだから。・・・・・その彼のためにお洒落したんだけどね、自信がないんですって」
「そんなのいらない心配だよ!彼がいないんだったら、僕が誘おうと思ったくらいなんだから」
「ほんとほんと、こんな可愛い子が彼女だなんて、羨ましい!」
「ええっと・・・・」
そう言ってワイワイ騒ぐ男たちに、面と向かってここまでほめられると、お世辞と分かっていても頬が赤くなるのを隠せなかった。少々軽薄な雰囲気の男だが、ほめられている以上嫌がるのもおかしい。その上、いつの間にか両隣りにセラを挟みこむように男性が座っていて、簡単に出れなくなってしまった。シリウス号も男しかいないが、かといって知らない男にまで免疫があるわけでないセラは、どうしたらいいのかわからず助けを求めるようにレナを見た。
「・・・・だって、セラちゃん。だから言ったでしょ、心配いらないって。だいたいシンもシンよね。他の女と話してばかりいないで、自分の彼女ももっと大事にしないと、そのうちセラちゃんに愛想尽かされちゃうんじゃないかしら」
「何だ、彼は浮気なのかい?だったらオレと――」
「俺と、なんだ?」
「・・・・シンさん!!」
どうしようとセラが焦っていた時、絶好のタイミングでシンが現れた。ただし、思いっきり眉根を寄せ、かなり怒っている様子だが。
それでも、慣れない状況でうれしいのと恥ずかしいのと、とにかく困り果てていたセラにとってはそんな怒れるシンでも救世主に見えた。やっとこの場から抜け出せる。
シンはセラの腕を掴んで立たせると、男の足を踏みそうになってあわてるセラにかまわず席から引っ張り出した。
「!?あぶない・・・・!」
そのまま何も言わずに踵を返しセラを連れて行こうとする背中に、男の声がかかる。
「おいおい、そんな乱暴にしたら嫌われちまうぞ」
「恐い彼氏さんだねー。嫌になったら、いつでもおいで」
その言葉に振り返り男たちを睨みつけて何か言おうとしたシンだったが、一緒にいるレナに目をとめると、彼女めがけて一言だけ言った。
「・・・・こいつに何かあったら、お前らを打ち抜いてるところだ」
「シ、シンさん!そんな言い方しなくっても!!」
低く言うシンに、セラがとがめる声をあげる。それだけを言うと、シンはあとはみんなに目もくれず、つかんだ腕をそのままにセラを庭の外まで連れて行った。
「シンさん、痛いです・・・・!腕離して・・・・っ」
「うるさい」
外まで連れ出されると、あっという間に夜闇に包まれた。出てきた勢いのまま唐突にくるりと振り向いたシンにぶつかりそうになり、あわてて止まろうとしたが間に合わなかった。
「わっ・・・シン、さん・・・」
真下から見上げたシンの眉間にしわが寄っているのを見て、身がすくむ。思わず2,3歩後ずさって背中が壁に触れると、石壁のひんやりとした冷たさが服越しに伝わってきた。
「・・・・おまえは、何をしているんだ」
今でてきたところからわずかに漏れる光以外、辺りは真っ暗闇だった。その光が、かすかにシンの左頬を照らしだす。
「何って・・・・レナさんたちと、ただ話をしていただけで・・・・」
「そんな、男を誘う格好でか?」
「あっ・・・・!」
シンが来てからの急展開で、すっかりそのことを忘れていた。そうだった、シンに見てもらうのが不安で、それで他の人に見てもらおうということになって―――
「ちょっと、シン!」
その時、あわてた様子でレナが庭から出てきた。微笑もうと努力しているようだが、シンに射るように睨みつけられて少々ひきつった笑顔になっている。
「お前は、こいつに何をやらせようとしていたんだ?」
「言っておくけれど、シンが心配するようなことは何にもないわよ。私はただ、この子があんまり自分に自信がなくて、不安そうにしているから、自信をつけさせてあげようとしただけ」
「ほう、それでどうして、他の男にこいつを会わせる必要があるんだ?」
「・・・・私がいくら大丈夫って言っても、この子が似合ってるかどうか心配してたからよ。どうせあなた、普段からこの子のことからかってばっかりなんでしょう?だから自信をなくすんだわ。大切なら、もっと大事にしてあげなさいよ」
「・・・・本当か、セラ?」
「・・・・はい、そうなんです・・・・、たまには、少しはおしゃれしてみたいなって思って、レナさんに手伝ってもらって・・・・」
シンが再びレナに視線を戻すと、彼女は挑むようにシンを見ている。セラの言うことは本当だろう、先ほどの席でレナをかばうような言葉から、セラが彼女に好意を持っているのがわかった。しかし、セラは甘い、とシンは思う。普通何の理由もなく、こんな今日会ったばかりの人間に親切にするわけもないだろうに。
「お前の言いたいことはわかった。だが、それだけじゃないだろう?」
「・・・・」
彼女は、しばらく挑むような視線でシンを見つめていた。が、ふいと視線を落とした。そして、
「・・・・どんな女なのか、興味があったのよ・・・・」
「え・・・・?」
静かに聞くシンの横で、そうぽつりと言った彼女にセラが小さく疑問の声をあげた。
なんか王道な展開ですけれどね、想像力貧困なもんで(-_-;) あと1話くらい?続きます。
今やっているイベント、ところどころに出てくるシンさんが可愛いです。
ハヤテに人形をもらって嫉妬するシンと、
「誰がお前と行くと言った」と言いながら、ハヤテと一緒に昼食食べに行くシンさん(´ω`)
補足:Baciは、イタリア語で、”キス”(複数形)です。ラテン系?のあいさつでしょうか。イタリア男のウィンクのうまさは何なのかと思う。