中秋の名月の頃
第二回 『祈りの集い』 しとやかな秋の日に
比叡山延暦寺にて
とても素敵な時間を過ごさせてもらいました。
祈りの集い2013
今年の夏の終わりは 雨が続く天候
夕方には雷の洗礼も受けながら 笑
それでも集いの始まる頃には、しとやかな空気に移り変わり
比叡山総本堂 根本中堂にて、
祈りの集い 静寂の中 はじまりをむかえました。
『依心より依所』
この比叡の地に身を委ねるだけで
自分のこころの在り方が変化してくる事を
きっと誰もが感じてくれたに違いない
1200年の時を越えて、この比叡山延暦寺は、今も変わらず
比叡山延暦寺で在り続けている。
時の流れの中、変化と共に、それでも大切なそのすべては、
比叡山の僧侶の方々によって、ずーと守られ続けているんだ。
昨年の夏の日、誰もいない中堂にて、
比叡山執行と二人、
静かな時間をご一緒させてもらったことがある。
この静寂の中、此処にある自分を感じる時間が
とても好きなんですと独り言の様に
執行にお話させてもらったのを覚えている。
毎朝、根本中堂から始まる 朝事 の時間が大好きで
前夜ぎりぎりに比叡山に上がる事も度々だったりだ。
『森友さん、今森友さんが感じられているそれは、そして此処は
1200年前とまったく同じなんですよ。
そこに最澄様は座っていらっしゃったんですよ。
そして、今も変わらないこの比叡を感じていらっしゃいました。』
はっとさせられた。
そうなんだ、この比叡山は1200年前 最澄様が
この場所で祈りを捧げたその時間と今も同じままなんだ。
守られ続けている。
時代の流れと共に進化という名の下に
変化し続けるあらゆる形の中、
あり続ける不変のひとつが此処には在る。
その理由は、
この場所に自分の身を置いた人にだけ、わかる事なんだろう。
『依心より依所』
この言葉の意味は、この比叡山を感じれば感じる程に深く優しく育っていく。
雷の洗礼からはじまったこの日 『祈りの集い』は
比叡山延暦寺 僧侶のみなさまによる声明からはじまった。
一部の後半では 歌唱奉納があった。
昨年は比叡山イメージソングとして書き下ろした
『雨上がりに咲く虹のように』
を奉納させていただいたんだけれど、
今年は 国歌である 『君が代』を奉納させて頂いた。
君が代は元々、長寿を願う歌で、古今和歌集に登場する国歌としては最古のもの。
日本において、国歌と定められたのは、明治の頃で、
国歌を決める際に万民が知ってる歌として選ばれたものなんだそうだ。
古来より、人を想い伝えられてきた歌なんだよね。
比叡山根本中堂では、日々 国家の安泰、そして世界の人々が幸せでありますようにと祈っておられ、また人を育て、良い教えをいつの世までも伝えよという伝教大師さまの想いが、不滅の法灯に込められていて、今回その御前でみんなと一緒に、共に願い、共に歩もうとする気持ちで、これからも長く長く、平安な日本である様にと、また皆の心身安穏を祈念して奉納させてもらった。
君が代は、千代に八千代に
さざれ石の巌となりて苔のむすまで
短い文章だけれど、ここに永久を願う想いが込められてる
大切なのは、いついつまでも、細い石が大きな岩となり、それにさらに苔が生える程までに長く長く続きますようにということなんだよね。
歌の意味を知れば知るほどに、
届け方や歌い方が自然と変化してくる
今回もまた新しい瞬間を感じさせていただいたな。
2部では昨年に引き続き弾き語りのLIVEを。
一曲一曲、思いつくままに 歌っていった。
今年は少し話もながかったかな 笑
なーんにも決めず、流れのままに流れていく
この祈りの集い、比叡山でしか味わえない時間がここにはあるんだ。
それぞの心にそれぞれに歌が声が響き届いていく
ほんとうに特別な時間が流れていく。
伝えたいことや、届けたいものがたくさんある。
だけれど、言葉で説明する事でもわたす事でもないような気がしていて、
自分でやって来て、自分の心で受けとったり、気付いたり
それぞれに必要なものがみーんな違う。
出会うことがきっとなにより チカラになるように感じてる。
誰からでもなく、自分自身が教えてくれるんだ。
考えることに間違いはあっても、思うこと、
感じることに間違いはない
おれたちの日常は、スケジュールと目的に 縛られてたりだ。
行き先も何のためでもなく、
ただそこに身を置いてみるという、心の旅につつまれていたい。
祈りの集いは そんな縁のはじまりでもあったり
自分の心に響く声を大事にして欲しいなと思う。
LIVEではいろんな話もしたなぁ
話が長くてごめん、許せ 笑
アンコール最後は、この比叡山を
『心のふるさと』にして欲しいという
おもいを込めて、『ふるさと』を
何十年ぶりに歌ったんだろ
だけど、はじめての『ふるさと』が生まれ、響いたな。
自分のうたに感動してた。笑
こんなことも、そうそうない。笑
『祈りの集い』ではいろんなものに気付いたり、
いろんなものが生まれたり
いつもたくさんの素敵をいただいてばかりなんだ。
いつかなんて思ってる奴らは、
是非、明日!笑
なぜって、そうすれば、きっと明日が変わるから。
比叡山はみんなのこころのふるさと。
参加してくれた皆さん、ありがとう。
共に過ごせた時間に感謝です。
この二日間が皆さんの未来にずっとずっと響き渡りますように
そして最後に この『祈りの集い』
比叡山の皆様と共に想いを重ねる事の出来るこの機会に、
比叡の流れ行く時間に、そして何より執行はじめ、
比叡山の皆様のお心遣いに心より感謝申し上げます。
緑と風につつまれた比叡の山で
また皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。
比叡山親善大使 森友嵐士
第二回 『祈りの集い』 しとやかな秋の日に
比叡山延暦寺にて
とても素敵な時間を過ごさせてもらいました。
祈りの集い2013
今年の夏の終わりは 雨が続く天候
夕方には雷の洗礼も受けながら 笑
それでも集いの始まる頃には、しとやかな空気に移り変わり
比叡山総本堂 根本中堂にて、
祈りの集い 静寂の中 はじまりをむかえました。
『依心より依所』
この比叡の地に身を委ねるだけで
自分のこころの在り方が変化してくる事を
きっと誰もが感じてくれたに違いない
1200年の時を越えて、この比叡山延暦寺は、今も変わらず
比叡山延暦寺で在り続けている。
時の流れの中、変化と共に、それでも大切なそのすべては、
比叡山の僧侶の方々によって、ずーと守られ続けているんだ。
昨年の夏の日、誰もいない中堂にて、
比叡山執行と二人、
静かな時間をご一緒させてもらったことがある。
この静寂の中、此処にある自分を感じる時間が
とても好きなんですと独り言の様に
執行にお話させてもらったのを覚えている。
毎朝、根本中堂から始まる 朝事 の時間が大好きで
前夜ぎりぎりに比叡山に上がる事も度々だったりだ。
『森友さん、今森友さんが感じられているそれは、そして此処は
1200年前とまったく同じなんですよ。
そこに最澄様は座っていらっしゃったんですよ。
そして、今も変わらないこの比叡を感じていらっしゃいました。』
はっとさせられた。
そうなんだ、この比叡山は1200年前 最澄様が
この場所で祈りを捧げたその時間と今も同じままなんだ。
守られ続けている。
時代の流れと共に進化という名の下に
変化し続けるあらゆる形の中、
あり続ける不変のひとつが此処には在る。
その理由は、
この場所に自分の身を置いた人にだけ、わかる事なんだろう。
『依心より依所』
この言葉の意味は、この比叡山を感じれば感じる程に深く優しく育っていく。
雷の洗礼からはじまったこの日 『祈りの集い』は
比叡山延暦寺 僧侶のみなさまによる声明からはじまった。
一部の後半では 歌唱奉納があった。
昨年は比叡山イメージソングとして書き下ろした
『雨上がりに咲く虹のように』
を奉納させていただいたんだけれど、
今年は 国歌である 『君が代』を奉納させて頂いた。
君が代は元々、長寿を願う歌で、古今和歌集に登場する国歌としては最古のもの。
日本において、国歌と定められたのは、明治の頃で、
国歌を決める際に万民が知ってる歌として選ばれたものなんだそうだ。
古来より、人を想い伝えられてきた歌なんだよね。
比叡山根本中堂では、日々 国家の安泰、そして世界の人々が幸せでありますようにと祈っておられ、また人を育て、良い教えをいつの世までも伝えよという伝教大師さまの想いが、不滅の法灯に込められていて、今回その御前でみんなと一緒に、共に願い、共に歩もうとする気持ちで、これからも長く長く、平安な日本である様にと、また皆の心身安穏を祈念して奉納させてもらった。
君が代は、千代に八千代に
さざれ石の巌となりて苔のむすまで
短い文章だけれど、ここに永久を願う想いが込められてる
大切なのは、いついつまでも、細い石が大きな岩となり、それにさらに苔が生える程までに長く長く続きますようにということなんだよね。
歌の意味を知れば知るほどに、
届け方や歌い方が自然と変化してくる
今回もまた新しい瞬間を感じさせていただいたな。
2部では昨年に引き続き弾き語りのLIVEを。
一曲一曲、思いつくままに 歌っていった。
今年は少し話もながかったかな 笑
なーんにも決めず、流れのままに流れていく
この祈りの集い、比叡山でしか味わえない時間がここにはあるんだ。
それぞの心にそれぞれに歌が声が響き届いていく
ほんとうに特別な時間が流れていく。
伝えたいことや、届けたいものがたくさんある。
だけれど、言葉で説明する事でもわたす事でもないような気がしていて、
自分でやって来て、自分の心で受けとったり、気付いたり
それぞれに必要なものがみーんな違う。
出会うことがきっとなにより チカラになるように感じてる。
誰からでもなく、自分自身が教えてくれるんだ。
考えることに間違いはあっても、思うこと、
感じることに間違いはない
おれたちの日常は、スケジュールと目的に 縛られてたりだ。
行き先も何のためでもなく、
ただそこに身を置いてみるという、心の旅につつまれていたい。
祈りの集いは そんな縁のはじまりでもあったり
自分の心に響く声を大事にして欲しいなと思う。
LIVEではいろんな話もしたなぁ
話が長くてごめん、許せ 笑
アンコール最後は、この比叡山を
『心のふるさと』にして欲しいという
おもいを込めて、『ふるさと』を
何十年ぶりに歌ったんだろ
だけど、はじめての『ふるさと』が生まれ、響いたな。
自分のうたに感動してた。笑
こんなことも、そうそうない。笑
『祈りの集い』ではいろんなものに気付いたり、
いろんなものが生まれたり
いつもたくさんの素敵をいただいてばかりなんだ。
いつかなんて思ってる奴らは、
是非、明日!笑
なぜって、そうすれば、きっと明日が変わるから。
比叡山はみんなのこころのふるさと。
参加してくれた皆さん、ありがとう。
共に過ごせた時間に感謝です。
この二日間が皆さんの未来にずっとずっと響き渡りますように
そして最後に この『祈りの集い』
比叡山の皆様と共に想いを重ねる事の出来るこの機会に、
比叡の流れ行く時間に、そして何より執行はじめ、
比叡山の皆様のお心遣いに心より感謝申し上げます。
緑と風につつまれた比叡の山で
また皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。
比叡山親善大使 森友嵐士