皆様こんにちは。
いつも心にハムラビ法典を。そんな物騒なスローガンを内に秘め、日々を前のめりに生きている男もとい漢、マスターTでございます。
ハムラビ法典とは、バビロニア王国のハムラビ王が紀元前1800年に発布した、現存する世界で2番目に古い法典のことです。何てウンチクよりもこのセンセーショナルな言葉の方がよっぽど、あ~あれね、と手のひらをポンしてロンして頂けると思います。
『目には目を、歯には歯を』
本来の趣旨は『倍返しのような過剰な報復を禁じ、受けた被害と同等の懲罰にとどめておくことで、報復の連鎖を防ぐ』ことにあったようですが、血に飢えてすっかり正気を失いかけている現代人は『やられたらソッコーやりかえせ!』『ビル2つぶっ壊されたから戦争仕掛けるんじゃ!』という、歪みがラビリンスで手に負えない解釈をしてしまっているようです。誠に嘆かわしい限りなんですが、こんなに知った気になっている私の心の中のハムラビ法典にもやっぱり『万引き犯には死の鉄槌を』という、本来の趣旨を異常なまでに逸脱している文章がザックリと血文字で刻まれています。
しかしホントに手癖の悪い小僧ごときに死の鉄槌を振り下ろしてしまっては、残りの人生と秤にかけるまでもなく割りに合わないばかりか、すでに実践に移しているどこかのバイオレンスなコンビニ店員の二番煎じと思われても癪なので、最近は少しでも挙動不審な人を店内で見つけたなら、往年のデトロイト・ピストンズも真っ青の超タイトなマンツーマンディフェンスを敢行することにしています。お陰様で万引きの兆候すら見られない昨今なのですが、脇が大甘だった過去には、万引き犯と八王子の繁華街をリアル鬼ごっこに興じたこともありました。以下は全て実話でございます――。
後に判明したことなのですが、私とリアル鬼ごっこをしたこの万引き野郎は、某有名大学の野球部員でしかもバリバリのレギュラー。おまけに打順は1番だったんだそうな。対する私はと言うと、弱小バスケ部キャプテンにしてついたあだ名が『夜のポイントゲッター』。ボールをゴールに叩き込むよりも、女子を部屋に連れ込むその手腕に仲間から大きな期待を寄せられていたという、いっそ土に還してしまった方が世の為人の為になるんじゃねえかという生粋の下衆野郎でござます。勝負は始まる前から既に決していたようなものでしたが、そこで心に深く刻んだハムラビ法典『万引き犯には死の鉄槌を』が私をアグレッシブに援護してくれます。
追いかけ始めてすぐ、脚力に差があると感じた心のハムラビ法典はすぐさま脳内麻薬エンドルフィンを大量投下。走り出してから僅か数秒でランナーズ・ハイに陥った私は、万引き野郎との距離を見る間に詰めていきます。後ろを振り返り、驚愕の表情を浮かべる万引き野郎。さあ野郎の背中にもうちょいで手が届くというその時でした。
「あんら~。Tちゃんじゃないの~。そんなに一生懸命走ってどこ行くつもりかしら~」
アニマル浜口そっくりの声と風貌。知り合いのオカマちゃん、ターザンさんです。連れのこちらも無意味に屈強なオカマちゃんと二人掛かりで私を羽交い絞めにしやがります。普段なら抵抗虚しく奴らの巣穴に連れ込まれるところですが、この時もハムラビ法典はエンドルフィンを10リットルほど脳みそに丸投げする追加措置を即断即決します。
「ぐぬゅあああー!どげぇぇぇい!!ごぉのカマやろうどもがぁぁぁ!」
エンドルフィンの過剰摂取で、ほとんどサイコ野郎と化した私の形相に、オカマ2人は恐れおののき、絡めていたボンレスハムのような二の腕を慌てて解きます。
「ぎょどぶあがおがばぁ!ごぼげでど!(この馬鹿オカマ!覚えてろ!)」
日本語すらままならなくなった私ですが、それでも残された僅かな本能で万引き野郎を再び追跡します。しかし、駅前の旧マルイビル(その頃はまだマルイが営業中)近辺で完全にその姿を見失ってしまいました。
あまりの怒りに、暮れなずむ空を見上げてプルプルと打ち震える私。そこへキャバクラのキャッチと思しき小太りのおっさんが胡散臭い笑みを浮かべながら近づいてきます。
「ようよう、兄ちゃん兄ちゃん。アンタが追ってた奴なあ、マルイB館の地下に逃げてったと思うぜ。でなあ、多分、便所でほとぼりが冷めるのを待ってると思うんだよ。それと言うのはなあ・・・・・・」
今にして思えばおっさんはただの憶測を耳打ちしていただけなんですが、その時の私ったら身も心もすっかりサ・イ・コ。なので話を最後まで聞かずに猪突猛進でマルイB館の地下に降り立ち、男子便所に直行します。目の前に並ぶのは3つの個室。うち奥の一室だけ、まるでミスリードを助長するかのごとく鍵がかかっているではありませんか。
「チェェェストォォォォ!!」と叫んだかどうかは定かではありませんが、私は問答無用でトイレのドアに渾身の蹴りを炸裂させます。この時点で私は器物損壊の罪を犯し、窃盗の罪を犯した万引き野郎とどっこいどっこいの境遇になるわけですが、心のハムラビ法典はイッツノープロブレム!といった感じで、じゃんじゃんエンドルフィンをバケツリレーで手渡してくれます。
2度3度と蹴りを見舞ううちに蝶番が吹き飛び、ドアが内側に倒れます。中にいたのは言うまでもなく、万引き野郎とは似ても似つかないスーツ姿の中年男性でした。
「にゃんにゃにょーにゃにっちゃいじょごでゃー!!(あんにゃろうは一体どこだー!!)」
「はい、お兄さん落ち着いてねー。話はゆっくり交番で聞くからねー」
ギョッとして振り返ると、そこには制服警官が3人と、何故か私をこの場に導いたキャッチのおっさんがいらっしゃいました。
そこからは、日本語がすっかり話せなくなっている私の変わりに、キャッチのおっさんが状況を説明してくれ、そこに私がカタコトの日本語で、オイカケテルヤツハマンビキハンナンデースと補足をし、理解を示した警官は無線で応援を呼びかけてくれました。結局、その応援無線の遣り取りをしている警官の姿をたまたま目にした万引き野郎がビビッて自首をし、一件落着となるわけなんですが、
「こんなに必至に追いかけるってことは、相当な被害が出たってことだよね、お兄さん?実際の被害状況を教えてもらっていいかな?」
この警官の一言に、ようやく日本語を思い出してきた私は素直に答えます。
「はい。1050円です。取られたものはベースボールCAP一つです」
今度は私が集まった警官に、寄ってたかって懇々と説教をくらいましたとさ。
どうでしょうか皆様。たかだか1050円の商品一つでこんなにもムキになれる心のハムラビ法典というのは。これからもこのハムラビ法典の琴線に触れる出来事がありましたら、もうちょっと編集をタイトにお伝えしていこうと思う次第でございます。