一夜
京子にとって薫が入社してくるまで、職場の女性はオフィス機器か事務用品に過ぎなかった。
京子はいわゆるオツボネ様ではあったが、
他のオフィス機器や事務用品達が仕事に没頭して女を捨てて行く中では常に身綺麗にしていたし、
それこそ若い頃には蝶よ花よの扱いを男性教員に受けていたので、
今や最年長女子社員ではあったが、
彼女は自分の容姿や物腰には絶大な自信があった。
しかし、
二年前、
薫が入社してきた時から彼女の世界は少しづつ、
そして確実に崩れ始めた。
薫は、京子よりは若いと言っても子供は高校生と中学生だ。
ただ、よほど生活に苦労しなかったのか、
上の息子と並んで歩いていても歳上の恋人か姉くらいにしか見えない不自然なまでの若々しさで、
逆に彼女を入社させた女性社員とは幾つかしか違わないのに、親子程も歳が離れているように見える。
特に若々しいのは、その声で電話口から聞こえる彼女の声は少女の様にしか聞こえない。
京子は容姿もそうだが、なによりも自信をもっていたのが、その美しい声だった。
しかし、平均年齢が年々上がって行くこの職場では、
完成された大人の美しさよりも、
あどけないとまで言える薫の声や容姿の方が遥かに目立つのは仕方の無い事だろう、
京子とて、そんな事は十分承知しているのだが「綺麗な声ですね」と誉められる事がめっきり減ってしまったことには根本的な喪失感を感じ無い訳にはいかないのだ。
何故なら、通常において薫タイプの女性は兎角仕事が出来ない事が多い(京子もそうだ)にも関わらず、
薫は入社一月目にして会社の新人営業ギネス記録を大きく更新した。
この記録は社長曰く10年は破られる事は無いとされた大記録だった。
更に二年経った今。
薫は来年こそは全営業チャンピオン間違い無しとされるトップ街道独占状態でさえある。
少なくとも京子は、仕事面で薫と張り合うつもりは無い。しかし時に最低限ついて行かねばならないこともあった。
それは社員旅行なのだが、会社のシステムで上位と下位での扱いは極端に違った。
場合によっては惨めに留守番になることさえあり得るのだ。
仕事面には大した価値観を持たない京子だったが、
オフィス機器や事務用品達が頻繁に内外の旅行に無料で行けると言うのに、
自分だけが留守番になる事だけは今回も避けたかった。