Reberth 2 ―悪魔くんの影― | 背徳的✳︎感情論。

































*side Jun





「………で?」

不機嫌な顔で睨まれ、俺は ちょっと口を噤んだ。

目の前にニノがいる。その隣にはサトシ。あの頃と変わらず、こんな時でも二人は寄り添って立っている。

そして、俺と彼らの間で白い顔をして眠っている、もうひとりの“ニノ”

「ニノ…だよね」
サトシが もうひとりの“ニノ”の傍らに しゃがみ込んで呟く。
「だろ? 人間界で見つけたんだ。電気の力も使ってた…
サトシがいないって 酷く狼狽えてて、俺に絡んで来たから とりあえず吹き飛ばして魔界に連れてきたんだけど…」

魔界には ちゃんとニノがいた。

「じゃあ このニノは…」
言いながら、サトシは眠っている“ニノ”の前髪を指で梳いた。
そんなサトシの肩を掴んで、ニノが自分の側に彼を引き寄せた。


「で、だからなんなの?」
ニノが生まれた大樹のある草原。風は凪いで穏やかなのに、ニノの口調は冷たい。
「いや、俺は、オマエが人間界で迷子になってんのかと思って… だから連れて来たんじゃんか」
「俺ならここにいるだろ。ならもう用はないよな? 人間界に戻して来いよ」
邪魔だと言わんばかりに睨まれ、俺は怯む。
彼にとっては、もうひとり自分がいることも、俺が目の前にいることも苛立つだけなんだろう。
俺のことは相当根に持ってるみたいだし。

「ちょ、ちょっと待ってよニノ!」
そんなニノの胸に手を当てて、サトシがやっとって感じで口を挟み、
「これはニノだよ」
未だ目を覚まさない“ニノ”に視線を落とした。
「そ、そうだぞ。オマエなんだぞ」
サトシに便乗して俺も声を大きくする。
「だったら何?」
ニノは鋭い眼光で真っ直ぐに俺を射抜く。

サトシには甘いクセに…

俺は歯噛みして、
「こ、これはオマエ自身なんだぞ? なんでそんな ぞんざいに扱えるんだよ」
彼を非難して言った。
「俺はここにいる」
彼は冷たい表情を崩さない。
「あのな…
これは俺の推測だけど、オマエが生まれた あの日、人間界でも デカイ雷が落ちたんだよ。あの時、魔界と人間界が通電して、人間界に残ってたオマエの残留思念が実体化したんだと思う」
「ニノの残留思念…」
俺の言葉にサトシが息を潜めた。
「そう。サトシと…悪魔と長い間一緒にいたから、普通の人間より それが深く焼き付いてたんだ。
だから、これは、オマエの残した影なんだよ。オマエの記憶と性格を色濃く残してる。
…目が覚めて、サトシがいなくて、探して、ひと月以上 さ迷ってたんだ… 自分のことも分からないのに」
俺は推測を断定して話し続けた。それでもニノの表情は変わらない。

「俺の影なら、ほっとけば その内 消えんだろ」
「オマエなぁ…」
「ニノ…」
「他に どうしろって言うんだよ? 影が消えるまで サトシと3人で一緒に過ごせってか?
冗談、サトシが側にいれば、この影は消えるどころか、一層 濃くなる」

ニノの言葉に、俺はちょっと顔を歪めた。

それは、それだけオマエがサトシに執着してるってことを 暗に告げてんだけど…

自分のことは自分が一番よく分かってるってことか…

俺は大袈裟に息を吐き出して、
「分かった。余計なことして悪かった。
…コイツは このまま人間界に戻すよ」
影の“ニノ”を指差して言った。それに強く頷くニノ。

「ちょっと待って、なんでそうなんの」
そんな俺たちに、サトシが強い口調で割って入る。
「なんでって、それしかないんだよ。俺が二人になってもいいの?」
口を尖らせるニノ。
「それは…
でも、でも、こっちもニノなら、俺の大事なモンに変わりないよ、ほっとけないよ」
「サトシ…」
サトシの気持ちに、ニノの表情が僅かに弛んだ、その時、
「…サトシ…?」
眠っていた“ニノ”が目を覚ました。















「サトシ…!」
ガバッと身体を起こし、飛びつくようにしてサトシに抱きつく“ニノ”。
「探した…なのにいなくて、俺、俺、」
「ニノ…」
それを受け止めるサトシ。その隣で ぴくっと眉を吊り上げるニノ。
パチパチと細い電流が辺りに走る。
なのに“ニノ”にはサトシしか見えていない。

「契約、したんだから、サトシは俺のモノなのに、なんで居なくなったりするんだよ」
“ニノ”が言って、サトシを一層 強く抱きしめると、
「残念、これは俺んだ」
ニノは片手でサトシを引き剥がして自分の後ろまで引きずり、“ニノ”に向かって いきなり放電した。
「なっ…!」
強い力に吹き飛ぶ“ニノ”。その目にようやく、自分と同じ姿をしたニノが映る。けれども彼も、それを敵だとだけ判断し、すぐに反撃に出た。

ぶつかり合う閃光。
でもやっぱり、悪魔のニノの力の方が格段に強い。

「待て、ニノ! 自分と戦ってどうすんだよ!」
慌ててサトシが止めに入るけど、その言葉は届きそうにない。
「自分の影にまでヤキモチ妬くんだもんなぁ」
そんなサトシを無理やり安全なところまで引っ張りながら、面白がって呟くと、
「潤、なぁ、止めてよ二人を」
彼は俺を見つめて叫んだ。
「んなこと言っても…」

俺には関係ないし…

それに自分自身にも容赦しないニノは、正に悪魔だ
サトシよりずっと、悪魔らしい悪魔

「分かりやすくて面白いな、アイツ」
くくっと喉を鳴らすと、
「潤!」
サトシが俺を睨みつけて怒鳴った。
「なんで俺が止めなきゃいけねぇんだよ。サトシが自分で止めればいいだろ」
「俺の力じゃ、ニノは止められないよ…
潤が ニノの影を連れて来たんだからさ、なんとかしろよっ」
「あのね… そんなの知ったこっちゃないし…」
「潤…!」
悪魔とは思えない、澄んだ瞳を潤ませてサトシが俺の胸元を掴んで無言の圧力をかけてくる。

弱いクセに絶対退かない、強情な上目使い。

…この顔に弱いんだよなぁ…俺

もぉ…仕方ねぇな…


「ハイハイ、
止めればいいんでしょ、止めれば」

俺はため息ついて、舌打ちしてから、

「ニノ、ちょっと落ち着け……よ?」

言いかけた言葉を呑み込んだ。
ニノが放った渾身の電撃で、“ニノ”が派手に吹き飛んだところだったからだ。彼が飛んでいく先には、あの大樹が聳えている。

この力で激突したら 流石に砕けて霧散するだろう。
そしたらまたサトシが傷つく…

「オマエちょっとは加減しろよッ」

俺は呆れながら、素早く魔力を練って“ニノ”の先の空間を歪め穴を開けた。

“ニノ”は呻きながら、吸い込まれるように穴へ消えて行った。







「潤! ニノをどこにやったんだよ!」
消えた“ニノ”を追いかけて、慌てて穴に向かって駆け出しながらサトシが怒鳴った。
「大丈夫だよ、その先は人間界だ」
肩をすくめて そう告げると、
「人間界? でも 落ちてくだろ!?」
サトシがまた怒鳴った。

まあね
空間を ねじ曲げて人間界に入る時は、大概 雲の上あたりに飛び出すから…

でもそれもちゃんと計算してるよ
俺を誰だと思ってんの?

「大丈夫、海の上にしたから。それも南の方の。
影なんだから死にゃしないよ」

さっきのニノのパワーと比べたら、落下する速度なんて可愛いもんだ。

「ホントに…?」
疑わしそうに、サトシが穴を覗き込む。
「平気だって。もうこれで一件落着」
そんなサトシに、俺の代わりにニノが言った。
「そんな… また目を覚ましたら、俺を探して寂しい思いをするよ…」
「仕方ないよ。そんな寂しさも、そう長くないって」
その内消えるんだから、ニノはサトシの肩を抱いて諭すように囁く。
「でも…  俺…たとえ短い時間でも、ニノにそんな思いさせたくない」
「サトシ… 諦めてよ」
「あのニノは人間界にいた時のニノだろ? 今 魔界にいるニノも、あの時のニノも、どっちも俺の大切なニノだよ」
サトシはニノにそう言うと、今度は俺に向かって、
「潤、あれはニノの残留思念だって言ったよね?」
切羽詰まった顔で尋ねた。
「え? ああ、うん」
「ニノが俺を想う気持ちが強かったから、その想いが ずっと残ってたってことだよね?」
「え? ああ…うん、たぶん」
「じゃあさ、俺が何百年もニノを想って座ってた場所には、」

…ああ、そうか…

サトシが全部話し終わる前に、俺は彼が言わんとすることを理解した。

ったく、ホントにコイツには敵わないよ

そんで俺はまた
コイツの願いを叶えちゃうんだ

絶対に俺の手には入らないと分かっているのに――






































つづく






月魚





次で終わりです✨