暁のうた 星空瞬き2 | *Aurora Luce**

暁のうた 星空瞬き2

店主さんの私に対する認識を、渾身の説明で修正した後、

ひとり残された私は、


「冷めないうちに食べちまいな。

 大将が起きたらまた作ってやるから」


という店主さんのお言葉に甘えて、

眼の前の『焼き鳥丼』やら『今日のお造り盛り合わせ』を

一人で平らげていた。


でも、心の中では、

対面の席で眠っている男に対する今後の方針を考えていた。


…私がしっかりしなくてどうするのよ。


私と奴とでは7歳も年が離れてる。

それだけ経験してきたことも違ってて当たり前だと思う。

だから頼れるのだし、いろいろ教えてもらえる。


今まで私が情けなく心をときめかせてきた行為だって、

奴にとってはなんでもないこと。

あの年で、まして皇子さまなら、

女性とおつきあいする機会だって、山のようにあるだろうし、

いろんなことにだって慣れているはず。


ダンスだって、

嫌いだろうけど社交辞令でいくらでも踊っただろうし、

まして手をつなぐくらい、なんともないことなんだと思う。


けど私は…まだそうはいかない。


いくら「夜の帝王学」を学んでいても、

ほんの少しだけだけど、

男の人とおつきあいしたことがあっても、

手をつながれたら恥ずかしい。

ましてそれ以上のことは…


そう考えると、ここで積み重ねられた思い出たちが、

誘うように私の心の襞をくすぐって、

思いに身を委ねてしまいたくなってしまう。


だから、思いが消せなくなるようなことを、

これ以上受け入れちゃいけない。


今夜でおしまい、と思っていたけど、

今のままでは、終わりにできるかどうか自信が持てなかった。


手を握られてここまで連れてきてもらったのだって、

きっぱり断ればよかった。

ダンスだって、踊らなくてもよかったんだもの、

あのとき断っていれば、そうすれば、

あんな自分を…自分の気持ちを掘り起こさなくて済んだのに。


もうなにもないと思うけど、

今度なにか…私の心を動かしそうなことがあったら、

絶対に避けなくちゃ。

それでもだめなときは…

うまく話せるかわからないけど、きちんと話して断ろう。


ちゃんと話したらきっとわかってくれるはず。

それが私のため、ひいてはセンチュリアのためなんだから。


私だって本当は考えたい。


そんなに無防備に眠っているのは、私の前だからなの?

どうして私をここに連れ出してくれたの?

あんなに身体を寄せ合うダンスを、一緒に踊ってくれたのは?

私に自分が亡くなったときのことを任せてくれたのは?

私だけがあなたのことをわかっていればいい、

と言ってくれたのは?

けがをしているのに、私を抱きかかえてくれたのは?


…私を自分の寝台に入れたのは? どうして?


絶対に恋愛の方に考えないようにしてきた、

たくさんのことを、

飽きるまで考えて心を思うままに走らせたい。


だけどそれはできないことだから。


幼くてごめんなさい、好きになってごめんなさい。

人のこと偉そうに言える立場じゃないよね…


今度は私が思いを昇華する番だった。




「ほらみろ、うまかっただろう」

「確かに美味しかったけど…乙女にはちょっときついわよ。

 だって、皮っていっても脂じゃない」


「居酒屋 北の限界」閉店10分前になって、

ほっけ皇子はようやく目を覚ますと、

殆ど空になっているお皿の群れを見て、

私の食欲をさんざんののしった。


閉店10分前には、さすがにオーダーはできないので、

ほっけ皇子には残り物で我慢してもらうことにしたのだけど、

店主さんが親切にも、


「これだけは、うちに来たら食わせてやらないと、

 大将はうるさいからねえ」


と言ってくれたので、

お持ち帰り用に『皮餃子』だけ追加して作ってもらうと、

ほっけ皇子は意気揚々と帰途に着いた。


人が殆どいなくなった繁華街は、

あちこちにごみが散乱していて、お祭りの後のようになっていた。


「ローフェンディアに来たら、やはりこれを食わなくてはな」

「ひき肉と野菜を混ぜたものを、

 鶏の皮で包んで焼いてるんだもの、熱量高いわよこれ…

 でも結構簡単そう、これなら私でも作れるかも」


私は無意識に言ってしまってから後悔した。

脳天気なほっけ皇子が、いつになく嬉しそうに反応した。


「本当か!?

 明日の夕食にぜひ作れ。厨房には話をつけてやる」

「前言撤回します、作りません」

「なんだ、偉そうに言っておいて、本当は作れないのか」

「そうよ、悪かったわね」


私はぶっきらぼうに断ると、奴の数歩先に立った。


…危なかった。

また余計な楽しい行事を作ってしまうところだった。


見上げると、濃紺の星空がとても近くに感じられた。

王宮から見たときには、

ローフェンディアの星空はくすんで見えたけど、

今は街の灯りが大分消えたせいか、

センチュリアで見るのと同じくらい、星の瞬きが綺麗だった。


「おまえ、おかしいぞ。どうかしたのか」


後ろから聞こえた声に、見透かされたような気がして胸が痛んだ。

けど、ここで戻るわけにはいかないった。


どう話を続けたらいいのかわからなかったけれど、

背を向けたまま思いついたことを口にした。


「なにが? あ、そういえば、あの方つかまってよかったけど、

 5日目の朝って、個室でご飯食べてたわよね。

 あのとき、会議が始まるぎりぎりまで、

 あそこにいたらよかったわね。

 そうしたら、私、あの方と話さなくて済んだかもしれないのに。

 ごめんね、気がつかなくて」

「フォーハヴァイ国王のことは聞いていない」


ユートレクトの声が低くなったのがわかった。

ごめんね、怒らせるつもりじゃなかったのに。


私はちゃんと彼の方を向いて答えることにした。


「え、私のこと? 別にどうもしてないよ」

「本当か」

「うん。ごめん、私どこか変だった?」

「ああ、今もおかしいがな」


どうしてこの男は、もっと鈍感になってくれないんだろう。

私が気持ちを隠すのが下手なのが悪いんだけど、

もう少しだけ、感づいてくれなくてもいいと思う。


「おかしくなんかないよ、ただ…」


どう言ったらわかってくれるんだろう。

直接的な言葉じゃなく、わかってもらうためには、

なんて言ったらいいんだろう。


「私、一応女王じゃない。

 それに、よその国の厨房にお邪魔するのって、

 あんまりよくないと思うのよね」

「水害のときは平気で入っていただろうが」

「あれは非常事態だったからよ。

 センチュリアでだって、

 厨房には年に1回くらいしか入らないもの」


今この間をつなぐのが精一杯で、

わかってもらうのにいい台詞が思いつけなかった。


お願いだから、これ以上なにも聞かないで。


「なにがあった、俺の寝ている間か」


気圧の低い声が私に近づいてきた。

両手の幅くらいにまで身体が近づいて、私は一歩身を引いた。


「なにもなかったよ、食べ物も美味しかったし」

「そんなことは聞いていない、なにを隠している」


けれど、私が身を引く以上に間を狭められると、

私は後ずさりする足を止められなくなった。


「なにも…隠してない」


搾り出すように声を出した後で、また足を引いたとき、

壁に背中が勢いよくぶつかった。


その音に続いて、

私の両側がユートレクトの両腕に塞がれた。

見つめられない顔を眼の前にして、私は顔をそむけた。


「隠しているから逃げるのだろうが。

 おまえはまだ俺になにか言えないことがあるのか」


どうしてそんなこと言うの、こんなことするの?


私になんて答えろっていうの、

あなたが好きだなんて、言えるわけないのに。


とにかくこの体勢をなんとかしないと、

またおかしくなってしまう。


私はとっさにしゃがみこんだ。

そうしたら顔だけでも視界から消せると思った。


でも、そこからどうしても身体が動かせなかった。

右にいっても左にいっても、

彼にとらえれてしまうような気がして、動くのが怖くなった。


そんな優柔不断な自分がいやになって、

また涙がこぼれそうになるのを懸命に抑えながら、

勇気を振り絞って言葉を紡いだ。


「私、男の人のこと、あんまり知らない…」

「知っている」


私と同じ高さから声が聞こえて、

気持ちが揺らいだけれど、ここで止めたら、

これから先もずっと苦しまないといけなくなる。


「手をつながれたりとか、そういうの…

 そんなつもりじゃないってわかってるよ、

 わかってるけど、変な風に考えちゃうの、

 だから、ごめんなさい…もうしないで」



つぎへ もどる  もくじ