暁のうた 女王の椅子7 | *Aurora Luce**

暁のうた 女王の椅子7

ユートレクトの声だけが聞こえない、顔だけが見えない。

ありえないことだった。
でも、そんな変なことが本当に……あったのよ。
自分でも信じられなかったけど。



正確には、顔は『見えない』のではなく、

『見ることができない』だった。

このときは全然自覚がなかったのだけど、

ユートレクトの顔に目をやろうとしても、

頭が上がっていなかったみたい。
下から覗き込まれると、首が勝手に横を向いていたらしかった。

その証拠に、他の人に呼ばれたときには顔も上げられたし、

振り返ることもできた。

今、冷静に考えると、ユートレクトと目が合いそうになると、

大きな蛇が胃から食堂を通って、

口の中から出てきそうな気分になったような気がする。

例えが悪いけど。

本当にこのときのことは、

自分でも自覚がないのであんまり覚えてないの。



ユートレクトに無理やり連れて行かれた医務室で、

「大分お疲れのようですね。

 しばらくの間、公務はお休みされた方がよろしいでしょう」

主治医の診断を受けて、私はしばらく公務を休むことになった。

主治医の声はもちろん聞こえた。

「え、で、でも、私、本当に……どうしてですか!?
 ユートレクトの声、だけが、き、聞こえてないって、

 そんなことが……ど、どうして……」

たどたどしい自分の声も、ちゃんと聞こえていた。

言いながらも、

横に立っているユートレクトにとても申し訳ない気持ちと、

こんなことになって後ですごく怒られるんじゃないかという

不安で一杯になって、頭の中がぐらぐらと回り始めた。

「大丈夫ですよ、ただの過労ですから。たまにあることです。

 養生なされば、じきによくなりますよ」
「は、はい……わかりました……

 ご、ごめんなさい、ユートレクト……」

診療椅子に座っていた私は、

横にいるユートレクトにちらっと視線を向けたつもりだったけれど、

もちろん顔は見られなかった。

「                      」

彼の声も聞こえなかった。
顔も見られないから、何か言っているのか、

何も言ってないのかもわからなかったけど。

何も聞こえないのが、自分では本当に不思議だったから、

何も言ってくれてないのかと思って……
そんなに怒ってるのかと思うと、

なんだかもう、わけがわからなくなってきて、

「ご、ごめんなさい、ほん……とうに、ごめんな、さい……!」

私はいつの間にか泣いていた。
彼の前でだけは、絶対泣きたくなかったのに。

弱いと思われているに違いないから、

どんなに怒られても、ばかにされても、けなされても、

彼の前では絶対に泣かない!

そう思っていたのに。

ああ、これでもう私は見放される。
完全にばかだと思われて、軽蔑される。
女王として認めてもらえることは、もうないんだ。
いっそのこと、彼がセンチュリアの国王になればいいのに。
そうすれば、私は彼と離れられる、もう苦しむこともないんだ……

そんな思いがどんどん湧いてきて、涙が止まらなくなった。
 

 


つぎへ  もどる  もくじ

 

 

 

2020.6.16.一部表現を改訂(削除)しました。