Under The Rose

フラワーアレンジメントや健康や料理、トレンドな出来事をレポートしていきます。


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ヒムロスギやオーナメントで作ったクリスマスツリーをワインボトルに被せて・・・

こんなサプライズなプレゼントは、いかがですか?

 

 
 
【花材】は、ヒムロスギ、ブルーアイス、スターアニス、メタセコイヤ、スズカケノの実、
 フラワーコーン、ユーカリの実、ミニツガ、サンキライ、ワイヤーメッシュ、ブイロンワーヤ―
 
 
ヒムロスギは、身体をリラックスさせ、鎮静させる作用に優れています。
血圧が下がり、呼吸が深くゆっくりになると言われています。
そして安眠効果にもつながります。
 
 
折しも、11月16日は、『ボジョレー・ヌーボー解禁日
ッスンで疲れた日は、出来合いのお惣菜で・・・御免!!手抜きです。
 
 
 
今年のヌーボーは、おいしゅうございました。
 
 
 
 
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2017年の仲秋の名月、十五夜は、10月4日でした。

月齢は、13.9日なので、翌日も綺麗な月が眺められました。

 

 

10月4日・・・・この日、叔父(母の弟)が、90歳で身罷りました。

 

通夜の席で、叔母を囲んで叔父の日頃の生活ぶりと信条としていたことを伺いました。

 

叔父の父親(私の祖父)は、『アシベンさん』と呼ばれ田舎ではちょっとした著名人で

子供への財産は、『教育』という人でした。
とても努力家で、政治好きでもあり、

 

新聞や本に新しい言葉、特にカタカナ語を知った時は
毎日の日記にその言葉を盛り込んで書いていました。

 

そんな『アシベンさん』が、いつも堂々としていたのは

大東亜戦争時、

長男は、憲兵に~

次男は、護衛兵に~

そして、今回亡くなった三男の叔父は、自ら『予科練』に志願した・・・という

父親として誇らしい子持ちであったからではないか・・・と想像できました。

 

日本が、敗戦国となって、その職責は払拭せざるを得ない状況にありました。

 

通夜の席でのいろいろな思い出話から

母が、『家柄』を重んじていた訳が掴めるような事柄があったので

忘れないうちに書き留めておこうと・・・。

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「ノーとは言わない」で、フットワーク良く、サブボスK氏の指示通り

大いに活躍する私に対して、我がボスは「K氏と貴女は『フンケイの仲ですなァ』と揶揄する。

 

言われている意味をよく分からずに

『フンケイ』って、鶏のエサと糞がどうしたこうした・・・という褒め言葉ぐらいだろう~と

勝手に解釈していた。

 

ある時、「それって、どういう意味ですか!?」と聞かれたので・・・調べてみた。

 

工藤静香;2017二科展『礼にあらざれば』

 

『史記』によると、藺相如(リンショウジョ)は

大国(シン)との外交で体を張って宝物「和氏の璧」と趙(チョウ)の面子を守り、

趙王に仕える宦官(カンガン)の食客から上卿(大臣級)に昇格した。

しかし歴戦の名将である廉頗(レンパ)は、

口先だけで上卿にまで昇格した藺相如に強い不満を抱いた。

それ以降、藺相如は病気と称して外にあまり出なくなった。

ある日、藺相如が外出した際に偶然廉頗と出会いそうになったので、

藺相如は別の道を取って廉頗を避けた。

その日の夜、藺相如の家臣たちが集まり、主人の気弱な態度は目に余ると言って辞職を申し出た。

だが藺相如は、いま廉頗と自分が争っては秦の思うつぼであり、

国のために廉頗の行動に目をつぶっているのだと諭した。

 

この話が広まって廉頗の耳にも入ると、廉頗は上半身裸になり、いばらの鞭を持って、

「藺相如殿、この愚か者はあなたの寛大なお心に気付かず、無礼をしてしまいました。

どうかあなたのお気の済むまでこの鞭で叩いて下され」と藺相如に謝罪した。

藺相如は「将軍がいてこその趙の国です」と、これを許し、廉頗に服を着させた。

廉頗はこれに感動し「あなたにならば、たとえこの首をはねられようとも悔いはございませぬ」と

言い、藺相如も同様に「私も、将軍にならば喜んでこの首を差し出しましょう」と言った。

こうして二人は互いのために頸(首)を刎(は)ねられても悔いはないとする誓いを結び、

ここに「刎頸の友」という言葉が生まれた。

この二人が健在なうちは秦は趙に対して手を出せなかった。

 

 

それから50年後の秦代末期、張耳陳余という人物が

藺相如と廉頗を見習い刎頸の交わりを交わした。

だが反乱軍に身を投じた二人は、秦との戦いで張耳が秦軍に追い詰められたとき、

陳余が秦の大軍の強さに圧倒されたために援軍を送れずにいたことから仲違いをし、

ついには互いの一族を殺し合うような仲になってしまった。

 

 

また現代日本では、ロッキード事件

国会で証人喚問を受けた小佐野賢治が、田中角栄との関係を問われた際に

「刎頸の交わりだ」と答えたため、この故事成語が日本で広く知られることとなり、

当時の流行語にもなった。

沖縄方言で、親友を意味する『くびちりどぅし』は、刎頚の友を意訳したものである。

 

 

フムフム・・・たとえお互い相手の為に頚(くび)を刎(は)ねられても

悔いはないというほどの親しい友人のことなんだ。

 

ボスとサブボスこそ・・・歴史をたどれば~『刎頸の友』ではないか!?

 

 

 

 
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