藤森もも子のブログ

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recit de momoline/フランスももりん物語


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銀座のブルガリタワー4階はアフターサービスのカウンターがあって、そこに電池切れの時計と ベルト交換希望の腕時計を2つほど持ち込んだ。どちらも購入して4年ほど経っていたから、そろそろオーバーホールですっかり綺麗に手入れしたいところだけれど、そこは目先の出費をケチってひとまず電池交換とベルト交換に落ち着いた。

 

およそ50分程でメンテナンスは完了するとのこと、それならばタワー内で時間でもつぶそうとエレベーターで2階に下りた。最終的にバーでお茶でも一杯飲むつもりだが、まずは鞄売り場だ。

 

鞄は日常、私は主だって2つのサイズが必要で、ひとつは手のひらいっぱい程度のハンドバッグに、一方はA4の書類をいれても四隅が折れなくてパソコンをがしがし持ち歩いてもへたらない、いわゆる仕事用バッグだ。いま欲しいのは後者である。

 

ハンドバックは2~3個気に入りの選抜組があれば飽きることなく数年は過ごせるが、後者は使用頻度が高いので、何個あっても足りることない。

 

 


エレベーターを降りると、向かって右手に男性モノが、左手には女性用の華やかな鞄がズラリと並ぶ。

 

 

 

どうしてもなびかれる先は右手方面、メンズ売り場。好みの鞄はいつも”そちら側”に多いのだ。

ブルガリのメンズ鞄も、色と形を選びさえすれば 女性が持っても意外に肌馴染みが良く、あえて男性ものを持ちたくなるような、わたしも”好き”なデザインである。

 

 

ーーー

 

棚を眺めながらのろのろと店内を歩いていると、女性の店員がすかさず声をかけてきた。

 

こういうときはあまり親しげに応答しないようにしている。こちらも比較的社交的な性質なので、うっかり話が盛り上がろうものなら ついつい良い気持ちになり、その場の空間と店員に情が湧き、さほど欲していない物についても、うっかり買いをしてしまう傾向にあるからだ。わたしも幾度と学習した。もうその手には乗るまい。

 

 

欲しい鞄は細やかな型押しレザーであり、色は鮮やかなライトブルーないし薄めグレー、そこにゴールドの金具がついてると完璧だ。サイズは前述のとおりで、それより大きすぎても、小さくてもいけない。

 

店員の笑顔を完全シャットアウトしたものの、今回ばかりは仕事用の鞄を新調したい。冷静な顔をしながら、心は欲しくてたまらないその1つを探すために必死である。

 

ついに店員に自ら声をかけた。

 

「色はこれかこれなんですけど、大きさはこっちのものがいいんです」

そう言って、いま目の前にある鞄のなかで一番自分が欲している理想の鞄に近いものたちを取って見せた。

 

すると店員は少し困った表情を浮かべる。きっとわたしの希望に沿うものは、そこには用意がないのだろう。

 

「もし他店にあるなら、調べていただければ。待ちますけど」

 

それでも表情を崩さない店員。

ないのだ。わたしが欲しい鞄はそもそも製造がないのだ。

 

「であれば、すこしサイズアップして・・・」 


店員がワンサイズ大きなカバンを持ってきた。違う、その大きさは欲しくない。いくらビジネス用といっても、女性が持つには大きすぎてエレガントではない。

 

平日の真昼間。賑わう大通りとは打って変わって静かな店内。

ひとつ売れれば、その日のフロアのノルマはほぼ達成したようなもの。鞄が必要だという明確な目的を持って来店している客を、店員だって逃すわけにいかない。

 

「お客様の身長と手足の長さでしたら、多少のサイズアップはむしろ映えます」

 

うまそうなことを言って、でもその手にも乗らない。数万円で変えるものなら多少の妥協は許されるが、税理士が気持ちよく経費として計上してくれない金額感のものを買う際は、慎重になるのだ。湯水のようにあふれ出るキャッシュは、私にはない。

 

両者 譲らず引かずのやりとりがしばらく続くなか、ふと気づいたことがあった。

 

このフロアの反対側には女性ものの鞄があるではないか。本来、私は女性だ。そこに、もしかしたら理想の1つがあるかもしれないじゃないか。

 

店員に問いかけた。 

 

「それだったら、わたしが欲している鞄に近いものはレディースのラインナップにありませんか」 そういって、わたしも反対側の売り場に視線を送った。

 

 

その瞬間、

確実にフロアの空気がガラっと変わったのだ。


 

奇しくもそこに客はわたしひとりだけ、あとは数名の店員がその一連のやりとりを見守っていたに違いない。そして、どのくらいだろうか、実際はきっと2、3秒だったと思うが、肌で感じるにはある一定の時間、一同が沈黙した。

 


 

そして店員が残念そうに口を開いた。

 

「こちらのレディースには、お客様がお求めの類の鞄はご用意がありません・・・」


 

嫌な予感がした。

でも、食い下がった。

 

「それは銀座という土地柄のラインナップですか? 他店に行けば、どうでしょうか」

 

私だって馬鹿ではない。銀座のブルガリの客層は、ある程度想像がつく。ここには仕事用の鞄を買いに来る女などきっと至極マイノリティであることには違いない。丸の内でも日本橋でもどこでもいい、他の土地であればーー


 

「いえ、他の店舗もだいたいは同じようなラインナップなんです・・」

 

やはりだ。だからこそ、確認したかったのだ。

それでもかすかな希望を抱きつつ、畳みかけるように続けた。

 

「日本がそうなら、ヨーロッパの店舗はどうですか? 向こうだったら、女性用のビジネスバッグ、あるんじゃないですか?」

 


一息飲んで、店員が忍びなさそうに口を動かした


 

「申し訳ございません。ブルガリはグローバルで、レディースの鞄にそういったもののお取扱いがございません」

 

 

ーーーーー

 

 

レディースの鞄売り場を見回してみると、それはそれは華やかで華奢なカバンがずらりと並ぶ。

ハンカチとリップグロスをいれたらそれだけでいっぱになってしまいそうな小さなクラッチ。持ち手はチェーン、こぶしひとつ分ほどのショルダーレザーは、肩から掛けてブーツを履いてさっそうと石畳を歩けば、それはそれはかっこ良いに違いない。そんなヨーロッパの女性たちの姿を想像するも、ここは日本。その瞬間来店したのは、上下スーツをビシッと決めた年配の男性に密着し腕を組む香水がややきつめ30代後半と見られる女性だった。

 

「欲しいのを、3つまで選んでいいからね」

 

男性の提案に、女性は甘く高い声で可愛く返答する。

 

 

 

ーーー

 


あれらの鞄には、きっとわたしの長財布ひとつ、入りそうにない。

 

そうだ、わたしのような女性は、そもそもココではないのだ。あれらの鞄はパソコンはもちろん、A4書類なんてものとは無縁の、なんなら財布すら持ち歩かなくても良いような女性たちが身に着けるものなのだ。



ガシガシと男と肩を並べて、汗水垂らして泥臭く働く女の居場所は、ここにはない。






店員に頭を下げエレベーターを呼んだ。



 

 




A4書類をいれて、パソコンをがしがし持ち歩ける鞄で想像できるものいえば、どうだろうか。

エルメスのバーキンの35か、ケリー32あたりが頭に浮かぶが、予算はブルガリの軽く5倍はする。

欲しい鞄を仕事用にと手にするには、どうやらあと5倍は、少なくとも働かなくてはいけないらしい。

 

 


 


時計がなおるまでは、しばらく散歩でもしようとタワーをあとにすることにした。

 




 


わたしは、ブルガリの鞄なんて要らない。

しばらくは、そう強がっていようと思う。








 

 

 

 

momoline