待ち合わせの料亭には先に春樹おじさんが来ていた。

私たちが仲居さんに案内されて部屋に姿を見せるとうれしそうに出迎えてくれた。

席に着くと席が4席分設けられていた。


「あれ?誰か来るんですか?」

杏梨は小首を傾げて聞いた。


「ああ 雪哉が来るんだ 少し遅れるけどね」


さっき会った時は何も言っていなかった。

でも来てくれると知ってうれしい。


「ママ、ゆきちゃんが来るんだったらお店に行く事なかったのに・・・」

「仕方ないでしょ?さっき店を出てから春樹さんに連絡があったんだもの」


しばらくして雪哉が仲居さんに案内されて姿を現した。



時間をかけて食べ終わると杏梨は膝を立て体育座りをして3人の話を聞いていた。

お腹がいっぱいで、昼間引越しの片づけをしたせいで睡魔が襲ってきた。




「あら、杏梨眠っちゃったわ」

貴美香が膝に頭をつけて眠ってしまった杏梨を見て微笑む。


「杏梨ちゃん、引越しで疲れたんだろう 帰ろうか」

春樹は立ち上がって杏梨を抱き上げようと近づく。


「父さん、いいよ 俺が連れて行く」

父の手を制して雪哉が杏梨をそっと抱き上げた。


「明日空港へ送って行くから今日はそっちに泊まるよ」

雪哉が言うと父親がにやにやと笑って頷いた。


杏梨を父親に抱き上げられるのも嫌な雪哉だ。

ったく、笑っていればいい。

父親の訳知り顔の笑みに雪哉はため息を吐き、腕の中の杏梨に目を落とす。


いつもながら軽すぎるな、杏梨は。


ぐっすり眠っている杏梨は動かされていても起きそうも無かった。



* * * * * *



杏梨と雪哉は2人を見送る為に空港へ来ていた。


「ママ、いってらっしゃい」

さすがに長い別れになる杏梨は涙を浮かべていた。

それは母、貴美香も同じだ。

夫が亡くなってから13年間女手一つで育てたのだ。

別れは寂しすぎる。


「夏休みに遊びに来るのよ?」

「うん 春樹おじさん、ママの事よろしくお願いします」


春樹おじさんは英語に堪能だけどママはまるっきりだから。


「ああ 杏梨ちゃん 夏休みに待っているよ 雪哉と一緒に来るといい」

ママは瞳を潤ませ私を抱きしめると、ゲートへ入って行った。


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