もも 今は元気いっぱい お空を駆け回っているのかな あいたいよ とても
亡くなったとき傍にいたのに、火のなかに入るのも見届けたのに、お骨も拾って、ローテーブルのうえに
今も置いてあるのに、未だももが死んでしまったことが、嘘のように思えて仕方ありません
そんな受け入れられないこころとは裏腹に、現実にはももの姿を見ることはできないから、やっぱり
死んでしまったのでしょう
ももがいなくて、毎日寂しいよ
散歩をしている仔を見ると
うらやましくてたまらない
もう一度ももと暮らしたい
可愛い笑顔がみたい
生きていて欲しいと、必死だったのに
生きられなかった、死なせてしまった
小さく尊い命
その一方で元気な仔を、歳をとったから
飼えなくなったからと、保健所へ連れて
いく人間がいる
まだ一緒にいられる時間があるのに
平然と命を捨てる人
何年も一緒に暮らしてきて
その仔に対する愛情は微塵もないのか
家族じゃないのか、と悲しく恐ろしくなる
殺される命
生殺与奪権を握られている犬の悲しさ
それでも犬は飼い主を慕っている
最期の瞬間まで、犬は飼い主を待っている
迎えに来てくれるかと、後ろを振り返る
犬の純真な心がせつなく辛く、人間の残酷さが
恐ろしい
犬に何の責任もないのに、そんな犬を可哀そうと
あわれに思う一方で
無残に殺されるくらいなら、その命、寿命をわけて
欲しいと思ってしまった、自己中な自分がいる
それ程、ももに生きていて欲しくて、切羽詰まった
今も人間のエゴのせいで、無残に奪われていく
命がもったいなくて堪らない
1つでも命が救われれば、と保護犬を家族に
欲しい、と思ったことは何度もあったけど
私のような環境では、犬は譲って貰えない
寄付が関の山
どんなに大切にします、と言っても、だめなのは
わかってる
犬との時間は10年以上のスパン、気持ちだけ
ではどうにもならないことがあるから
現に癌になって入院手術をしたし、これからも
闘病は続くから、先行きは不透明
留守番も半端なく長い
犬を最期まで看られるかどうかわからない者に
せっかく救いだした大切な命を、預けられない
気持ちはよく理解できる
自分も責任が持てないから、一緒に暮らしたいけど
暮らそうとは思わない
だからせめても、自分のできること、寄付だけは
続けている
本当は自分のために、犬舎の掃除や、散歩の
ボランティアに行きたい
悲しみでいっぱいのこころが、犬と触れ合うことで
癒されると思うから
けれど応援している団体は、家から遠いので
交通費と時間をかけて、わずかな時間ボラに行くより
その交通費分を、寄付や物資にして送った方が
ずっと保護活動の為に役立つからそうしてる
里親がみつかって、第2の人生に踏み出せる
幸運な仔は、全体からみるとわずかで
特に高齢犬の引き取りは、とても少ない
まだ生きられるのに、一緒にいられる、幸せな
時間を過ごせるのに、うらやましくてたまらない
のに、なぜ捨ててしまうのか、わからない
長い年月一緒に暮らしてきて、愛おしさは増す
ばかり、なのにどうして、と何度も思ってしまう
全ては人間の身勝手、無責任のせいなのに
そのしわよせが、全部犬にいってしまうのは
本当に理不尽で、やりきれない
飼い主が痛い目にあえばよいのに
疑うことを知らない、罪もない犬が
おびえ苦しみ、死ななければならな
いなんて、つらい
犬と暮らすことを、自分が選んだ
のなら、最期まで責任を持って、と
叫びたい
飼い主の所有物になってるけど
犬はものじゃない
こころがあります、家族です
人間の言葉もわかってます
いらなくなったなんて、言わないで
そんな悲しい言葉を聞かせないで
一緒に遊び、一緒に笑い、一緒に眠った時も
あったでしょう
なぜ気持ちが変わったのですか
犬はずっと変わらず、あなたを愛し、信じています
そんな愛しい仔が、まだ生きられる命が
恐怖と苦しみのなか、無残に殺されてしまうこと
分かってますか
自分が同じ目にあったら、悲しくて寂しくて
怖くて、どんな気持ちか
捨てる前にもう一度、自分に置き換えて、考えて
欲しいです
どうか裏切らないで、最期まで傍にいて下さい
犬は人間の言葉を話せないだけ
澄んだ瞳で、あなたをじっと見つめています