夜に弟と病院へ行く。
転院翌日から、流動食なら少しだけ良しと言われ、
前日に移った個室も快適だとかで、
母はすこぶる機嫌が良かった。
私が持参したスープも気に入ったようだ。
主治医の先生は、前の病院にも何度か顔を出してくれていたが、
私たちが顔を合わせるのは初めてだった。
前の病院でされた説明と、基本的には同じだったが、
さらに具体的に話をしてくれた。
治療法は、放射線治療のみ。
まずは2週間、問題なければさらに2週間。
4週間経った時点で様子を見て、その後の方針を考えることになった。
また、ここで初めてステージⅣだと聞かされた。
症状と照らし合わせれば、特に驚くこともなかったが、
母は余命をしつこく聞いていた。
分からないと言われ、ちょっと不満そう。
「せっかくなんだから知りたいじゃない?」と後から話していた。
恐らくドラマの見すぎ。
ステージからも、根治ではなくQOLの向上を目指すことになった。
目標は、食事ができること、痛みなどの苦痛を取り去ること。
本人も私たちも、それで充分ですと同意した。
同席していた若い医師が、
「大動脈や心臓を圧迫しているので、容体が急変する可能性もありますので」と、
延命治療などの意思を聞かれた。
母は「容体急変」にかなり食いついていた。
いずれ記すけれど、母はかなり変わっている。
すっかりがん患者になり、やけに楽しそうな母を残して、弟と病院を後にした。
こちらは「がん患者の家族」になり切れない。