「マカロン」といえばピエールエルメ☆のイメージで・・
初めてマカロン食べたのは確か頂き物でバレンタインのお返しにもらって食べたのが
最初で・・ちょっとはじめは食感が・・と思ったけどハマりました。
マカロンというとピエールエルメ★ラデュレ★ダロワイヨ の順なのですが・・
ダロワイヨ が日本で初めて、マカロンを販売していたそうです。
そのほかダロワイヨが元祖となった『オペラケーキ』、
ダロワイヨ は日本では高級デリのイメージもありますよね?
パリ本店の結婚式用のディスプレイ★マカロンだっ・・・・かわいいぞっつー
先日バレンタインお返しにもらった生キャラメルが実は「ダロワイヨ」
とても柔らかくて口の中でとろけるようでした。
ダロワイヨの歴史******
歴史又、ダロワイヨは、フランスの独創的な高級品ブランドの企業から構成される『コルベール委員会』の会員であり、フランスの国家的食文化遺産の一部として評価され、創造性と卓越、そして感動という使命を帯びています。
会員にはバカラ、シャネル、エルメス、ルイヴィトン、レミーマルタン等、フランス全土で文化遺産を継承する67社が選出されています。
1682年にシャルル・ダロワイヨはルイ14世の弟・コンデ王子に仕えていた。兄であるルイ14世との対立がいつも続いていた。ヴェルサイユ宮殿よりも美味しいパンが出廻ったことを知ったルイ14世は弟のパン職人のシャルルを自分のもとに呼びました。
その後宮殿では、ダロワイヨ一族の兄弟4世代が、ヴェルサイユ宮殿で王に仕え、当時のフランスの最高の美食の称号あった“Officier de bouche 食膳係”という非常に名誉ある爵位を得たエリート集団の一員だった。
こうしてダロワイヨの兄弟やその息子達は貴族となりを国王の前で剣を持つ事を許された。 この栄誉ある爵位のおかげで、ダロワイヨの一族は王の食事に参加し、また、王の公式な儀式に招かれ、料理と食膳に関する研究に参加するようになった。
そしてフランス革命 が起き、社会が変革し、シャルル・ダロワイヨは食膳係の地位を追われることになる。
彼の子孫であるジャン・バティスト・ダロワイヨは来たるべき社会の変革とトレンドを感じとって、ダロワイヨ一族の物語を守り続け、1802年にパリで最初の美食の館「ダロワイヨ」を創業した。
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