ゆっくりと横断歩道を戻る。
「ごめん」
胸の奥が軋んで痛い。
田村が俺でいっぱいになったらいいのに、と願っていたはずなのに、
泣き顔を見たら後悔しかなかった。
泣かせたかったわけじゃないのに。
唇をぎゅっと閉じた田村の口からは、何の返事もない。
「ごめん」
何か返事が欲しい
「先、帰って──ください」
震えた声で俯いたまま田村が俺を押し返した。
バカな確認だとは、わかっていても。
男、ってやつは、その言葉が欲しい。
「泣かせてるの、って。……俺の、せい?」
大谷に言われた言葉を信じてないわけじゃない。
目の前で泣きじゃくってる田村が、演技をしてるなんて思ってない。
「早く、行ってくださいよ」
ぐいっと、また俺を押して急かす田村のその手を掴む。
「答えて」
「何をっ……」
「泣いてる、理由」
「そんなの……っ」
聞きたいんだ。
溢れ出る感情が抑えきれないその理由が、
俺だ、って。
くい、っと掴んだ田村の腕を引くと、俺は足早に横断歩道を歩きはじめた。
「ちょ、っ……先輩」
点滅していた信号を渡り、タイミングよく変わった信号のある次の横断歩道をまた渡る。
俺は自分のマンションを通り過ぎ、田村のマンションに向かう。
「……先輩っ」
その田村のこえに、ゆっくりとスピードを落とす。
そして、──田村のマンションの目の前に到着した。
「これ、大谷から」
ポケットから出した合鍵を田村の手の上にぽとりと置いた。
「……こ……れ」
「返す、って」
「……大谷くん……が?」
「本当は、すぐ渡そう、って思ってたんだけど」
「……」
そこまで言って、罪悪感が胸を締め付ける。
俺がもっと、早くに行動に移していれば。
「……許して、もらえる気がしなくて」
「……何が、……ですか……」
「俺が、田村にしたこと、全部」
「な……に、を──」
傷つけて、
泣かせて、
1人にして、
「ごめん」
「ごめんばっかりじゃ、何もわからないです──」
乾いたように見えた田村の瞳は真っ赤になっていて、また潤みはじめる。
「好きなんだ、ごめん」
「……」
「たぶん、ずっと好きだった」
もっと、早くに伝えれば良かった。
自分が傷ついて、被害者ぶって、
また、同じ傷に耐える自信がないから、って
だからって、田村を泣かせて良いはずなんかなかった。
なのに、田村が俺のために泣いてくれることが、こんなにも心を熱くさせる。