「・・・芹田に行ってないって、どういうこと?」

芽美が、うつむきながら言う。

「えっと~、不合格だったってことじゃね?」

「セリアが私たちに嘘をつくはずがない!セリアに限って、そんな・・・。」

芽美の言い方に恵太君はびっくりして、やばいヒステリックになってる、とささやいた。

でも私だって、信じられない。

セリアが、入学してないなんて・・・。


「本校に、セリア・コネットさんという方はいませんが。」

芹田高校の校長先生にそう言われた時は、心臓が止まるかと思った。

「でも確かに、この学校に受かったって・・・。」

「しかし、1年生どころか2、3年にもそういう方はいませんね。」

それが、つい1時間前のこと――――・・・。


「でも、どういうことだろ?セリア、受かったって言ってたのに・・・。」

セリアが、すっごく心配。

今までセリアは、人に心配をかけたことなんてなかった。

だから、余計。

「ねえ、セリアの家に行ってみようよ。」

捺騎君が、ふと思い付いたように言う。

「え?セリアの家?」

「うん。おばさんなら、日本語話せるし。何かあったのか、心配だもん。」

・・・そっか、そうだよね。

おばさん、絶対何か知ってるもんね。

「じゃあ、行こっか。ね、芽美、それでいいよね?」

「うん、私はいいけど・・・恵太、ごめん。こんなにつきあってもらっちゃって・・・。」

あ、そうだ。

芹田高校でも恵太君は、一役買って出てくれた。

「いいのいいの。気にすんなって。捺騎のお人好しは、誰よりも分かってるつもり。」

・・・恵太君、本当はすっごくいい人なんだね。

前のことは、何か事情があったんだよね?

私はそう、信じたい――――・・・。


ピンポーン。

家のインターホンが鳴り響く。

セリアの家は、ハーフの割に和風。

だから最初来た時、迷っちゃって・・・。

まさか、ここがセリアの家だと思わなかったんだもん。

「はーい。・・・ってあら、いらっしゃい。」

「あ、おばさん。セリアいる?」

捺騎君が慣れたように、無邪気な顔で聞いた。

でも、それとは裏腹に、セリアのお母さんの表情は曇っていくばかりで・・・。

「・・・聞いてないのかしら?」

え・・・?

何を?

何だか・・・嫌な予感がするよ。

「あの・・・どうかしたんですか?」

私の言葉に、セリアのお母さんはうつむいて「あなたたちには言ったと言っていたんだけど・・・。」とつぶやいた。

その横で、捺騎君も不安そうな顔になっていた。

「そう・・・そうよね。だからこうして、わざわざ会いに来てくれたんだものね。」

な・・・に・・・?

セリアに何か・・・あったの?

「・・・セリア、イギリスに帰ったのよ。父親の関係で。せっかく芹田に受かったっていうのに、父親に引き戻されてね。本当、可哀想なことをしたわ。」

――――え?

セリアが、イギリスに・・・?

そんなこと・・・一言も言ってなかったじゃない。

「セリアはきっと、もう日本には帰って来ない。・・・今まで、本当にありがとう。セリアの代わりに、お礼を言わせていただくわ。」

セリアのお母さんは何か言ってたけど、放心状態の私の耳にはもう届かない。

セリアが、日本にいない―――――・・・。


もう、随分と日が暮れた。

冬だからか、外は真っ暗。明るいのは、街灯の光だけ――――・・・。

「・・・卯月。」

ふいに、捺騎君が口を開いた。

「・・・ごめんっ!」

え?

どうして――――捺騎君が謝るの?

「本当は・・・僕、知ってた。セリアが、イギリスに行っちゃうこと。」

「えっ。」

「本当に・・・ごめん。でも、セリアに口止めされてたんだ。心配かけたくないからって。僕も、卯月たちを悲しませたくなかったし・・・。」

そん・・・な・・・。

じゃあ、私、ずっとずっと――――日本にいもしないセリアの影を追ってたの?

セリアに、もう会えないの・・・?

「・・・・・・だ。」

「え?」

「お前は・・・偽善者だ!」

こいつのせいで、全てを失った。

こいつがいなければ、引き止められたかもしれないのに・・・!

「前に、自分でも言ったよな?自分は偽善者だって。その言葉、やっと理解出来たよ。お前は、人のためだと思ってやっていることが人をどれだけ傷つけているか、全然分かってない。私は・・・言ってほしかった。セリアに二度と会えないと知っていたなら、もっと話したかった。お前が・・・全てを壊した!」

違う。違うよ、卯月。私、本当はそんなこと思ってないよ。

心の奥底には、いつも引っかかってる。

二重人格である私の言ってること、たまに理解出来ない。

でも、どっちも私だから・・・きっと、私の悪い心がこっち、なんだ。

「駄目・・・だよ・・・。そんなこと、捺騎君に言いたくない・・・。」

「卯月・・・?もしかして、二重人格の時の記憶・・・曖昧じゃないの?」

捺騎君が、優しい声と瞳で問いかけてくる。

それを見たら、余計に胸が苦しくなって・・・。

「・・・るせぇ。偽善者と話すことなんて、何もねぇよ!」

こんなこと、初めて。

2つの心の私が、同時に出てくる。

心では分かってるのに、口が言う事を聞かない。

・・・捺騎君、悲しい顔してる。

どうして、何もかもうまくいかないのかな?

私の二重人格も、セリアのことも、全部――――・・・。

そう思ったら、ふいに涙が頬に一筋、こぼれ落ちた。

「卯月・・・!」

ぎゅっ・・・。

芽美に苦しいくらいに、抱きしめられる。

「なっ、何をする・・・。」

「もうやめて。お願い、もとの優しい卯月に戻って!二重人格の卯月が、卯月じゃないとは言わない。でも、こんな狭間で苦しんでる卯月見るの――――私が辛いよ。」

その瞬間、目が覚めた気がした。

あれ・・・?私、何やって・・・。

「あ、捺騎君。ごめんね。私のせいで、すっごく傷つけた・・・。」

どうしよう、私最低だ。

「・・・全然、平気。僕もごめん。はっきり言わなくて・・・。」

捺騎君はにこりと微笑みながら言った。

ほ、良かった・・・。

「・・・ねえ、捺騎。」

ふと、芽美が口を開く。

その表情は、とても暗くて・・・。

「芽美・・・?」

「もう、卯月とは関わらないで。せっかく同じ学校だけど、このままじゃ卯月が駄目になる・・・!」

芽・・・美・・・?

何言ってるの?

私は・・・平気なのに。

でも、芽美があまりに真剣な顔をしたので、さすがの恵太君も驚いたみたい。

「・・・とにかく、あまり関わらないでね。もう、小学校の頃には戻れないんだから・・・!」



―――――遠ざかっていく。

失われていく。

私たちが今まで培ってきたことが、全部――――・・・。


小学校から続いた友情は、

ぼろぼろになって、

壊れていった―――――・・・。