僕の書いた雑誌『漢方と最新治療』の特集原稿です。興味のある方は読んでください。約1万字です。

漢方薬って本当に効くの。血管外科と移植免疫の立場から。

【はじめに】
わたしは医師になって23年目。一般・消火器外科医です。専門は末梢血管外科ですが、いままでの外科の経験を踏まえて、消化器外科の指導医も持っています。わたしは現在漢方の勉強に夢中ですが、学生時代から臨床医の期間を含めて漢方をまったく信じていなかった時期が長く続きました。そして、漢方に出会ってそのすばらしさを体感しています。そして、今は、以前のわたしのように漢方に拒否反応がある医師に漢方のすばらしさをわかってもらうための努力をしています。その一端を今日は書き記します。

【漢方に目覚めるまで】
学生時代には母がよく東洋医学の医師に通っていました。鍼や灸にも通っていたようですが、その頃のわたしはまったく東洋医学を信じていませんでしたし、むしろ潜在的な拒否反応があったと思います。わたしが学生時代を過ごした慶應義塾大学には漢方の授業はその当時はありませんでしたので、まったく漢方に親しむ機会もありませんでした。外科医となり、たくさんの手術をこなすようになっても漢方薬を知らないことによる不便さはまったく感じませんでした。1993年から98年までの英国オックスフォード大学への留学にて移植免疫学を学び、そして1998年より帝京大学にて移植免疫学の研究と末梢血管外科の臨床に携わることになりました。末梢血管外科は特殊です。そして末梢血管外科には対応する内科がありません。心臓外科に循環器内科があり、消化器外科に消化器内科がありますが、末梢血管内科という領域もありませんし、内科医で末梢血管疾患に興味をもっている先生もほとんどいません。そこで内科的疾患もすべて診ることとなります。血管外科で扱う疾患は動脈閉塞、動脈瘤、下肢静脈瘤、深部静脈血栓症、リンパ浮腫などですが、それらに関連した多くの愁訴を訴えて訪れる患者さんがたくさんいます。多くの疾患は視診と動脈拍動を触ることでわかります。つまり短ければ1分、長くても数分で治療の必要な血管疾患のあるなしがわかります。そして、わたしの外来をたずねる9割以上の患者さんは血管疾患ではないのです。その場合は、丁重に血管疾患ではなく、わたしの守備範囲ではない旨をお話してお引取り願っていました。ところが、多くの患者さんは他院や他科を巡りやっとわたしの外来にたどり着いたのです。ですから、患者さんは「では私はどこに行ったらいいのでしょうか」とわたしに質問します。そんな質問をたくさん受けていて、わたしは、病気は見ているが患者さんを診ていないことに気が付きました。そして、西洋医学とは別の引き出しを捜して、漢方薬にたどり着きました。患者さんに、「それでは漢方薬でも試してみますか」と尋ねると、「治る可能性があるのであればなんでも試します」との答えが返ります。そして漢方薬を用いて現在に至っています。

【まず自分に漢方薬を】
まず漢方薬の効果を試すために、自分で頻用漢方薬を処方し、自分の部屋にエキス剤の棚を作りました。そして、症状があれば効くと思う漢方薬を、また症状がなくても味を確かめるためにいろいろな漢方エキス剤を内服しました。そして現在は大柴胡湯と桂枝茯苓丸を毎日飲んでいます。体重は84Kgから72Kgになり、高血圧も治り、高脂血症も改善し、肩こりもなくなり、内痔核も消失し、そしてよく眠れます。わたしは消化器外科の指導医でもあり、過去にもたくさんの内痔核の手術をしてきました。そろそろ自分の内痔核も手術をしてもらわなければ駄目だろうとおもっていたその内痔核がなくなったのです。わたしが今まで手術をさせてもらった内痔核の人が全員とは言いませんが、何人かは漢方薬で治ったことでしょう。

【次に家族に漢方薬を】
次に家族に使いました。家内は加味逍遙散、大建中湯、桂枝加芍薬湯、女神散、柴胡桂枝湯、芍薬甘草湯などで快調です。母は補中益気湯、猪苓湯、潤腸湯、苓桂朮甘湯、香蘇散、真武湯などで見違えるほど元気です。4歳の娘も、麻黄湯、小青竜湯、小建中湯などを自分から喜んで飲みます。叔母は桂枝加朮附湯でリウマチの痛みがとれました。義姉は柴胡桂枝乾姜湯で高血圧や頭痛、冷えが治りました。義父は乙字湯で内痔核が治りました。

【そして知人に漢方薬を】
そして次に知人に漢方薬を処方しました。手術室の師長は大学病院の皮膚科で治らなかった全身の湿疹が白虎加人参湯と消風散でなくなり、同じく大学病院の皮膚科で治らなかった病棟師長の湿疹も荊芥連翹湯で軽快しました。コンピューター室の職員の冷え症は柴胡桂枝乾姜湯でよくなり、テレビ局のディレクターのこじらせていた風邪は桂枝湯と麻黄附子細辛湯、引き続いて補中益気湯と麻黄附子細辛湯で仕事を休まず軽快しました。

【そして患者さんに漢方薬を】
そしていよいよ自分の外来の患者さんにどんどん漢方薬を処方しました。そして多くの方々に感謝されています。冷え症外来として特殊外来の枠もつくり、いままでは血管外科の領域ではないと丁重にお断りしていた患者さんにも漢方薬を処方し感謝されています。

【漢方薬の有効性を人に理解させるために】
漢方薬が効くこと、そして西洋薬剤とは別の引き出しで処方できることは臨床が好きな医師にとっては最大の魅力のひとつです。病名投与しかできない西洋薬剤と異なり、病名が不明でも処方できることが大きな利点です。また一剤で多くの病気や訴えがなおることは私自身の例を含めてもよく体感することです。そこで10年前のわたしのような漢方嫌いで生理的に漢方を拒否している医師達にこんな魅力ある漢方薬をいかに説明し納得してもらうかを考えました。自分の土俵で漢方薬の有効性を論じるためにまず基礎領域では移植免疫学の実験研究に漢方薬を用い、臨床では血管外科領域を訪れる患者さんの病気にターゲットを絞り有効または無効の臨床研究を行いました。

【移植免疫の領域で漢方薬を】
わたしたちの研究室ではマウスの心臓移植モデルで実験を行っています。20グラムのマウスの心臓を別のマウスのおなかに手術用顕微鏡を用いて移植します。ドナーの上行大動脈とレシピエントの腹部大動脈を端側吻合、ドナーの肺動脈とレシピエントの下大静脈を端側吻合します。手術時間は40分前後で移植後すぐに心臓は拍動します。ドナーを黒ねずみ(C57/BL10)、レシピエントを茶色ねずみ(CBA)とすると移植された心臓の拍動は中間値として7日後に止まります。中間値とは拒絶された日を横に並べてその中間の値です。

【ウルソデオキシコール酸をネズミの心臓移植に】
江戸時代に漢方薬、民間薬として流行した熊胆(ゆうたん)の有効成分はウルソデオキシコール酸ということが昭和2年にわかり、その構造式が昭和11年に決定され、そして生化学的合成法が昭和29年に確立されて、ウルソという商品名で昭和32年に発売されました。このウルソデオキシコール酸を移植当日のレシピエントねずみに一回だけ静脈内投与しました。すると25mg/kg を静脈内投与したマウスではすべての移植心臓が100日以上生着しました。また 50mg/kg では移植心臓の拒絶までの期間は中間値で58日と延長し、0.5mg/k でも48日と延長しまいたが、永久生着は得られませんでした。コントロールである無処置移植群と生理食塩水を静脈注射した群では拒絶までの中間値はそれぞれ8日と9日でした。よって熊胆から分離生成されたウルソデオキシコール酸に移植片の拒絶を抑える作用があることが判明しました。ではその免疫抑制の機序はなにかということです。移植免疫領域において拒絶反応を抑えるメカニズムとして4つの可能性が考えられています。Deletion, Anergy, Regulation, Ignorance です。これをわかりやすく説明するために、移植された臓器をサッカーの試合、サッカーの試合をぶち壊す連中をフーリガン、免疫制御細胞を競技場に配置されている警察官として考えてください。フーリガンがいなければ試合は妨害されずに終了します。この厄介なフーリガンを殺してしまうのがDeletionです。そして眠らせてしまうのがAnergyです。ともにフーリガンを役立たずにするわけですが、生体では骨髄と胸腺があり常時フーリガンに相当する攻撃型のT細胞が供給されます。殺しても眠らせても次から次に新しいフーリガンが試合会場に侵入するので常時フーリガンを殺したり眠らしたりするシステムが必要になります。つまり永久に薬を飲み続ける必要があるということです。一方Regulationとは試合会場に警察官を配備する方法です。この方法では十分な警察官を配備すれば、相当数のフーリガンが試合会場にいても平穏なままにサッカーの試合は終了します。Regulationの機序を作り上げれば、つまり警察官を配備すればその後の薬剤の投与は不要になります。Ignoranceは特殊でサッカーの試合をフーリガンから見えないように、つまり煙幕や霧でもかけていつの間にか試合を終了させるというアイディアです。
ウルソデオキシコール酸の移植片に対する免疫抑制は一回の静脈内投与で有効性が認められていますので、Deletionや AnergyではなくRegulationが関与しているのではないかと推察されます。ではどうやってRegulationの関与を証明すればいいのでしょうか。それには細胞の移入実験というのをやります。免疫抑制が働いていると考えられているネズミの細胞(通常は脾細胞)を無処置のネズミに静脈内投与して、その後心臓移植をします。無処置のネズミの脾細胞を無処置ネズミに静脈内投与して心臓移植をしても、その心臓は中間値9日で拒絶されます。ところがウルソデオキシコール酸の投与を受けて心臓移植され100日経ったネズミの脾細胞5x107個を無処置のネズミに静脈内投与し、心臓移植をすると60%のネズミで移植された心臓は100日以上拒絶されません。このことは移入された脾細胞に警察官、つまり免疫制御細胞が存在していたことを意味します。そして移入する細胞を脾細胞ではなくCD4陽性細胞に分離してから移入を行うと、2x107個のCD4陽性細胞の投与ですべてのレシピエントで心臓は100日以上生着しました。つまりCD4陽性細胞が免疫制御細胞であったことが判明しました。よってウルソデオキシコール酸は一回の静脈内投与で移植心臓の拒絶反応を抑制し、その機序は免疫制御細胞の誘導が関与していたということがわかりました。唐の時代から漢方薬として使用されていた熊胆、その生成分離品であるウルソデオキシコール酸の有効性が現代移植外科領域でも確かめられたわけです。
ところが、このストーリーはわたしが望むものではありません。どうも漢方的ではありません。熊胆という山からウルソデオキシコール酸という宝物を拾い出したわけで、なんだか現代西洋医学的な思考に思えます。素晴らしいことですが、麻黄からエフェドリンを単離生成した長井長義先生の業績と同じ思考です。

【漢方らしさとは】
では漢方らしさ、東洋医学的思考に近いことはないだろうかと思い巡らせました。そして今は、以下の二つが言えれば漢方らしいのではないかと思っています。
(1) ある漢方方剤や生薬が生体の状況により正反対の作用を持つ。漢方処方は生体の条件によって利き方が異なる。生体の条件により、五苓散が利尿作用と水保持作用をもつことや、大黄が瀉下作用と下痢止め作用をもつことや、半夏白朮天麻湯が高血圧・低血圧にともに効くことなどです。
(2) 生薬単独での効果よりも、漢方方剤となるとより強力な、または別の作用を持つ。漢方薬は単一成分薬理の総和ではなく、多成分系の薬理であるということです。

【漢方方剤の経口投与による移植心の生着延長効果】
ドナーを黒ねずみ(C57/BL10)、レシピエントを茶色ねずみ(CBA)として心臓移植を行いました。レシピエントには心臓移植後0日から8日まで連日特殊なチューブを胃まで挿入しシリンジで漢方薬を飲ませました。投与量は毎回20mg/kgです。日本での投与量の約6倍となります。その結果は以下で、拒絶の中間値で示すと、精製水:7日、小柴胡湯:7日、桂枝伏苓丸:7日、四君子湯:7日、小青竜湯:7日、温清飲:7日、四物湯:8日、黄連解毒湯:8.5日、十全大補湯:9日、補中益気湯 :12日、苓甘姜味辛夏仁湯:13日、麻黄附子細辛湯:14日、人参養栄湯:18日、柴朴湯:18日、当帰四逆加呉茱萸生姜湯:22日、当帰芍薬散:47日、柴苓湯:100日以上 となりました。
よって漢方薬の8日間の胃内投与で以下のことがわかりました。
(1) 無処置のネズミでは移植心は7日で拒絶されるが、その拒絶日よりも早く拒絶を誘導した漢方方剤はない。つまりどの漢方薬も移植片の拒絶を促進するものはなく、腎臓移植後の患者などにも安心して使用できる可能性が高い。
(2) 十全大補湯や補中益気湯のように動物実験や臨床研究で対癌免疫を亢進させると思われている漢方方剤でも、移植心臓の生着は延長する。つまり、生体の状態によって、ある場合には対癌免疫の亢進に働き、ある場合は移植免疫の抑制に働くことが示唆された。
(3) 当帰芍薬散や柴苓湯は著明に移植心の生着を延長した。いままで経口薬剤でここまで移植心臓の生着が延長したことは少なく、ある意味驚異的な結果である。

そこで、柴苓湯に着目して更なる実験を行いました。柴苓湯を経口投与したCBAマウスでのC57/BL10マウスの心臓を拒絶した日の詳細は9, 13, 25, 25, 33, >100, >100, >100, >100, >100, >100日 でした。柴苓湯は小柴胡湯と五苓散の合方であるので、小柴胡湯と五苓散の経口投与による移植心生着延長効果を調べました。小柴胡湯は拒絶日が7,7,7,7,13日で中間値7日、は五苓散7,7,8.8.8.8,8,28日で中間値8日でした。よって、小柴胡湯と五苓散とも単独では柴苓湯と同じ効果はまったく引き出せないことがわかりました。また小柴胡湯の構成生薬は七味で、移植片拒絶の中間値は 柴胡:8日、黄岑:9.5日、人参:7日、甘草:実験中、半夏:18日、大棗:8日、生姜:実験中でした。一方五苓散の構成生薬は五味で、移植片拒絶の中間値は茯苓:18日、猪苓:7日、蒼朮:8日、沢寫:実験中、桂枝:実験中でした。 よって、構成生薬レベルでも単独で柴苓湯ほど有効なものはまったくありませんでした。
移植心生着のメカニズムとしてRegulation の関与を調べるために、細胞の移入実験を行いました。すると、柴苓湯投与により心臓を受け入れたネズミから脾細胞を取り出し無処置ネズミに静脈内投与し、すぐに心臓移植を行うと、それらの心臓の拒絶日は 15, >50, >50, >50, >50, >50, >50日 であり、免疫制御細胞が誘導されていることが確かめられました。
以上の結果は構成生薬レベルでは無効で、かつ小柴胡湯と五苓散という漢方方剤レベルでも無効で、柴苓湯という漢方方剤でのみ得られた結果でした。現代西洋医学が目指している大きな山から宝物を探すという思考では得られない結果と思われます。西洋医学的思考でも相乗効果というものがあり、上記の結果はそれと変わらないのではとの反論を受ける可能性があります。敢えて言えば、現代西洋医学では単剤として有効であったものを後日重ね合わせて相乗効果があったという場合がほとんどであり、単剤としてはほとんど有効でないものを組み合わせて薬剤として使用されているものは私の知る範囲では存在しません。漢方の長い長い歴史が、わずか50年の現代移植医療にも有効であったことはわたしにとって驚くべきことでした。

【器質的疾患のない冷感に当帰四逆加呉茱萸生姜湯を】
動脈閉塞の初期段階は教科書的には冷感です。よって冷感を訴える患者が多数わたしの外来を訪れます。しかし、動脈拍動が触れれば、動脈閉塞による冷感はあっさりと否定されます。そのような器質的疾患のない冷感の患者に対する治療法を以前から探していました。まず抗血小板剤のひとつであるサルポグレラートが器質的疾患のない冷感に有効ではないかとの印象を持っていました。そして漢方薬を使用するに至って漢方薬も西洋薬であるサルポグレラートに遜色なく有効であるとの印象をもちました。この仮説を説得力をもって他人に説明する方法を考えるために、まず器質的異常のない、つまり自覚症状のみで冷えを感じている患者の冷え症の程度を客観的に評価するために、冷え症質問票を開発しました。これは、約800人の健常成人の協力のもと、文献的に評価指標と思われる約70項目から、VASスケールとの相関で、相関傾向が高い10項目を選びました。そして、再現性と有効性を確かめるために合計3回の質問票の統計学的解析を行い、質問票を開発しました。今回はVASスケールのみの結果を供覧します。VASスケールはVisual analogue scale で10cmの線の両端にゼロと10があり、ゼロはまったく症状なし、10は考えられる限りで最高につらい冷えとしてあります。患者さんが診察前にそのスケールを自分でマークします。プロトコールは器質的疾患のない冷感の患者にまず2週間のサルポグレラートの投与、次に2週間の当帰四逆加呉茱萸生姜湯の投与です。漢方診療はこの期間はまったく行わず、オートマチックに上記処方を選択します。その結果は、薬剤投与前は7.6であった冷えスケールが、2週間のサルポグレラート投与後は6.5に、さらに次の2週間で当帰四逆加呉茱萸生姜湯投与後は5.4に低下し、明らかな冷え症の客観的改善が認められました。サルポグレラートによる効果のあとにさらに当帰四逆加呉茱萸生姜湯が効果を示したことになり、サルポグレラートの効果がプラセボ効果としても、更なる改善が当帰四逆加呉茱萸生姜湯にて得られたことになると思います。機会があれば当帰四逆加呉茱萸生姜湯をカプセル剤にして二重盲験試験として当帰四逆加呉茱萸生姜湯の器質的疾患のない冷え症に対する効果を、冷え症質問表を用いて行いたいと思っています。

【腰椎麻酔後頭痛の漢方による予防効果】
手術となる血管外科疾患でもっとも頻度の高いものは下肢静脈瘤です。愛誠病院下肢静脈瘤センターでは2007年に約2200人の下肢静脈瘤の初診があり、713人の手術を行いました。あるものは局所麻酔による日帰り手術で、あるものは腰椎麻酔による入院手術でした。この腰椎麻酔の患者さんに腰椎麻酔予防のために五苓散を手術後7日間投与し、7日後に頭痛の有無を聞き取り調査しました。五苓散非投与群では53人中6人に頭痛が現れ、五苓散投与群では53人中に13人に頭痛が現れました。明らかに五苓散を予防的に投与したほうが頭痛の発生頻度が高かくなりました。そこで次に呉茱萸湯を同じように投与しましたが、22人中8人に頭痛が生じました。五苓散も呉茱萸湯も腰椎麻酔後の頭痛の発生防止にはかえって悪影響に働いたことが判明しました。

【伏在静脈抜去後の皮下出血に対する桂枝茯苓丸の効果】
下肢静脈瘤の原因の7割は大伏在静脈の拡張に引き続く逆流です。そこで根治手術はまずこの大伏在静脈を引き抜くことです。この大伏在静脈抜去後の皮下出血の予防効果を期待して桂枝茯苓丸を7日間投与しました。漢方の教科書には皮下出血は瘀血であり、皮下出血には桂枝茯苓丸が有効との記載がときどき見られます。そこで7日後の大腿部の写真を連続的にすべて撮影し第三者に比較検討してもらいましたが、桂枝茯苓丸による皮下出血の軽減効果は明らかにできませんでした。

【Web type下肢静脈瘤(細絡)に対する桂枝茯苓丸の効果】
手術にならない下肢静脈瘤にWeb typeの下肢静脈瘤があります。大腿に多く、ミミズがはったような、くもの巣のような毛細血管の拡張です。漢方の本ではこれを細絡と呼んでいます。今までは、Web type下肢静脈瘤に対しては放置しても問題ないが希望があれば静脈瘤の硬化療法を行うと説明していました。静脈瘤の硬化療法は細い針で静脈内に硬化剤を注入し固める治療です。上手くいけば本当によくなりますが、人によっては硬化療法部に色素沈着を生じ、かえって目立ってしまうことも散見されました。そこでこの細絡に対して希望者に桂枝茯苓丸を与えました。すると1から数ヶ月の投与で8人中6人が本人自身も、医師もWeb type下肢静脈瘤が薄くなったと体感できました。硬化療法をする前にまず、Web type下肢静脈瘤(細絡)に桂枝茯苓丸を投与してみる価値は十分にあると思われます。

【下肢静脈瘤の症状(おもい・だるい・つる・むくむ)に対する桂枝茯苓丸の効果】
下肢静脈瘤の臨床症状の末期は潰瘍を伴うような皮膚病変です。皮膚病変に至るまでに手術を行うか、または進行防止の医療用弾力ストッキングの着用をすれば大事に至りません。下肢静脈瘤を医療用弾力ストッキングで進行防止している患者さん、または手術までに時間がある患者さんは、おもい、だるい、つる、むくむなどの訴えを持っていることが多いです。そこでそのような患者さんに桂枝茯苓丸を与えたところ、7人中5人が効果があったと言ってくれました。患者さんの申告による評価にて客観的ではないですが、少なくとも自覚症状を含めて患者さんの訴えは改善しています。漢方薬の効果によるものと認めていいと考えています。

【深部静脈血栓症に対する桂枝茯苓丸の効果】
深部静脈が血栓閉塞する病態を深部静脈血栓症といいます。最近はエコノミークラス症候群として認知されている肺梗塞の原因病変として有名です。肺梗塞の9割以上は下肢の深部静脈血栓症が原因と考えられています。深部静脈血栓症は急性期であれば血栓溶解療法などを行いますが、慢性期では血栓の溶解は期待できません。一方で慢性期の器質化した血栓が肺梗塞の原因となることもありません。そこで、慢性期は医療用弾力ストッキングなどでしかりと下肢の圧迫を行い、側副血行路が筋肉内に、つまり表在静脈に生じないようにします。これを怠ると深部静脈血栓症による2次性の下肢静脈瘤となり、この場合は下肢静脈瘤が側副路となっているので手術的に取り除くことができず悲惨な状態を招きます。慢性の深部静脈血栓症は静脈の鬱滞も激しく、おもい・だるい・つるなどの症状を訴えます。そこでこのような患者さんに桂枝茯苓丸を投与しました。残念ながら症例数が多くなく、また全員が漢方を飲んで良くなったと言う訳でもなく、明らかな評価には時間がかかりそうです。

【リンパ浮腫に対する防已黄耆湯の効果 】
下肢が腫脹する病気で、深部静脈血栓症が超音波検査や静脈造影で否定されると、多くはリンパ浮腫という診断になります。ある意味「ごみばこ診断」ですが、リンパ浮腫の治療法が圧迫加療しかないので臨床的にはこれで十分です。内服薬は明らかに有効なものはなく、外来でも励ますほかには対応がない状態です。このリンパ浮腫に防已黄耆湯を使用してみました。すると17人中14人が「あれはいい薬です」と言ってくれました。本当に効果があったのだと思っています。リンパ浮腫が軽い3人は廃薬となりましたが、多くの患者さんは積年のリンパ浮腫にて正常になることなく、また一時期よくても治り方がプラトーになります。そこで「最初は良かったが最近はあまり効かなくなった」と言った患者7人に柴苓湯を与えたところ、5人がさらに良くなったと言いました。内服治療薬剤がないリンパ浮腫ですが、防已黄耆湯と柴苓湯は試してみる価値がある漢方薬と思われます。

【漢方診療の重要性】
上記の臨床研究は漢方診療を行わずに病名投与を行いました。冷え症には当帰四逆加呉茱萸生姜湯、下肢静脈瘤には桂枝茯苓丸、リンパ浮腫には防已黄耆湯または柴苓湯といった具合です。漢方診療、つまり隋症治療を行う理由は、Responder と Non-responder を分けることと、副作用の防止のためと思っています。幸い今回使用した漢方薬剤はほとんど副作用がないので、このような臨床試験ができました。しかし本当の漢方医療を行うにはしっかりと漢方の勉強をする必要を感じます。病名投与でもこれだけ効くのであるから、漢方診療に基づいた投薬はもっと効くと思います。しかし、漢方診療に基づいた投薬がさらに有効であることを、以前のわたしのような漢方拒否症の医師にわからせるには工夫が必要と思っています。漢方嫌いから漢方のとりこになった私だからこそ、なんとかひとりでも多くの方に漢方のすばらしさをわかってもらえる努力を積み重ねたいと思っている今日この頃です。
最後になりましたが、わたしの漢方診療の師匠であり、一個人としてもすばらしい先輩である松田邦夫先生に心から深謝いたします。