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金賛汀『拉致―国家犯罪の構図』

金 賛汀
拉致

とりあえず、トップバッターはこの本ということで。
やっと、日本人拉致問題に関して読むべき本が出版された、というカンジですね。


目次は以下の通り。

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第1章 日朝共同宣言と在日社会の衝撃
第2章 北朝鮮による日本人拉致と対韓政策
第3章 北朝鮮情報機関の創設とその任務
第4章 日韓条約の締結と北朝鮮の対韓工作
第5章 韓国武力解放路線と在日工作活動
第6章 日本人拉致を支持した金正日
第7章 対韓工作員の質の向上と日本人拉致
第8章 韓国人の拉致とレバノン人拉致
第9章 日本人拉致と対韓工作
第10章 外国人拉致は北朝鮮の専売特許ではない

おわりに
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著者の金賛汀さんは在日朝鮮人で、朝鮮大学校卒業後、総連の機関紙の編集部に勤めておられたそうです。言ってみれば総連にとっては身内の人間だったわけですね。その後、金さんは1992年に『パルチザン挽歌―金日成神話の崩壊』を上梓し、その中で金日成のカリスマ性を支えている数々のパルチザン伝説を否定、直後に総連から「偉大な首領金日成元帥様の革命歴史を中傷誹謗した民族叛逆者」と名指しで非難されたそうです(『朝鮮総連』、p7)。前著『朝鮮総連』では総連が在日に対して行ってきたさまざまな害悪を指摘し、「当然のこととして在日大衆の支持を失った朝鮮総連は解散するべきであろう」(前掲書、p10)と主張されています。
金賛汀さんのスタンスはきわめて冷静で、文体に偏りがないという印象を受けました(まあ、所詮は印象論にとどまるのですが)。在日の歴史は苦難にさらされてきた、今なおマイノリティの立場に貶められ続けている。それは事実である。しかし、いやむしろ、だからこそ、在日や総連や北朝鮮の工作員が犯した罪を無視してはならない。そういった事実を踏まえた上で、考えることがあるのではないか。そういった姿勢なのだと思います。このことは、とりわけ拉致事件にこそ当てはまるのでしょう。
本書のレジュメ、というか「どくしょかんそーぶん」みたいなものを作ってみましたので、以下に掲載しておきます。


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今日、北朝鮮による日本人拉致をめぐる論議がかまびすしいが、しかし多くの場合は感情論にとどまることが多く、いずれも拉致の本質を衝いたものはきわめて少ない。
北朝鮮が行った拉致は国家犯罪であり、断固として許すことはできない。それはそうであるが、ではなぜこのような事件が起こったのか、北朝鮮はどのような目的でこのような犯罪に手を染めたのか、この点について考えねばなるまい。


金正日は拉致の事実について謝罪した際、こんなことを述べていた。


「自分としては70年代、80年代初めまで特殊機関の一部で妄動主義、英雄主義に走ってこういうことを行ってきたというふうに考えている。こういうことを行ったのは二つの理由があると思う。ひとつは特殊機関では日本語の学習が出来るようにするため、ひとつは人の身分を利用して南に入るため...」(p18)。


そんな釈明などいかがわしい、というのが大方の見解だが、実は、この見解はほぼ真実といって間違いない、そう著者は述べている。実際、横田めぐみさん拉致事件が起こった1977年から有本さん拉致事件の1983年までの間、多くの日本人・韓国人(そしてレバノン人)拉致事件が続発しており、それはある政策的意図に基づく工作だったのだという。
まあ、金正日のこの釈明についてひとつ苦言を呈しておくならば、「そこには拉致を命じた者が金日成・金正日親子であるという、最も重要な事実が抜け落ち、隠蔽されているのだが...」(p20)ということにはなるが。
厳密にいえば、それ以前にも拉致事件そのものは存在した。たとえば、1963年5月に石川県沖で拉致された寺越昭二さんの事件などがそうである。しかし、これは工作員を上陸されるという秘密活動の場を目撃されてしまったため、事の露見を恐れたから拉致した、という話であり、計画性のあるものではない(もちろん、被害者自身やその家族にとっては、「拉致された」という事実そのものは何ら変わるものではないが)。北朝鮮が政策目的で拉致を行ったというのは、先述の時期のことと考えてもまず間違いはないようだ。


では、なぜ日本人拉致は行われたのか。
そういえば、というか、さっきたまたま宮崎学氏のサイトで、彼の見解を読むことができた。ひとつの見解として挙げておこう。


「北朝鮮「金王朝」打倒のためになすべきこと」


 ちょっと考えてみただけで、在日朝鮮人、総連系の人間のなかにいくらでもそんなことのできる人は1000人の単位 でおった。それどころかそれ以前に金天海のように、日本から北に帰国した人たちだけで10万人もおるのだ。無理して「教師」を拉致する必要などまったくないことはあきらかだろう。すくなくともあの当時、「革命幹部の訓練」など必要ではなかったのだ。 では、何が真の動機だったのか?わしは簡単な話、あれは一種の「冒険」だったのだろう。自らの機関の優秀性を実行してみる「力試し」とか「自慢話」のネタづくり競争だった、とおもっている。

なるほど。
ところで、著者の視点から言うならば、この見解は半分間違っていて半分正しいということになる。
まず、前半部分に関してだが、これは常識的に考えるとすぐさま納得してしまうところがある。何も拉致などという危険を冒さなくても、在日を利用すればいいのではないか、と。かつて北朝鮮シンパの日本人たちはそう考え、日本人拉致に対して懐疑的になった。
しかし、それは甘いのである。まず、北朝鮮では、国民はその経歴を基準にいくつかの階層に分けられている。例えば「核心成分」や「敵性成分」といった具合に。在日はどうかというと、「動揺成分」として評価され、いつ「敵」に寝返るか分からない、という風に分類されている。そのため、在日朝鮮人は北朝鮮の公安関係の部署には就職できなかったし、いわんや対韓工作機関の教師になるなどということはありえなかった。


※そういえば、李承晩体制下の韓国でも、在日朝鮮人は半ばスパイ扱いされたらしい。


また、1970年代当時では北朝鮮国内の惨状がすでに在日の人々にも知れ渡っていたため、総連内部でも北朝鮮への「帰還」を拒否する者が現れていた。そのような状況で、在日を自発的に引っ張り込むことは至難の業であったし、強制的に行えば、ただでさえ朴正煕暗殺未遂事件(後述)で悪化している北朝鮮のイメージが、よりむごいものとなってしまう。
そこで、敢えて北朝鮮とは関係のない日本人を拉致し、失踪者と見紛わせることで、問題が露呈するのを防いでいたということになる(p163-165)。


では、後半部分についてはどうか。宮崎氏の理屈でいくと、北朝鮮は「見栄」「虚栄心」のために拉致を行ったということになる。そんな馬鹿な、と言われても仕方がないような、突飛な見解であるように思われるだろうが、実は著者の視点から言うならば、これはそれほど的を外してはいないのである。
1972年、金日成は72年憲法を制定するとともに、息子の金正日を後継者とするよう党内調整を行い、同時に反対派の粛清を行っていた。で、息子は息子で、後継者たるにふさわしい名声を必要としていた。また、当時はベトナム戦争末期であり、北ベトナムによる南北統一が成し遂げられようとしていた。そのような雰囲気の中で、金正日は対韓工作を駆使し、南北統一を達成することで後継者たるにふさわしい名声を得たいと思っていたのだった。
そして1973年、在日朝鮮人の文世光が起こした朴正煕暗殺未遂事件(今日では北朝鮮による組織的犯行だったことが認められている)の後、北朝鮮の対韓工作に対して非難が集中する中、金正日は工作機関の掌握を目指すことにした。彼は工作機関の腐敗、過去の失敗を徹底的に糾弾し、自己批判を強要しつつ、組織の刷新を図った。
これに合わせて戦略部や対外連絡部といった工作機関が誕生するとともに、より高度な工作員教育が必要とされるようになった。
しかし同時に、工作員の養成に当たって大きな問題が生じていたのであり。これこそが先述した「日本人教師」の問題なのである。


「それまで日本を拠点に対韓工作や情報収集に従事していた工作員は、日本の植民地時代に日本で教育を受けた人たちがほとんどで、日本語も日本の生活習慣にも熟達していた。けれども戦後に朝鮮で生まれた世代は、日本語も知らず、日本の生活習慣についても無知である。彼らを日本人同様に見せるための教育が必要になり、その教育係としての日本人が必要だった」(p162)。


それと同時に、日本人になりすまして日本国内に潜伏するという目的もあったという。


「このような「拉致身代わり作戦」は多くの対韓工作員に適応されたのではなく、長期にわたり日本に滞在し、対韓国工作を行っている大物の工作員に適応された。金賢姫のような普通の工作員は、単なる偽造パスポートで済ませている。それは、「拉致身代わり作戦」が日本人なら誰でもよいのではなく、さまざまな条件―犯罪歴がない、身寄りがいない、運転免許証など顔写真が登録されていない、工作員と年齢が近い―に見合った日本人を見つけ出し、工作員がその人物になり代わるのに長い準備期間と多くの拉致要員を必要とした、手間のかかる「作戦」であったからである」(p195)。


こういった形で、1970年代後半からはじまった拉致「作戦」であったが、日本人では有本さんの事件(1983年)、韓国人では呉吉男拉致事件(1985年)以降、この作戦は工作機関幹部らに理由が示されることもなく、中止されることとなった。「それは、北朝鮮の対韓工作に拉致被害者を使おうとした試みが多くの場合、失敗であったことを、金日成・金正日親子が悟ったからであろう」(p169)とのことである。


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この他にも、対韓工作機関の内情や対日工作、また工作員の養成についての詳細な記述がなされているなど、新書にしてはきわめて濃度が高い仕上がりを見せています。私の要約では、とてもじゃないがその迫力を再現することはできませんでした。
また、かつては総連の活動家であり、在日社会の中で強いコネクションを持つ金さんの体験談も盛り込まれており、そういった雰囲気をも味わうことができるでしょう。お勧めの一冊です。
あと、一点だけ個人的な感想を述べておきます。


・個人的に興味深かったのは、韓国社会では北朝鮮による韓国人拉致に対して関心が低いということです。なぜかというに、多くの場合拉致被害者は北朝鮮への自発的な亡命者と見なされたため、被害者の家族はむしろ亡命を手助けした被疑者としての扱いを受けたからでした。これはまあ、保守派の反北体制の罪ともいえますね。
 しかし、リベラル派はどうかといえば、金大中政権は親北太陽政策を奉じていたため、拉致問題を議論の俎上に上げようとはしませんでした。いうまでも無く、北との関係悪化を恐れたためです。まあ、どちらも罪深いですね。


最後に。
金さんは「外国人拉致は北朝鮮の専売特許ではない」として、日本も含めて他国が行った拉致事件の例を述べておられます。言うまでもなく、今なお問題とされるのは旧日本軍が行なった、朝鮮人や中国人などに対する拉致・強制連行事件のことであり、日本政府が今なお多くの事件について賠償に応じようとしない点を批判しています。
しかし、だからといって北朝鮮の罪が相対化されるわけでもないし、またそうされるべきではありません。日本人拉致事件など日本軍の犯罪と比べればたいしたものではない、と主張する北朝鮮政府を、金さんはこう言って批判しています。


「目くそ、鼻くそを笑う」という言葉がある。北朝鮮の姿勢はその言葉を思い出させる。私は「目くそ、鼻くそを笑う」の類にならないため、北朝鮮の侵した国家犯罪を明らかにしたいと考えて本書を執筆した。全面的に解明できたという思いはないが、私の調べられるかぎりの「事実」は書き記した。(p212)


人様が悪いことをしているから自分がそうしてもかまわないとか、人様の悪事を暴露することで自分の罪が軽くなる(あるいは消滅する)などと考えている輩には、耳の痛い話でしょう。そういった輩は、日本にも北朝鮮にも、ゴマンといるに違いありません。

ごあいさつ。

アメブロのみなさん、はじめまして。barbaroidと申します。


私は普段はチャンネル北国で「Quo vadis, domine ?」 というブログを運営しておりますが、最近ブログの機能を分離させようと思い、こちらでの新ブログの開設と相成りました。一応別館ということになるのでしょうか。
こちらではおもに本の紹介を行っていこうと思っています。


ワタクシ、本はけっこう読んでいるつもりなんですが、すぐ中身を忘れてしまうという致命的な欠点があります。最初は「おもろいおもろい」といって読んでいても、読み終わるころには「どういう理屈でこんな結論になったんだっけ?」という困ったちゃんな事態に陥ることがよくあります。
でまあ、そういう経緯もあって、メモ程度でもいいからちゃんと記録をとっておくことにしました。こちらのブログではそういう方針でやっていきたいと思っています。


あ、あとこちらではアマゾンのアソシエイト・プログラムを導入する予定です。
いまいちこれの使い方がよく分からないというか、サイン・アップに失敗してしまったのですが、まあもう一度やってみて駄目だったらbk1にします。
別に金儲けしようという気もないですし、たいした額を得られるわけでもないのですが、一応といいましょうか、入れるだけ入れとく、というところでしょうか。もらえるもんはもらっておけ、ということで。


いずれにしても、今後ともよろしくお願いいたします。