昨日は長崎、福島、福山と本日の京都日帰りのGW前怒涛の出張ウィークのゆいいつの移動がない日。

 

横浜の事務所と理容院に行って髪をカットする。

年の割に毛量が多いといつも言われる。少ないよりは多いほうがハッピーなので、いつもよりも多くすいてもらう。

 

いま日経新聞の連載「砂上の安心網」が面白い。日経らしく保険者からのスタンス。

 

増え続ける社会保障費をどうしようかという改定前年らしいキャンペーン連載だ。

 

40兆円の国民医療費については、マクロの財源問題の立場では抑制しないといけないという声が多い。少子高齢で働き手に負担がかかるからだ。

 

ただし、ミクロの患者の身内という立場になると、お金に糸目をつけないで最先端の高額医療提供となる。

 

これは国民医療費を語る際のマクロとミクロの「合成の誤謬(ごびゅう)」になる。

 

意味は「個人にとってよいことも、全員が同じことをすると悪い結果を生むこと」だ。世の中、合成の誤謬だらけである。

 

 

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昨日は福山へ。月曜から3日間で長崎→福島→福山と移動。

 

ネットで確認すると自宅からの総移動距離は3170キロであった。

 

江戸時代の参勤交代で1時間4キロ×8時間=1日32キロ歩くで計算すると99日かかる。

 

便利な世の中になったもんじゃのう。

 

福山と言えば本ブログに何度も登場する駅前徒歩1分の福山城だ。

太平洋戦争の福山大空襲で消失してからの復元城なのでRC造りでスプリンクラー完備の近代的なお城。

 

木のお城の子豚と違ってコンクリートのお城の子豚は狼に食べられることはありませんでした。めでたし。めでたし。

 

正しくは「3匹のこぶた」では、コンクリートではなくレンガのお家なので良い子の皆さんは間違えないように。

 

 

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昨日は長崎からJAL、東北新幹線を乗り継いで福島へ。吾妻山にはまだ雪が残っていた。

リッチモンドホテル長崎思案橋を出てから5時間強、1321キロの道程だった。

 

「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」は高村光太郎の有名な「道程」のフレーズ。

 

ボクの場合は「前にも後ろにも道はある」だ。「右にも左にもある」。

 

ということはいまだに「人生交差点ど真ん中」だ。それではイカンと言いつつ本日は広島県福山市へ。

 

 

 

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昨日は長崎へ。クライアントで打ち合わせと研修会×2回。

 

夜は「思案橋」界隈に年齢が1歳下のクライアント病院事務長とともに繰り出して思案橋漂流。

 

同年代なので話がぴったりとあい、ムカシはちょんまげを結って刀を刺して参勤交代をしていたもんじゃのう的バカ日本ムカシ話にハナが咲く。

 

これは長崎で龍馬がつくった日本初の商社「亀山社中跡」に続く石段混じりの坂道「龍馬通り」の入り口。

ちっちゃな龍馬像がある。高知の桂浜や駅前の龍馬像は巨大過ぎてテイクアウトできないが、これだったらなんとか。

 

でも、それは窃盗罪という犯罪です。本日はこれから長崎空港から羽田に戻り、東京駅へ移動して東北新幹線で福島市へ。

昨日は永田町でHMSセミナーの講師&シンポジウムの座長。

 

あまり人の話は聞かないタイプだけど、座長はそのようなわけに行かない。

 

コメントや質問を考えないといけないために容量が少ない3.5インチ・フロッピーディスク・アタマを使いすぎて疲れた。

 

講演中の日本慢性期医療協会会長の武久先生。会場は100名近くの入場者で完全ソールドアウトだった。

他の豪華講師陣の話もとっても勉強になった。当たり前だけど知識のインバウンドは重要だと再認識。

 

本日から水曜まで長崎→福島→福山の2泊3日の日本ジグザグツアー。

 

長崎と言っても池袋となりでも、福島は大阪でも、福山は雅治でもない。長崎県、福島県、広島県のそれぞれだ。

 

木曜は首都圏だけど金曜は京都日帰り。こんなブラックな出張スケジュール組みやがってとボスは誰だと天にツバする。

 

でも、29日からのGWは暦通りでじっくりと在宅JOB予定。30日は待望のポール・マッカートニーのコンサート。

 

ポールは無事に来日した。あとは変なモンを食ってウィルス性腸炎にならぬことを祈念するのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は青森から弘前へ移動。午後の新幹線で在宅復帰を果たす。

 

青森から弘前市内に入った国道7号線の2キロに渡る「つかの桜街道」である。

弘前公園の桜もスゴイが、この桜並木の路もなかなかだ。満開にはまだ早かったのが残念。

 

本日は日曜なのでゆっくりと休息。というわけにはいかず、保健医療福祉サービス研究会のセミナー講師&シンポジウムの座長。

サッカーのレアル・マドリード(銀河系軍団)のごとき豪華講師陣。他の講師からしっかりと知識のインバウンド予定。

 

 

 

昨日は青森へ。青森県立中央病院でのワークショップは2010年7月から7年目となり、1回も休まずに毎月行っている。

 

東日本大震災があった2011年3月も日程変更したが休んでいない。まさしく継続は力なりだ。

 

その間、医療現場のPDCAサイクルを回した改善活動で総合入院体制加算取得、地域医療支援病院、そして、DPCⅡ群病院となった。

 

2017年度の機能評価係数Ⅱ合計は0.0863である。これはⅡ群140病院中、JA帯広厚生病院、倉敷中央病院、高知医療センターに続いて4位と高い。

 

昨日の青森空港着陸直前の弘前市上空からの津軽富士「岩木山」。

こちらは青森空港からの八甲田山。

この津軽の2名山が曇り気味とはいえ、お姿を眺めることができるとマウンテン・ポルノ・マニアとして至上の喜びだ。

 

さらに津軽のサクラはこれから。GW中に多くの人でにぎわう弘前公園のサクラは今月25日が満開の予定。

 

昨日の青森市内の海前にある合浦(がっぽ)公園のサクラ。青森市内のサクラの名所であり、本日からサクラ祭り開催。

こちらは今月初めのUSのフィラデルフィア美術館前の桜。1ヶ月継続でサクラを見ることができるのは伊能忠敬ジョン万次郎的移動のアウトカム。

青森とフィラデルフィアのサクラの違いは何か。それは「サグラ」と「CHERRY」の違い。

 

 

昨日は新大阪から新幹線で東京駅に戻り、某製薬会社本社で5月に行う各支店の制度担当者研修会の打ち合わせ。

 

その後、神田神保町の医学通信社へ移動。本年10月に医学通信社から発行する単行本の打ち合わせ。

 

現在、連載中の日経ヘルスケアコラムをベースにしたものが半分と書き下ろしのデータ分析、経営戦略論が半分になる予定だ。

 

これでGWも夏休みもなくなるけど、これまでの執筆原稿の集大成にする予定だ。

 

あと来年2月に行う同社主催改定セミナーの打ち合わせ。2014年、2016年に続いて3回目になる。

 

またまた厚労省、病院団体トップのビックネーム講師に挟まれたビルの谷間のラーメン屋ポジショニングでやる予定。

 

医学通信社のある神保町は母校がある街。昨日は卒業以来35年ぶりに校舎の中へも入った。

建物はそのままだが、内装はエライきれいになっていた。地下にあった汚い学生食堂は「レザン」というオシャレな食堂に変わっていた。


本日から一泊二日で青森へ。

昨日は朝8時半、羽田発のJALで大阪伊丹空港へ。

 

羽田までマイカーで行ったが、アクアラインで事故とのことで首都高湾岸線が大渋滞。出発30分前の8時ギリギリに空港到着で危ういところだった。

 

大阪で10時半から3つの要件をこなして、そのまま新大阪駅の上にあるホテル宿泊。

 

これは大阪、中之島周辺の半径500メートル以内に3つの400床以上急性期DPC病院がある堂島川メガホスピタル・トライアングル地帯。

真ん中が関西電力病院(400床)、左奥に見えるのはJCHO大阪病院(565床)、そして対岸には住友病院(499床)と地方では絶対にあり得ないロケーション。

 

夜は大阪の2病院の事務部長たちと会食。なぜか先週滞在していた高知料理のお店であり、しっかりと凶悪な顔だけと上手いウツボ料理も食べました。

土佐の日本酒「酔鯨」を少し飲み過ぎてアタマが痛い。

 

本日はこれから東京駅に戻り、某製薬会社で社員研修会と某出版社で本の出版の打ち合わせ。

 

 

昨日は事務部長と医事課長がチェンジして新体制になった西東京のクライアントへ。

 

国公立病院ではよく移動があるが、民間病院ではあまり多くはない。同院も上司の定年を契機にした移動。

 

80歳を超えても事務方トップの病院があり、同院規程で理事は定年がない。

 

20歳以上も年下の部下がどんどん定年退職になっていくケースもある。

 

30代で事務部長になり、半世紀その役職というスゴイ方もいる。

 

共通しているのは辞書に「パワハラ」という言葉はないこと。これは高知県南国市の駅SORRYだ。

すまん。すまんと言いつつ本日は大阪へ。