賛成派はバスティーユ広場に集合 | penのフランス語日記

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「虎と小鳥のフランス日記」でフランス語を学習中のpenの日記。独学です。トリュフォーの映画を字幕なしで楽しむのが目標。フランス語とフランス全般の情報を楽しくご紹介。初心者むけの文法、語彙、ディクテなどの学習法、フランス映画、フレンチポップスの話題もあり。

こんにちは。penです。「今週の場所」は「皆の結婚」の賛成派が集まった場所「バスティーユ広場」です。



ここはオランド大統領が当選したとき、演説をした場所でもありまして、左派がよく使っている広場です。

というのも、フランス革命の出発点となった場所だからです。

場所は4区・11区・12区の境目です。


きょうは手持ちの子どもむけ仏仏辞典で説明を読んでみました。

Bastille
Ancienne forteresse parisienne.
バスティーユ パリの古い要塞

Cette forteresse fut construite au Moyen Âge pour défendre l'est de Paris. Richelieu en fit une prison d'État.
この要塞は中世にパリを守るために建設された。リシュリューが国の牢獄とした。

La foule la prit d'assaut le 14 juilet 1789 parce qu'elle était devenue le symbole du pouvoir absolu du roi et qu'elle contenait des armes.
1789年7月14日に、民衆がこの場所を襲撃し占拠した。なぜなら、ここは国王の絶対主義権力の象徴であり、軍隊がここにあったから。

La Bastille fut ensuite entièrement démolie, et un commerçant fit fortune en vendant les pierrs en guise de souvenir.
その後、バスティーユは完全に取り壊され、ある商人が要塞のかけらの石をおみやげとして販売し財を築いた。

Le 14 Juillet fut choisi comme fête nationale en 1880.
1880年に7月14日が国の祝日に制定された。



・・・とてもシンプルに書いてあってわかりやすいですね。要塞が取り壊されたとき、石を売ってもうけた商人のことは初めて知りました。

リシュリューはルイ13世が小さいときから宰相をつとめていたやり手の政治家です。王国の強大化に執念を燃やしていました。


こちらは去年の5月社会党のオランド大統領が誕生した時に、バスティーユに人が集まって大喜びでラ・マルセイエーズを歌っているところです。
40秒ほど



最後までお付き合いありがとうございました。
次回の子ども新聞の記事でまたお会いしましょう。


pen